第二十九話:魔王、降臨。ただし、押しかけ妻として
祝勝会の翌日。 ローベント家は、新たな来客で騒然としていました。
「……初めまして、アルス・ローベント殿。わたくしは『魔王』を名乗っております、リリスと申しますわ」
リビングのソファに座っていたのは、ゴスロリ風の黒いドレスに身を包んだ、銀髪赤目の美少女でした。見た目は14~15歳くらい。 しかし、その身から放たれる魔力は、エルミさんやエレナ先生とは比較にならない、まさに「世界の災厄」そのものでした。
「ま、魔王……!? なんで魔王がうちのリビングにいるのよ!?」
シルフィが杖を構え、エレナ先生は泡を吹いて倒れかけています。 リザ姉さんはマシュマロの串を、ミーナは巨大なフランスパンを握りしめています。 双子はエルミさんの後ろに隠れながら、興味津々で魔王を観察していました。
「ご心配なく。わたくしは和平交渉に来ただけですわ。……それに、わたくしの軍勢を一方的に『ゴミ』扱いして、勝手に『環境負荷ゼロ』の草原に変えてしまうような、規格外の存在とは争いたくありませんもの」
リリスは、優雅に紅茶を一口すすりました。 その視線は、なぜか僕に釘付けです。
「……というわけで。貴方の能力、そしてその『効率』。わたくしの全てを支配するに相応しいものですわ」
リリスはソファから立ち上がり、僕の目の前まで歩み寄ると、おもむろに僕の手を両手で包み込みました。
「アルス・ローベント。わたくしを貴方の妻として、この世界を『効率的』に支配しませんこと? ええ、もちろん、貴方の家族も優遇しますわ。特にその『物理法則を無視するお姉様』は、わたくしの四天王筆頭にしてさしあげましょう」
「…………は?」
僕の頭の中は、一瞬で「?」マークで埋め尽くされました。 魔王が、まさかの「求婚」? しかも、押しかけ女房として?
「ちょっと待ちなさい! アルスにいきなり何を言い出すのよ魔王さん!?」
シルフィが怒鳴りつけました。 その横で、エレナ先生が『まさか、アルスちゃんに初めての恋人が……いや、相手が魔王……!』と混乱しています。
「ふふ。わたくしは『魔王』。この世の全てを支配する者。そして貴方は、この世の全てを『計算』で操る者。……最強の夫婦ではありませんこと?」
リリスは瞳を輝かせ、僕の理論が生み出す「効率」に心底惚れ込んでいるようでした。 彼女にとって、僕の物理学は「世界を支配する究極の術」に見えているのです。
「……あの、リリスさん。僕は別に世界を支配したいわけじゃなくて、ただ家族と平穏に暮らしたいだけなんですけど……」
「あら、ご謙遜を。平穏こそ、最強の支配の形ですわ。……さあ、アルス。わたくしはもうこの家から一歩も動きませんから。覚悟なさいませ?」
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 物理学者は、突如として現れた「最強の押しかけ妻(魔王)」に、人生最大の「計算外イベント」を突きつけられたのでした。




