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第二十八話:英雄たちの晩餐会(ただし、メニューはパンとマシュマロ)

王都を包囲していた数万の魔王軍は、影も形もありません。 カイルとルナの「物質還元」によって、戦場だった荒野は今や青々と茂る草原に変わり、漂っていた瘴気はマイナスイオンたっぷりの森の空気に書き換えられていました。


「……ありえない。戦略級魔法を連発したはずなのに、環境負荷がマイナスだなんて……」


王都の迎賓館。 祝勝会の会場で、エレナ先生が呆然と草原を眺めていました。その隣では、シルフィが泥だらけの顔で、ミーナが差し出した「特製・疲労回復ブリオッシュ」を無心で頬張っています。


「はい、お疲れ様の乾杯ですよぉ! アルスさんもリモート参加してないで、こっち来ればよかったのに!」


ミーナの声に合わせて、僕は研究室から転送門ゲートを通って会場に姿を現しました。


「いやぁ、データの収集が忙しくてね。……あ、カイル、ルナ。さっきの『エントロピー縮退』の術式、後で詳しく教えてよ。あれ、僕の理論より三割は効率がいい」


「お兄ちゃん、理屈っぽいのはお休み! ほら、ルナが作った『常温氷の冷製スープ』飲んで!」 「カイルも、お肉焼いたよ! 太陽光を収束させて、表面だけ0.01秒でメイラード反応させたんだ!」


10歳の双子に囲まれ、僕は物理学者として敗北感と幸福感の混ざった複雑な気分でスープを啜りました。冷たい。そして、完璧な結晶構造の味がする。


「……ちょっと、あんたたち。一応ここは『王国を救った英雄』の祝勝会なのよ? なんで親戚の集まりみたいになってるの」


リザ姉さんが、魔王軍の幹部を叩き伏せたとは思えない軽やかな足取りでやってきました。その手には、巨大なマシュマロの串が握られています。


「いいじゃない、リザちゃん。平和が一番よ」 お母様——アイリス様が、優雅にエルミさんと並んで座っていました。 エルフの魔女エルミさんは、双子の成長とアルスの「パッチ」の成果に、毒気を抜かれたように笑っています。


「……アルス殿。貴方の家族は、わたくしの数百年の常識を数日で壊してくれましたわ。……魔王軍も気の毒ね。物理法則を味方につけた科学者と、理屈の通じない天然マスターたちに目をつけられるなんて」


その時、会場の隅でガタガタと震えている人物がいました。 国王陛下です。


「(……ローベント家だけで、魔王軍を殲滅しただと? しかも戦場を観光地のような草原に変えて……。これ、魔王よりこの一家を怒らせる方がマズいのではないか?)」


陛下の心の声が、物理学者の僕には「空気の振動」として筒抜けでした。 ……陛下、安心してください。僕たちはただ、効率的に平穏を守りたいだけなんです。


「アルス、何笑ってるのよ。ほら、次のマシュマロ焼けたわよ!」


姉さんに押し付けられたマシュマロを頬張りながら、僕は思いました。 魔王との戦争はまだ始まったばかり。でも、この「最強の身内」たちがいる限り、この世界の物理法則は、僕が計算するまでもなく「ハッピーエンド」に向かって収束していくのかもしれません。


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 物理学者は、家族の笑顔という「計算不能な変数」に囲まれながら、最高に非効率で楽しい夜を過ごすのでした。


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