第二十六話:理論(ロジック)を置き去りにする「姉」の参戦
王都第一防壁。 アルスの「パッチ」によって魔導師たちが盛り返したものの、物量で押す魔王軍の猛攻は止まりません。特に、魔導無効化能力を持つ巨大なゴーレム軍団が、物理的な圧力で城門をこじ開けようとしていました。
「……あーあ、もう。あの子たちは理屈ばかりこねて」
前線の喧騒を裂くように、一人の女性が悠然と歩み出しました。 18歳になったリザ姉さんです。 彼女は魔法学校へは行かず、この7年間、ただひたすらに「マシュマロを焼くような優しさ」で木剣を振り続けてきました。
『姉さん!? 危ないよ、そこは重装ゴーレムの突進ルートだ!』
研究室のモニター越しに、僕が慌てて警告を送ります。
「アルス、うるさいわよ。アンタの理屈だと、このゴーレムは『硬度十の合金で質量が数トンあるから、私の剣では斬れない』って言うんでしょ?」
『そ、そうだよ。物理的に言って、運動エネルギーが——』
「そんなの、斬れると信じれば斬れるのよ。……おいしくなーれ、みたいにね」
姉さんが腰の古びた剣を抜きました。 魔力反応はゼロ。アルスの最適化パッチすら、彼女には必要ありません。
「はぁぁっ!!」
一閃。 ただの横一文字の薙ぎ払いです。 しかし、次の瞬間、モニター越しに見ていた僕は絶句しました。
物理法則によれば、剣が物質を斬るには、相手より硬いか、圧倒的な速度が必要です。 しかし、姉さんの剣は、まるで「そこには最初から何もなかった」かのように、数トンの合金ゴーレムをバターのように両断しました。それも、十体まとめて。
『……は? 切断面の原子結合が、物理的な干渉なしに剥離してる……!? 姉さん、今の術式は!?』
「術式なんてないわよ。ただ『邪魔だからどいて』って思って振っただけ。……ほら、次が来るわよ!」
姉さんはそのまま、魔王軍の真っ只中へと突っ込んでいきました。 飛来する火球を手で払い、突進してくる魔獣をデコピン一つで弾き飛ばす。 彼女が通った後には、物理学では説明のつかない「破壊の真空」が出来上がっていきます。
『エルミさん! 姉さんのあれ、何!? 精霊の加護とか!?』
研究室に一緒にいたエルミさんが、遠い目をして答えました。
「……アルス。エルフの伝承にはね、稀に現れるのよ。理屈も精霊も超えて、『世界がその人の意思に従ってしまう』という、究極の天然が……」
「あら、リザちゃん。相変わらず豪快ねぇ」
戦場に、もう一人。パン生地をこねながら空を飛ぶミーナが合流しました。 ミーナの「高出力」と、リザ姉さんの「理不尽な武」。 この二人が並んだ瞬間、魔王軍の最前線はもはや「戦場」ではなく「家事の延長」のような光景に変わりました。
『……だめだ。姉さんの動きだけは、僕の計算式に代入できない』
僕はモニターの前で、初めて自分の無力(物理学の敗北)を感じていました。 僕が裏でパッチを当てて必死に効率化している横で、姉さんは「気合」という名の、物理法則を無視した最強のチートを振り回しているのです。
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 物理学者は、実の姉という「最大の非論理的」に、ただただ圧倒されるのでした。
「ほら、アルス! 見てるだけじゃなくて、次はこのデカいのが転ばないように地面でも凍らせなさいよ!」
『……了解です、姉さん。今、摩擦係数をゼロに設定します……』




