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第二十二話:平和の終わりと、物理学者の帰還

あの日から、七年の月日が流れました。


僕は15歳になり、ローベント家の地下研究室はもはや「国立研究所」を凌ぐ設備を備えるに至っていました。王様から支給される莫大な研究費と、エルミさんからもたらされるエルフの叡智。それらを注ぎ込んだ僕の研究は、ついに「物質の相転移」を自在に操る段階に達しています。


しかし、地上は平和とは程遠い状況にありました。


「……また、北の砦が落ちたそうよ」


夕食の席で、シルフィが重い口を開きました。 15歳になった彼女は、魔法学校を飛び級で卒業し、現在は近衛魔導師団の若きエースとして活躍しています。でも、その凛々しい横顔には、深い疲労の色が滲んでいました。


「魔王軍、か。七年前、突如として北の大陸に現れた異形の軍勢……。まさか、各国が足の引っ張り合いをしている間に、ここまで勢力を広げるとはね」


僕は紅茶をすすりながら、手元の魔導端末(自作)に映し出される戦況図を見つめました。 魔王軍の背後にあるのは、従来の魔法体系とは異なる「負のエネルギー」。物理学的に言えば、エントロピーを強制的に増大させ、周囲の物質を崩壊させる破壊の波動です。


「各国とも、隣国を信じるより、魔王に怯える方を選んでいる。……非効率極まりないね」


「アルス、貴方は他人事みたいに言うけれど! もうすぐこの領地だって戦火に巻き込まれるかもしれないのよ!?」


シルフィがテーブルを叩いて立ち上がりました。 彼女の魔力は今や魔導師十人分を軽く超え、一般的には「天才」と呼ばれています。でも、魔王軍の幹部クラスには、それでも歯が立たないのが現状でした。


「分かってるよ。……だから、そろそろ『掃除』の準備を始めたところだ」


「掃除……?」


「ああ。王様との契約があるから、軍事には関わらない。でも、自分の家の庭にゴミが飛んできたら、片付けるのは住人の自由だろ?」


僕は窓の外を眺めました。 中庭では、10歳になったカイルとルナが、エルミさんの指導のもとで修行に励んでいます。 エルミさんの「普通教育」のおかげで、二人は見た目こそ可愛らしい魔導師ですが、その本質は「エルフの森の叡智」と「物理学の破壊衝動」がハイブリッドされた、魔王軍にとっての最大の天敵へと成長していました。


そこへ、慌ただしい足音が響きました。


「アルス様! エレナ先生から緊急の伝令です! 王都の第一防壁が突破されました!」

バラムさんの叫び声に、部屋の空気が凍りつきました。

バラムさんはまた僕の家で雇われてて数年前から僕の手伝いもしてもらっている。


「……王都が? エレナ先生は何をしてるんだ」


「先生は……先生は、魔王軍四天王の一人と交戦中ですが、魔力枯渇で……!」


僕は静かに立ち上がりました。 7年間、僕は一度も本気で魔法を放っていません。 王様との約束。お母様との約束。そして、何よりこの世界の「物理法則」を壊さないという自分への戒め。


でも、僕の師匠が倒れ、家族の平穏が脅かされるなら、話は別です。


「シルフィ、先に行ってて。……僕はちょっと、計算の最終確認をしてから行くから」


「……計算? こんな時に何をするつもりなのよ」


「決まってるじゃないか」


僕は研究室に置いてある、無骨な銀色の杖……「粒子加速器内蔵型魔導杖」を手に取りました。


「ゴミの分別だよ。魔王軍っていう『不純物』だけを、この世界から排除してくる」


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 15歳になった物理学者は、ついにその封印を解きました。 大陸中が苦戦する魔王の軍勢に対し、彼は「効率的な除菌」を開始しようとしていたのでした。


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