第二十一話:神級エルフ、三歳児の「概念」に戦慄する
三者会談の翌日。 エルミさんは「弟子の資質を見極めたい」と言い出し、中庭でカイルとルナの魔法を見ることになりました。 横では、昨日から泊まり込んでいるエレナ先生が、隈のひどい目で胃薬を飲みながら見守っています。
「さあ、カイル。ルナ。昨日お姉ちゃんに教わったみたいに、きらきらーってやってごらん」
僕が促すと、二人は「はーい!」と元気よく手を挙げました。 エルミさんは、余裕たっぷりに微笑んでいます。
「ふふ、三歳児ですものね。まずは精霊とどれだけ波長が合うか……。……えっ?」
エルミさんの笑顔が、カイルが魔力を練り始めた瞬間に固まりました。
カイルは、僕が教えた「酸化反応」と、リザ姉さんの「おいしくなーれ」を自分なりにミックスしていました。 彼の手の中に現れたのは、小さな火の玉……ではありませんでした。 それは、超高温のプラズマを磁場で無理やり球状に閉じ込めた、「極小の擬似太陽」でした。
「ぽかぽか、きらきらー!」
パァァァァッ!と、中庭が真昼のような光に包まれます。 あまりの光度に、エレナ先生が「目がぁぁ!」と叫んでのけぞりました。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! カイル君!? 今、貴方、精霊に頼まずに『大気そのものを燃料』に変換したわね!?」
エルミさんが、エルフにあるまじき大声でツッコミを入れました。 カイルは首をかしげて「え? ぽかぽか、酸素、ぎゅっだよ?」と無邪気に答えています。
「……アルスちゃん。貴方、弟に何を教えたのよ……。物理学で精霊をリストラするなんて、自然への冒涜だわ……」
「いや、僕はただ基礎代謝の効率化を……」
次に、ルナが動きました。 彼女はカイルよりもさらにお母様似で、魔力を「形」にするのが得意です。
「るな、きれいなの作るの! えいっ!」
ルナが指を鳴らすと、庭の池の水が吸い上げられ、幾何学的な結晶構造を作り上げました。 それは単なる氷ではありません。 分子構造を魔力で強制的に組み替えた、「常温でも溶けない超硬度ダイヤモンド氷」の彫刻でした。
「…………」
エルミさんは、その彫刻を指で弾きました。 キンッ、と鋼鉄のような音が響きます。
「……ありえないわ。水の分子を直接繋ぎ替えて、共有結合を強化している……? 魔法というより、これは世界の『定義』の書き換えよ。アイリス殿のセンスと、この兄の変態的な理屈が混ざると、こんな怪物が生まれるの……?」
エルミさんは、がっくりと膝をつきました。 神級の魔女として数百年(?)生きてきた彼女の常識が、三歳児の「おままごと魔法」によって粉々に粉砕された瞬間でした。
「エルミ様……。分かっていただけましたか。この家の子たちは、早めに教育の軌道修正をしないと、本当に大陸の形が変わるんです……」
エレナ先生が、エルミさんの肩をそっと叩きました。
「……ええ、理解したわ。わたくし、命をかけてこの子たちを『普通』に引き戻してみせる。……アルス、貴方は今日から、双子に近づくときは十メートルの距離を置きなさい。貴方の数式が伝染るわ!」
「ええっ!? 僕、お兄ちゃんなのに!?」
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、ついに実の妹弟からも「有害な教育者」として隔離されることになったのでした。




