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第二十話:魔女と聖母と教育者、最恐の三者会談

「……なんだろう、このリビングの重力。局所的にブラックホールでも発生してる?」


僕が地下室から恐る恐る上がってくると、そこには歴史の教科書でも見たことがないような、とんでもない顔ぶれが揃っていました。


テーブルの主役は、銀髪を輝かせるエルフの魔女エルミさん。 その隣には、僕の師匠であり、顔を真っ青にして小刻みに震えているエレナ先生。 そして、二人を穏やかな笑顔で迎える、最強の「ただの主婦」お母様。


「アイリス様……、お、お呼び立てして申し訳ありません……」


エレナ先生が、お母様に対して生徒のように畏まっています。 かつて宮廷魔導師団にいた頃、エレナ先生はお母様の部下、あるいは教え子のような関係だったらしいです。


「あらエレナ、気にしないで。それよりエルミ様、この子がアルスの師匠をしてくれていたエレナですわ。……ふふ、エレナも出世したわね」


お母様が紅茶を注ぐと、エレナ先生は「ひぃっ」と背筋を伸ばしました。 その横で、エルミさんが興味深そうにエレナ先生を観察します。


「ほう。貴女がアルス殿を『免許皆伝』にしたという魔導師ですか。人間の身で、よくあの物理現象の塊を制御できましたね」


「……ぜ、全然できてません。半分くらいは運と、私の胃に穴が空くことで解決してきました」


エレナ先生の魂が口から出かかっています。 この場において、国一番の魔導師であるはずの先生が、一番「普通の人」に見えるという異常事態です。


「さて、エルミ様。双子を弟子にしたいというお話……。改めて伺いましょうか」


お母様の目が、ふっと細くなりました。 瞬間、リビングの窓ガラスがビリビリと鳴ります。 お母様が、かつての「灰の聖女」としての魔力圧を、無意識に、あるいはあえて少しだけ解放したのです。


「ひぎゃあああ! アイリス様、殺気が漏れてます! カップが割れます!」


エレナ先生が悲鳴を上げながら、必死に周囲の空間を固定する「障壁魔法」を張りました。 ……国一番の魔導師が、お茶会の結界維持係をさせられている。涙が出てきます。


「……ふふ。やはり貴女には敵いませんね。アイリス殿」


エルミさんは降参、といった様子で肩をすくめました。


「わたくしは、あの子たちの『可能性』を保護したいのです。アルス殿のような『世界のバグ』に育つ前に、精霊と対話する優しさを教えたい。それがわたくしの交換条件です」


「……アルスをバグ呼ばわりは感心しませんが、一理ありますわね」


お母様はエレナ先生の方を見ました。


「エレナ、貴女はどう思う?」


「え、私ですか!? ……そ、そうですね。アルスちゃんみたいな『理屈で世界を解明する魔法』は、双子ちゃんには荷が重いかもしれません。エルミ様の森で、もっと情緒的な教育を受けるのは……その、安全保障的にも賛成です」


「決まりね」


お母様がにっこりと笑いました。 「カイルとルナは、十歳になったらエルミ様の弟子になります。……でもエレナ、貴女も時々は様子を見に行ってやってね? このエルフさん、世俗に疎そうですから」


「わ、私がエルフの森の監査役に……!? また胃が死ぬ……」


こうして、僕の知らないところで双子の将来が固まりました。 僕はドアの影で、冷や汗を拭いながら「物理学者として、この場には絶対に近づかない方がいい」と結論づけました。


物理学者の俺が、どんなに世界の法則を書き換えたとしても。 魔女と聖母と、胃を痛める師匠が揃ったリビングの「パワーバランス」だけは、どんな数式を使っても解明できないのでした。


「アルスちゃん、いつまでそこで立ち聞きしているの? スコーンが冷めてしまうわよ」


お母様の視線が、正確に僕の座標を射抜きました。 僕は震えながら「はい、今行きます」と答えるしかありませんでした。

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