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第二話:お父様、中庭が溶けたのは僕のせいです

「……あ、やばい」


目の前で、ドロドロに溶けて真っ赤に光る地面を見つめながら、俺は冷や汗を流しました。 ちょっと火の粉を飛ばすくらいのつもりだったのに。 計算をちょっとだけ頑張ったら、中庭に直径十メートルの巨大な穴が空いてしまいました。


「う、う、う……上級魔法……いや、王級か……?」


教育係のバラムさんは、白目を剥いて地面に転がっています。 おじいちゃん、そんなに驚かないでよ。 ただの燃焼効率の問題なんだから。


「アルス! 何事だ、今の爆音は!」


そこに、父上であるエドワード侯爵が血相を変えて走ってきました。 後ろには、騎士団の人たちも大勢ついてきています。


「あ、父上。あのね、魔法の練習をしてたんだ」


「練習だと!? 中庭が消滅して、森までえぐれているぞ! 敵襲ではないのか!?」


父上は、俺の足元で溶けている地面を見て、口をパクパクさせています。 俺はあわてて、なるべくバレないように説明を考えました。


「えっとね、バラムさんが『火球』を見せてくれたから、僕も真似しただけだよ。ちょっとだけ空気をギュッてして、ポイって投げただけなんだ」


「ギュッとしてポイだと……? バラム! 起きろバラム! 息子が何を言っているのか説明しろ!」


父上に揺さぶられて、バラムさんがようやく意識を取り戻しました。


「だ、旦那様……。アルス様は、化け物です……。下級魔法の魔力で、この世の終わりみたいな光線を放たれました……」


「バラム、お前まで何を言っている。アルスはまだ五歳だぞ。下級魔法を覚えるのだって、あと数年はかかるはずだ」


父上は信じられないといった様子で、俺の頭をなでました。 あ、そうだ。いいことを思いついた。


「ねえ父上。今の、たぶん魔法が不良品だったんだと思う。本に書いてあるやり方だと、魔力がもったいないから、僕が適当に作り直したんだ」


「魔法を……作り直しただと?」


父上の顔が、どんどん引きつっていきます。


「うん。なんかね、この世界の魔法って、すごく遠回りしてる感じがするんだ。だから、もっと最短距離でドカンってなるように、頭の中で算数をしてみたの」


「……算数だと? 国家最高レベルの魔導師が一生をかける術式の構築を、算数と言ったのか、お前は」


父上は頭を抱えて座り込んでしまいました。


「アルス……いいか、よく聞け。今のことは、家族以外には絶対に内緒だ。もしお前が『下級魔法のコストで王級の威力を出す算数』なんてものを見つけたことがバレたら、お前、一生お城の地下に閉じ込められて、魔法の計算をさせられることになるぞ」


「ええっ! それは嫌だ! 僕はもっと自由に、重力とか量子力学の実験をしたいんだ!」


「りょうし……? よくわからんが、とにかく目立つな。いいな、次はもっと、こう、しょぼい魔法を出す練習をしろ!」


父上にきつく言われて、俺はしょんぼりと肩を落としました。 せっかく「物理学×魔法」の楽しさに目覚めたのに。 でも、お城の地下に閉じ込められるのはもっと嫌です。


「わかったよ。次は、もっと弱く……家が壊れないくらいに頑張るね」


「家が壊れる時点でアウトなんだよ!」


父上の叫びが、中庭に響き渡りました。 どうやら俺の「普通」は、この世界では全然「普通」じゃないみたいです。


その夜。 俺は部屋でこっそり、水の魔法を練習することにしました。 今度は火みたいに爆発しないから、きっと安全なはずです。


「水を細くして、高圧で……シュッてやるだけなら、静かだよね?」


俺は指先に、ほんのちょびっとだけ魔力を込めました。 それが、屋敷の外壁をバターみたいに切り裂く「最凶の暗殺魔法」になるなんて、この時の俺はこれっぽっちも思っていなかったのです。



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