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第十九話:エルフの魔女と、未来への青田買い

僕の地下研究室に入ったエルミさんは、並べられた精密な測定機器や、空中に浮かぶ複雑な数式(魔力ホログラム)を見て、しばらく無言で立ち尽くしていました。


「……これは。精霊の声を聞くのではなく、世界の骨組みを直接いじっているのですね。恐ろしい子供だわ」


エルミさんは、僕が開発した「重力偏向装置プロトタイプ」に触れようとして、指を止めました。


「あの、エルミさん。あまり触らないほうがいいですよ。座標が0.001ミリズレるだけで、この屋敷が自由落下を始めちゃうので」


「……ふふ。脅しではないのが、一番の恐怖ね」


彼女は銀色の髪を揺らして笑うと、真剣な眼差しで僕を見つめました。


「アルス・ローベント。わたくしはこの『世界の歪み』を見逃すわけにはいきません。ですが、貴方の研究を禁じることもしないわ。その代わり、わたくしと一つ『交換条件』を交わしてくれないかしら?」


「交換条件……? 僕にできることなら」


王様との契約があるから、軍事協力はできないよ、と言おうとした僕を遮って、エルミさんは意外な言葉を口にしました。


「貴方の弟の、カイルとルナ。あの子たちを、将来わたくしの弟子にすること。それを許してほしいの」


「えっ、双子を?」


僕は驚きました。 さっきリビングで会ったとき、カイルは鼻ちょうちんを垂らして寝ていたし、ルナはぬいぐるみと格闘していたはずです。


「あの子たちの中には、貴方の『物理学』と、お母様の『王級のセンス』が絶妙なバランスで混ざり合っている。……このまま貴方が教えたら、あの子たちはただの『小さなアルス』になってしまうわ。それは、世界にとってあまりに危険すぎるし、何より勿体ない」


(……痛いところを突かれた)


確かに、僕が教育した結果、三歳児がアーク放電や重水生成をやらかした前科があります。


「わたくしなら、あの子たちに『自然と調和した魔法』を教えられるわ。貴方が壊しかけている世界のルールを、あの子たちが修復する側になれるようにね」


エルミさんの提案は、僕にとっても渡りに船でした。 自分が教育下手なのは自覚しているし、何より神級のエルフに弟子入りできるなんて、双子にとってこれ以上の名誉はありません。


「……分かりました。父上と母上の承諾も必要ですけど、僕からもお願いしてみます。その代わり、僕の研究は邪魔しないでくださいね?」


「ええ、約束するわ。……ただし、あの子たちが十歳になったら、わたくしの森へ連れて行く。いいわね?」


エルミさんはそう言って、契約の証として僕の指先に小さな花の種を載せました。 僕の魔力を吸って、一瞬で青い花を咲かせたその種は、精霊の加護が宿った特別なものでした。


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、自分の「やらかし」の後始末を未来の弟妹に託しつつ、エルフの魔女という最強の後ろ盾を手に入れたのでした。


「よし、これで心置きなく『空間湾曲くうかんわんきょく』の実験ができるぞ!」


「アルス、貴方今度は空間を曲げるつもり!? ……やっぱり、あの子たちを早めに保護して正解だったわね」


エルミさんの呆れたような、でもどこか楽しそうなため息が、地下室に響きました。



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