第十七話:教育パパならぬ、教育兄貴(エデュケイター)の暴走
「さあ、カイル、ルナ。今日からお兄ちゃんが、世界で一番『効率的』な魔法を教えてあげるからね」
僕は庭の芝生に、三歳になった双子の弟カイルと妹ルナを座らせました。 二人はお母様の「王級離乳食」で育ったサラブレッド。その魔力量は、三歳児にしては既にかなりのものです。
「まほう? おにいたん、ばばーんってやるの?」 「るな、きらきらしたーい!」
無邪気に笑う二人。可愛い。あまりにも可愛い。 この子たちを、僕のような「歩く戦略兵器」にするわけにはいきません。でも、物理学の恩恵は受けさせてあげたい。
「いいかい。まずは『火』の概念だ。火とは、物質の急激な酸化反応に伴う熱と光の放出なんだよ」
僕は空中に、魔力でホログラムのような三次元グラフを描き出しました。
「さあ、カイル。酸素分子をこの座標に集約して、そこにわずかな活性化エネルギーを投下するイメージでやってごらん。はい、シュレディンガー方程式を意識して!」
「しゅれ……? おにいたん、おなかすいた」 「……。……。……だよね。ごめん、ちょっと計算が早すぎたかな」
三歳児に量子力学は早かったかもしれません。 僕は反省し、リザ姉さんの「気持ち」の教育を思い出しました。
「よし、じゃあ『ポカポカ』だ。お母様のスープみたいに温かくなるイメージだよ。波長は赤外線、さあ、やってみて!」
カイルが小さなおててを突き出しました。
「えーい! ぽかぽかー!」
バチィィィィィィィィッ!!
「わあぁぁっ!?」
カイルの手から放たれたのは、ポカポカどころか、空気を絶縁破壊して生じた「アーク放電」でした。 芝生が一瞬で炭になり、オゾン臭が漂います。
「カイル! それは『温かい』じゃなくて『高電圧』だよ! 電子の移動速度が速すぎる!」
「おにいたん、こわいー!」
カイルが泣き出してしまいました。教育失敗です。 今度はルナが、お母様の真似をして指を立てました。
「るな、きれいなのおー! えいっ!」
ルナの周囲に、透き通るような水の球体が現れました。 ……と思いきや。
「……待て。ルナ、その水の密度、おかしくない?」
ルナが作った水の球体は、重力に逆らって浮いているだけでなく、周囲の光を不自然に屈曲させていました。 それは「水」というよりも、魔力によって限界まで圧縮された「重水」の塊。 うっかり地面に落としたら、質量攻撃で家が傾きます。
「あわわ……ルナ、それ、そのまま消して! 質量保存の法則を無視していいから、今すぐ霧散させて!」
「おにいたん、あわあわー!」
結局、僕の教育は「危ない!」「やめて!」「計算して!」という絶叫に終わりました。 教え子が「天然モンスター」のミーナならまだしも、血の繋がった幼い弟妹が、僕の歪んだ教育のせいで「重力使い」や「雷神」になってしまったら、王様との契約が破棄されるどころか、家から追放されてしまいます。
「……アルス、あんた何やってんのよ」
そこに、木剣を抱えたリザ姉さんが呆れ顔で現れました。
「お姉ちゃん! 助けて、この子たち、僕に似て『加減』を知らないんだ!」
「当たり前でしょ、あんたが変なこと教えるから。ほら、カイル、ルナ。魔法はね、『おいしくなーれ』とか『きらきらー』ってやるだけでいいの。はい、お姉ちゃんと一緒にマシュマロ焼こうね」
リザ姉さんが魔法を教え始めると、双子はすぐに安定した、可愛らしい「普通」の火を灯しました。 ……物理学者の俺の三時間の講義より、姉さんの一言の方が効果的だなんて。
「……教育って、難しいな」
僕は、炭になった芝生を「分子再構成」でこっそり直しながら、独りごちました。 どうやら僕は、教えるよりも、誰も見ていないところでこっそり「世界のバグ」を修正している方が向いているようです。
神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、自分の教育的センスが「絶対零度」であることを痛感し、再び自分の研究室へと引きこもる決意を固めるのでした。




