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第十六話:手に負えないものは、師匠に投げるのが一番

「だめだ……。教えるとかそういう次元じゃない……」


パン屋の裏口で、僕は頭を抱えていました。 ミーナちゃんのパン作りは、もはや「熱力学」ではなく「天変地異」です。 彼女がパンをこねるたびに、周囲の空間が魔力の振動でゆがみ、近所の犬たちが一斉に吠え出す始末。


「アルスさーん、次はクロワッサンを焼きますよぉ! えいっ!」


「待ってミーナちゃん! 今その手に込めたエネルギー、TNT換算かんさんで数トン分はあるから! 街が消える!」


僕は必死に彼女の手首を掴み、魔力を地面に逃がしました。 ……だめだ。物理学者の俺には、この「野生の核リアクター」みたいな女の子を制御しきれない。


「そうだ。こういうときは、専門家に頼もう」


僕はミーナちゃんを連れて、エレナ先生の屋敷へと向かいました。 すると、そこには魔法学校の休みを利用して遊びに来ていたシルフィちゃんの姿もありました。


「あらアルス。そんな得体の知れない女の子を連れて、何の用かしら?」


シルフィちゃんは、相変わらずませた仕草で扇子を広げます。 彼女もこの数年で成長し、魔力量は一般的な魔導師三人分……つまり「秀才」の域に達していました。


「先生! 助けてください! 僕より手に負えない子を見つけちゃったんです!」


「あらあらアルスちゃん、そんな大げさな……。……えっ?」


出迎えたエレナ先生の顔が、ミーナちゃんを一目見た瞬間に凍りつきました。


「アルスちゃん、あなた、どこからこの『魔力の化身』を拾ってきたの……? この子、呼吸をするだけで大気中のマナを根こそぎ吸い上げているわよ」


「えへへ、こんにちはぁ! パン屋のミーナですぅ!」


ミーナちゃんが笑顔で挨拶した瞬間、屋敷の庭の木々が彼女の無意識の魔力に反応して、一斉に急成長を始めました。


「な、なによこの子……。魔導師三人分と言われるこの私の魔力が、アリんこみたいに感じるじゃない……!」


シルフィちゃんが、わなわなと震えながらミーナちゃんを指差します。 シルフィちゃんは「普通に高い魔力」の持ち主ですが、ミーナちゃんは「単位そのものが違う」存在。 例えるなら、高級な手持ち花火と、剥き出しの太陽くらいの違いがあります。


「先生、僕は教える才能がないみたいなんです。僕の教え方だと、どうしても数式になっちゃうから……。彼女みたいな『感覚派』には、先生の指導が必要です!」


「……丸投げしたわね、アルスちゃん。でも、確かにこの子を放置するのは、安全保障上の問題だわ」


エレナ先生は、引きつった笑いを浮かべながらミーナちゃんの頭をなでました。


「いいわ。ミーナちゃん、そしてシルフィ。今日から二人まとめて、私が面倒を見てあげる。シルフィには『魔力の質』を、ミーナちゃんには……ええと、『世界の壊し方』ではなく『壊さない方法』を教えなきゃね」


「わぁ、学校ごっこですねぇ! よろしくお願いしますぅ!」


「ちょっと! 私もこの天然娘と一緒にされるの!? 認めないわよ!」


憤慨ふんがいするシルフィちゃんと、ニコニコするミーナちゃん。 そして、その光景を遠巻きに眺めながら「よし、これで研究に戻れるぞ」とホッと胸をなで下ろす僕。


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、二人の問題児を師匠に押し付けるという、物理学者らしい「最も効率的げんじつてきな問題解決」を成し遂げたのでした。

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