第十四話:免許皆伝と、物理学者の「卒業制作」
王様と契約を交わしてから、三年の月日が流れました。 八歳になった僕は、身長も少し伸びて、見た目はすっかり「お利口そうな貴族の坊ちゃん」です。
この三年間、僕はエレナ先生のもとで、血の滲むような……もとい、知恵を絞り尽くすような特訓を重ねてきました。 目標はただ一つ。「神級の魔力を、アリを踏み潰さない程度の精度で制御すること」です。
「……アルスちゃん。準備はいいかしら?」
演習場の真ん中で、エレナ先生が真剣な面持ちで立ちました。 今日は、僕の修行の集大成を見せる「免許皆伝」の試験です。
「はい、先生。今の僕なら、エントロピーの増大を最小限に抑えつつ、完璧な加減ができます」
「……相変わらず何を言っているか分からないけれど、期待しているわよ」
先生が合図を出すと、空中に十枚の薄い紙が並べられました。 ただの紙ではありません。一枚ごとに「火」「水」「風」など、異なる属性の魔力が付与された特殊な紙です。
「この十枚の紙を、順番に『異なる現象』で、かつ『紙を燃やし尽くさず、一文字だけ穴を空ける』ように打ち抜きなさい」
これは地獄のような難易度です。 出力が強すぎれば紙ごと消滅し、弱すぎれば魔力障壁に弾かれる。 物理学者としての精密な計算と、リザ姉さんに教わった「テキトー(という名の直感)」が試されます。
「……ふぅ。イメージするのは、マシュマロよりも繊細な、絹の糸だ」
僕は指先をスッと動かしました。
一投目。摩擦熱を極限まで抑えた「真空の刃」。 二投目。表面張力を利用して針よりも鋭くした「一滴の雫」。 三投目。自由電子を一点に集束させた「微弱な静電気」。
パチン、パチン、パチン……と、軽快な音が響きます。 十枚目の紙を打ち抜いたとき、演習場には爆発音も、閃光も、クレーターもありませんでした。
エレナ先生が震える手で紙を拾い上げます。 そこには、僕の魔力で焼かれたり切り取られたりして、完璧な円形の「穴」が一つずつ空いていました。
「……信じられない。王級以上の魔力を使いながら、これほどまでに微細な……まるで顕微鏡で操作しているような制御……」
先生は深くため息をつき、僕の頭にそっと手を置きました。
「合格よ、アルス・ローベント。私から教えることはもう何もないわ。……あなたは今日から、世界で唯一『理』を飼いならした魔導師よ」
「ありがとうございます、先生!」
「……ただし、約束は忘れないでね? その力、絶対に『掃除』以外で使っちゃだめよ?」
「分かってますって。あ、卒業制作に、先生の肩こりを一瞬で解消する『高周波振動マッサージ魔法』を作ったんだけど……」
「それは……ちょっと受けてみたいわね」
僕が先生の肩に指を触れ、一秒間に数万回の超高速振動(物理)を叩き込んだ瞬間。 先生は「あふぅ……」と、シルフィちゃんと同じような幸せそうな声を漏らしてその場にへたり込んでしまいました。
こうして僕は、八歳にして国最強の魔導師から免許皆伝を授かりました。 神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、物理学の粋を集めた「究極の肩叩き」を習得し、いよいよ自由な研究生活……そして、ませた幼馴染との再会へと向かうのでした。




