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第十二話:王様との約束は「何もしないこと」!?

ついにやってきました、王宮です。 高い壁、きらびやかな装飾、そして並み居る強そうな近衛騎士このえきしたち。 僕はリザ姉さんに教わった「マシュマロの火」の感覚を忘れないよう、必死に頭の中の数式を封印していました。


玉座の間には、この国の頂点に立つ国王様と、僕の師匠であるエレナ先生が待っていました。


「面を上げよ、アルス・ローベント。……ほう、これがエレナが恐れる神童か。見たところ、可愛らしい子供だが」


王様は威厳のある声で言いましたが、その目は鋭く僕を観察していました。 エレナ先生は横で「油断しないでくださいね」という顔をして僕を見ています。


「アルス、王様の前で魔法を見せてごらん。リザに教わった『普通』のやつよ」


父上の緊張した声に、僕はうなずきました。 よし、いくぞ。 イメージするのは、マシュマロ。おいしくなーれ。


「……えいっ」


ポフッ。


僕の指先に、ちいさなオレンジ色の火が灯りました。 我ながら完璧です。出力は下級魔法の最低ライン。これなら「ただの子供」で通るはず。


「ふむ……。ただの火種だな。エレナ、これのどこが『神級』なのだ?」


王様が拍子抜けしたように笑った、そのときでした。


「……陛下、失礼します」


エレナ先生が、僕の火に一本の針を近づけました。 その針が火に触れた瞬間、パキンッという音とともに、一瞬で蒸発して消えてしまったのです。


「なっ……!?」


「陛下、お気づきですか。この火は『揺れて』いません。この小さな空間の中に、何万度という熱量が、目に見えないほどの超高密度で閉じ込められているのです。……アルスちゃん、あなた、加減の方向性を間違えているわよ」


エレナ先生が、引きつった笑顔で僕の頬をつねりました。 あ、やばい。 出力を下げることに集中しすぎて、「熱源の圧縮率」を物理の極限まで高めてしまったんだ。 見た目は可愛い火だけど、実は太陽の表面より熱い「極小の地獄」を指先で作っていました。


「……。……。……アルス・ローベントよ」


王様は玉座から立ち上がり、ゆっくりと僕の前に歩み寄りました。 そして、僕の目を見て静かに言いました。


「お前に、一つだけ命令というか……お願いがある」


「は、はい。なんでも言ってください」


「将来、絶対にぐんに入ったり、魔法の研究職けんきゅうしょくに関わらないでくれ」


「えっ? どうして?」


僕は耳を疑いました。 普通、こういう物語なら「国の戦力になれ」って言われるはずなのに。


「いいか、お前の魔法は『武器』ではない。それは、この世界の物理の法則そのものを壊しかねない『バグ』だ。お前が本気で戦争に関われば、敵国どころか、この大陸そのものが消えてしまうだろう」


王様は、深刻な顔で羊皮紙ようひつじを取り出しました。


「これは魔法契約書だ。お前が軍や魔法の公職に就かない代わりに、ローベント侯爵家には一生遊んで暮らせるほどの年金と、お前の自由な『研究』を国が保障する。……その代わり、人前では絶対に本気を出さないと誓ってくれ」


「……つまり、毎日遊んで暮らしていいってこと?」


「そうだ。むしろ、ずっと家で寝ていてくれるのが、この国にとって一番の安全保障なのだ」


物理学者の俺にとって、働かずに研究費だけもらえるなんて、まさに夢のような条件です。


「わかりました! 僕、約束します! 魔法で国を救ったりとか、そういう面倒なことはしません!」


「うむ。……助かるよ。本当にな」


王様は、深いため息をついて僕の肩を叩きました。 隣でエレナ先生も「これで一安心ね……」と胸をなで下ろしています。


こうして僕は、五歳にして「国家公認のニート(予定)」という、異例の契約を結ぶことになりました。 神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、ただ「そこにいるだけで危ないから何もしないでくれ」と王様に頼まれるという、究極の評価を勝ち取ったのでした。


「よし! じゃあ、次は『重力』をいじって、空飛ぶ絨毯じゅうたんでも作ってみようかな!」


「アルス、契約書のインクも乾いていないうちから、また不穏ふおんなことを言うな!」


父上の叫びが、王宮の廊下に響き渡りました。 僕の平和な(?)研究生活は、ここからが本番のようです。

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