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第十一話:お姉ちゃんの「テキトー」こそが最強の加減術

お母様の「王級離乳食」に衝撃を受けた翌日。 僕は庭で、姉のリザさんに泣きついていました。


「リザ姉さん! お願い、僕に『普通』を教えて! お母様のはすごすぎて、逆に参考にならないんだ!」


リザ姉さんは、木剣を素振りしながら「えー、めんどくさいなあ」と笑いました。 彼女は八歳。魔法よりも剣術が得意ですが、貴族のたしなみとして魔法も人並みにこなします。


「アルスは考えすぎなんだよ。魔法なんてさ、『えいっ』てやって『ポイっ』てやるだけだよ?」


「それができないから困ってるんだよ! 僕が『えいっ』てやると、原子崩壊が起きちゃうんだ!」


「げんし……? よくわかんないけど、あんた、頭の中に数字がいっぱい並んでるでしょ。それ、全部捨てちゃいなよ」


リザ姉さんはそう言って、ひょいと指を立てました。 そこには、本当に小さな、親指の先くらいの火が灯っています。 ゆらゆらと揺れて、今にも消えそうな、どこにでもある下級魔法の「火種」です。


「見てて。私はね、この火でマシュマロを焼くのが得意なんだから」


姉さんは、懐から取り出したマシュマロを串に刺し、その小さな火にかざしました。 火は消えることもなく、かといってマシュマロを黒焦げにすることもなく。 じわじわと、美味しそうなきつね色に変えていきます。


「……すごい。魔力の振動数が、マシュマロの糖分が焦げる温度と完全に一致している……。いや、違う。姉さん、何も計算してないよね?」


「計算? するわけないじゃん。私はただ『おいしくなーれ』って思ってるだけだよ。ほら、アルスもやってみなよ。マシュマロが泣かないくらいの火だよ」


僕はマシュマロを受け取り、指先を見つめました。 いつもなら、ここで熱力学の第二法則とか、輻射熱の計算が頭をよぎります。 でも、今日は姉さんの言う通り、頭の中の数式を無理やり真っ白にしました。


「おいしくなーれ……。マシュマロが、泣かないように……」


僕は魔力を練るのをやめました。 「出す」のではなく、ただ「漏らす」だけ。 蛇口を締めるのではなく、錆びた水道から水がポタポタ落ちるような、不完全なイメージ。


「えいっ」


ポフッ。


小さな、本当に小さなオレンジ色の火が、僕の指先に灯りました。 それは空気を切り裂く音もしないし、地面を溶かす熱量もありません。 ただそこに、温かい光があるだけでした。


「あ……。できた。消えないし、爆発もしない」


「そうそう! それだよアルス! ほら、焼いてみて!」


僕は震える手でマシュマロを火に近づけました。 マシュマロは爆発せず、蒸発もせず、ただゆっくりと柔らかくなっていきます。


「……できた。リザ姉さん、僕、ついに『普通』を習得したよ!」


「でしょ? あんたは賢すぎるから、魔法を『現象』だと思ってるんだよ。でも私たちにとっては、魔法は『気持ち』なんだから」


僕は、きつね色に焼けたマシュマロを口に運びました。 甘くて、温かくて。 前世で研究室にこもって計算していたときには、一度も味わったことのない「ちょうどいい」幸せの味がしました。


「よし。これなら、お城に行っても大丈夫そうだね」


「え? アルス、お城に行くの?」


「うん。エレナ先生が、王様に僕のことを報告しちゃったみたいなんだ」


僕が「普通」を覚えたその日の午後。 屋敷の門の前に、王室の紋章がついた豪華な馬車が止まりました。 迎えに来た使者の人は、僕の指先の小さな火を見て「ほう、可愛らしい魔法ですな」と微笑みました。


(……ふふふ。騙されてる、騙されてるぞ。これが物理学者の全力の『手加減』だ!)


神級魔法を使える人が数人しかいないこの世界で。 僕は、姉さんに教わった「テキトー」という究極の術式を武器に、ついに王宮へと乗り込むことになったのでした。


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