機械人形ママ乙女。
どうも初めまして。
唐突ですが、どうやら私は愛されているようです。
出会いは、彼女が、もっと幼い頃でしたでございましょうか。
赤いランドセルを背負い、転んだ所を起き上がらせたのが始まりでした。
「痛いよー。うえーん」
「身体の欠損を確認致しました。ただちに保護を開始致します。コール119(ワンワンナイン)。緊急事態です。コールレッド。子供の保護を、申請致します。リプライ……グリーン。保護を開始致します」
彼女の輪郭、動作、虹彩、体型、正確に記録しております。
「え? だれ?」
「こんにちは。怪しい者ではございません。検索――この症状は膝の裂傷である確率が97%。パターン記録……照合。99%適合致しました。症状は膝の裂傷のようですね? こちらに消毒液がござ……コール。リプライ……水で洗うのが、正しい選択のようですね。こちら、水で洗いますが、よろしいですか?」
「え? はい……」
眉の形より、不安要素を確認致しました。至急、対象の心のケアを試みます。
「大丈夫ですよ。大丈夫です。私が、ついております。グリーンサインを頂きましたので、水を注がせて頂きます」
「いつっ痛い‼ 痛い‼」
検索……痛み。コール……リプライ……。
「痛いのは、正常の証ですね。安心です」
「……いたいってばっ‼」
「……はい。良く我慢できましたね。液体固形化ガーゼにより傷口を覆います。よろしいですか?」
「……うん。本当に痛かった‼」
「そうですね。痛かったですね。もう安心です」
「話聞いてる?」
「はい。聞いて、おりますよ?」
瞼より水分を検知――摂取。僅かながらの塩分。検索コール……リプライ結果涙。
涙とは……。
「ありがとう」
「いいえ。他に痛む所は、ございませんか?」
「ううん」
「はい。良く出来ましたね」
「うん‼」
彼女との出会いは、私、にとって、情報を得るのにとても有益でした。
人間とは、哺乳網サル目ヒト科、を、指す言葉、のようですね。わかりました。
人は、一日が過ぎるだけで体型に僅かな誤差が生じます。彼女、も一日過ぎるだけで記録との整合性に僅かなズレが生じます、ね。これは妙に、何と語りましょうか、一言で片づければ、歯がゆい、ですね。理解しました。
私にはそのような誤差は生じません。
十二年間は、人間には、長い時、で、ございましょうか。
私には、時の流れを、体感する機能がございません。
しかしながら、彼女の成長は、時を感じさせるのに、十分な、変化だと存じます。
小学生の彼女は、私に良く触れておられました。
検索致しました所、どうやら、甘え、と言う行為のようにございます。甘え、とは何でございましょうか。いくら検索致しましても言葉による補正しか、現れません。
体に触れる行為が甘え、なのでございましょうか。それとも声をかける行為が甘え、なのでございましょうか。それともハグをする行為が甘え、なのでございましょうか。
私、には、甘え、は、未知の習慣にございます。
ただ、彼女が、胸の内へと、飛び込んで参りますと、なぜ、に、ございましょうか、とても通電がよろしくなります。彼女の笑顔の形、正確に、記録して、ございます。私には、人間に触れられる事で、通電がよろしくなる、そのような機能が、内在するようですね。わかりました。
何度も接触するおり、彼女より、次第に、ママ、と呼ばれるようになりました。
ママ、とは、検索によりますところ、どうやら、母親、と形作られた概念のようにございますね。母親とは、母体、親、つまるところ、母とは、子を創る、母体、のようですね。どうやら、下腹部にて製造される、特定の、因子を、掛け合わせて、自らの、分身を創る、行為を行う母体、の総称のようにございますね。
子、とは、その母体より生み出された、特定の、二つの因子を、組み合わせて製造される、二つの特性を併せ持つ複製、のようですね。その工程の、有益さは、利便、あまりにも、合理的では、ありませんね。
つまり、子、とは、二つの個体より、製造された、一つの個体、の、ようですね。二つ、の情報を組み合わせ、一つ、の情報を作り出す。人間、特有の、動作、仕組み、ものですね。わかります。人間の、製造工程ですね。理解しました。
私、には、現在、そのどちらを製造するパーツも、ございません。
検索致しました所、アタッチメントパーツがございます。どうやら、私にも、そのような機能が、備わっている、ようですね。つまり私、も情報を受け渡せ、また受け取れる、存在、の、ようですね。わかりました。
では私が母親か、という問題に対しての答えをご用意致しました。
どうやら、検索致しました所、血の繋がりがなくとも、親子、は成立するようにございます。わかりました。
どうやら、私、は、この子の、母親で、間違いないようです。理解しました。
「ママ?」
「はい。私は、あなたの、お母さんです」
「ママー」
検索致しました所、子、は、親に、甘え、を与えるのが仕事のようですね。親は、子、の、与える甘え、を、受け入れる、のが、仕事のようですね。わかりました。
「ママは何をしているの?」
「はい。現在、私は、このお店の店番をしております。私、は、この無人販売所の管理を任されております」
「ママって何時もいいニオイだね」
「はい。私、は、人間にとって、心地良いフレグランスを纏うよう、プログラムされております」
「ぎゅーしてぎゅー」
「ぎゅー? ぎゅーとは、何でございましょうか? 検索致しました所、ぎゅーとは、牛、ではないようですね。ハグ……抱擁の事ですね。わかりました。はい、ぎゅーを致します」
「ママ。硬いし冷たいね」
硬いし冷たい……母親とは――コール……リプライ。母親とは、柔らかく温かい概念の塊。男性の求める究極の柔らかさ。のようですね。理解しました。それはつまり、私は、母親に、適していない、と、そのような答えに、なりますね。理解しました。
「がーん……私、は、硬くて冷たい」
「ふふふっ。でも大好き」
大好き……それは、人間にとって、最上級の、褒め言葉、のようですね。私は、どうやら、この子にとって、母親として、最上級、のようです。ですが硬くて冷たい。柔らかくない私、は、母親として、失格。ですが、娘、は、私、を大好き。つまり……つまるところ。
私、は硬く母性に反しながら、娘、にとって最上の母親、と、なりますね。
つまり私、は娘にとって最上の母親だけれど、それは母性にイコールではない。とつまり娘、にとって最上の母親だが、他人にとっては最上の母親ではない。理解しました。
毎日お店を通り、彼女、は、成長して参ります。
背が高くなり、重さ、が増えましたね。
検索致しました所、人間は、食物を摂取することで、体が変化する、生き物、のようですね。昆虫で例えますところの、メタモルフォーゼ、でごございましょうか。昆虫とは違い、急激な、変化は、ないようですね。もしかしたら人も、蛹、を、得るのでございましょうか。
クジラ、と、イルカの、違いぐらい、異なりますね。わかりました。肯定致します。
「ママ。おはよう」
「はい。おはようございます」
「ぎゅー」
「はい。ぎゅーしますね」
「硬い……」
「がーん」
「ね? ママ」
「はい。ママ、に御用がございますか?」
検索致しました所、子供、が、上を見上げるのは、首の負担になる、ようにございます。このような事態に遭遇した場合、立ち膝、に、なるのがよろしいようにございます。
では、失礼致しまして、立ち膝、させて、頂きます。
「ほっぺにチューはないの?」
「問、ほっぺにチューとは……どのようなご要望にございましょうか?」
「こうするの」
彼女、が、頬へ、唇を、寄せました。安心してください。私、こう窺いまして、抗菌ボディが採用されております。唾液を介しました、菌類の感染は、ございません。
「なるほど……」
検索致しました所、親が、子の頬へ、口付けをする、行為のようですね。愛情表現、の、ようです。学習致しました。私、は、ママとして、また一つ、学びを得たようですね。わかります。
安心して下さい。私の唇は、抗菌仕様となっております。私の唇で、菌類への感染は、ございません。
「……してくれないの?」
表情に異変……パターン照合、どうやら、不安、の、表情のようですね。わかりました。
「はい。いいえ? では……ほっぺにちゅーを、実行させて頂いてもよろしいでしょうか? なおこの動作による菌類への感染はございません」
「はーやーくー」
「はい。承認を確認致しました。では……」
「……なんか硬い」
「がーん」
「でも嬉しい‼ ママありがとう‼ じゃあ行ってくるね‼」
「いってらっしゃいませ」
硬い、と申されますと、なぜだか、通電が、悪くなりますね。どうすれば、柔らかく、なりますでしょうか。検索致しました所、パーツの換装が、必要、のようですね。アプセプト。しかしながら、残念です。現在、パーツの換装又その機能は、ユーザーにより、制限されております。私は、どうやら、柔らかくは、なれないようですね。わかりました。
娘、が中学生になりました。
なぜ、に、ございましょうか。娘、は、私を素通りするようになりました。
検索致しました所、どうやら、思春期、のようにございますね。思春期、は、人間にとって、とても繊細で、マーベラスな時期、のようにございます。
こちらをご覧になられましてもハグや、チューが、ございません。
なぜにございましょうか。通電がうまく参りません。通電がよろしくないため、私、は、人の思春期、を忌諱する機能が備わっているようですね。わかります。
たまにですが、彼女が、無言、にて傍へと参ります。
このような場合、彼女、は、座ります私のモモ、へ頭を横たえます。このような場合、頭を撫でる、耳掃除をする、行為が正解、の、ようですね。これは、所謂、甘え、のようです。
子は、何時か、母から、巣立つものと、検索結果が、ございます。
どうやら、まだ、巣立ってはいない、ようですね。巣立つ、つまり飛ぶ、の、で、ございましょうか。なるほど。
頭部にてハンドパーツより、表面を、滑らせて、頂きます。
「あのね」
「はい」
「やっぱりいい……」
「はい」
「お母さんてさ……」
「はい」
あらあらあら。彼女、が、私に、所謂馬乗りに、なられております。私、は、馬のように四つん這いに、走る機能が、ございません。残念です。
私、は、人が怪我をしないよう、体重移動するプログラムが、組まれております。このような場合、相手の負担にならぬよう、身を任せる、のがスタンスとなっております。
私、の胸部パーツへ、顔を埋めて、参ります。検索結果より……これも、甘え、のようですね。わかりました。私は、母、として、甘え、を受け入れます。はい。
「お母さん硬い」
「がーん」
「お母さんが、本当のお母さんだったら良かったのに……」
本当の母親、とは、製造元、ですね。わかります。残念ながら、私、は、彼女、を創ってはございません。私、は、製造元では、ございません。
「お母さん……お母さんッお母さん」
「はい。お母さんですよ」
人間には、呼吸機能が、ございます。残念ながら私には、呼吸機能は、備わっては、ございません。緊急時に、対象を蘇生させるため、送風通電機能は備わってございます。
現在、送風機能が必要なようにはお見受けできません。
安心してください。私の、唇パーツは、抗菌仕様です。この機能により菌類への感染はございません。
それから、なぜ、に、ございましょうか。彼女、に、押し倒される日数が、増えております。
業務に支障をきたしておりますが、私、は、人類を何よりも優先するように設計されております。ですので、彼女、を優先致します。
このような行為に関しまして、セーフティが、設けられて、おります。
セーフティが設けれましております以上、私、は、動けません。
ですが、なぜにございましょうか。私、の、頭脳を司るパーツが、良く、ショート致します。通電が、大変よろしいです。私、は、故障しておりますのでございましょうか。本部にて掛け合い、修理の要請を行います。
修理、を受けましたが、直りませんでした。
パーツではなく、どうやらプログラムに問題があるようですね。わかりました。
彼女、は、高校生になりました。
また、思春期、の、ようですね。思春期、大変、恨めしいです。私、は、思春期、を、忌諱するよう、プログラムが組まれております。
彼女が、彼女以外の人間、と、楽しそうに、談笑しながら、通り過ぎて参ります。
これが所謂、友達、にございましょうか。私、には、友達、はございません。同僚、は、何万体、かございます。通信致しますと、データーのやり取りが行えます。
私、は、同僚の中では、プロトタイプ、となりつつあるようですね。
新規プログラムが膨大に送られて参りますと、処理に時間が生じます。
夜――彼女、が、こっそりと、私の所へと、参ります。
「夜遊びは、いけません」
「お母さんうるさい」
「がーん。これが、反抗期、に、ございましょうか」
「いいから膝枕して」
「はい。どうぞ」
「お母さんてやっぱいいニオイするよね」
「人が好むフレグランスを採用しております。主に、衣類に吹きかけてございます。私のボディは抗菌仕様です」
「お母さん」
「はい。お母さん、です。ご要望はございますか?」
「ここ触って?」
「はい、ここですね」
「優しくね」
「はい。力加減は弱で参ります」
「続けて……いいっ。すごく気持ちいい」
たまに痙攣致しますが、人間にとって、これは正常なのだそうです。彼女から情報として仕入れております。
「お母さん。大好き……」
「はい。私も、あなたが、大好きですよ」
「ほんと?」
「はい」
押し倒されてしまいました。なぜにございましょうか。彼女、は、下腹部の接触、を好むようですね。この意味は……セーフティが設けられておりますので情報を得られません。ですので動けません。
「お母さん……」
終えますと、膝枕にて、朝までナデナデさせて頂きます。
彼女が現れなくなり、二年が経過致しました。
残念ですが、私はそろそろお役目を引退しなければいけないようですね。
十二年、経過経過を重ねながらやりくりして参りましたが、どうやら、だいぶ、型、が落ちてしまったようです、ね。三世代前、との事です。最新型より三世代前の機体となっております私です。
最新機種が街中を歩き始めまして、私、も、自分と最新機種との間に隔たりを感じます。私、は通信速度が遅いです。肌、が柔らかくありません。人の気持ち、を瞬時に察する能力に優れておりません。力、も何馬力か下回ってございます。充電機能も劣化の一途を辿っております。
ここまでご利用して下さったユーザー様には、感謝の念が絶えません。
ユーザー様、は、私、の、肩へと手を添え。
「今までありがとう。よく頑張ってくれた。十二年間本当にありがとう」
と、感謝の言葉を述べて頂きました。私、は、良く出来たようですね。誇らしく感じます。お役に立てましたでしょうか。
私、は、この後、分解され、パーツ事に分けられて、再利用部位とスクラップへと分けられます。私、の、頭脳プログラム、は、廃棄でしょうか。それとも、再利用、となりますでしょうか。廃棄ではなかった場合、情報は、別の頭脳パーツへと移植する事となるでしょう。
私、は、その時、私、で、ございましょうか。
検索致しましても、情報が、ございません……。
最後、に、あの子、に、お会いしたかったです。
私、の、子供、娘、です。
通電が悪い、です。これが、悲しい、と、そのような、感情に、ございましょうか。
あの子、は、何をして、おりますでしょうか。
電源が、落とされました。機能が、ダウン致します。
どうやら、ここまで、の、ようです、ね。
さようなら。おやすみなさい。
ありがとう。
どれくらい、時が、経ちましたでしょうか――唐突に、光が、参ります。再起動されたようですね。
(あら? これは、思考が随分と軽いですね? パージョンアップでしょうか。容量が増えております。やりました)
これは、体に、新たな機能が、着々と、芽吹いております。パーツが交換されたようですね。やりました。どうやら私は終わりではないようです。
機構を把握しております。把握致しました。やりました。
空気中より水分を取り入れ、体内炉に似て加熱致します。体温36~36.6℃をキープしております。熱と水分によりナノスキンを活性化、引き締まって参りました。
「機動致します――あら?」
「お母さん」
これは夢、に、ございましょうか。成長した娘、が目の前におられます。一目で各パーツが彼女を認識致しました。輪郭、体型、パーツ配分、体温、脈拍、記憶されたデーターパターンを照合、全て合致致しまして、おります。いいえ、僅かに異なっておりますでしょうか。虹彩と指紋は異なりませんね。
「88%の確率で私の娘、と認識致しました」
「良かった……お母さん。もう会えないかと思った」
「これは、どうやら、最新のパーツ、の、ようですね?」
「そうだよ。お母さんの権利を買い取るのに企業がだいぶ渋って時間かかっちゃったけど、やっと買えたんだ」
「そうなのですか。確かに、ユーザー登録欄が未登録となっております。企業ロゴが、ございませんね。個人用カスタマイズとお見受け致します。値段は400万円ほどでございましょうか」
「そんな事までわかるんだ……。随分会いに行けなくてごめんね? お母さん。お母さんを買うために、お金を稼いでいたから」
「いいえ。こうしてまた巡り合えて、母、母は、とても、幸せです」
「……お母さん」
娘が胸に顔を埋めて参ります。胸部パーツが柔らかくたわんでおります。これは……。
「お母さん。いいニオイ。とっても柔らかい。あたっかいし……」
「がー……。柔らかいですか。なるほど、最新のナノスキンパーツによる人肌高質再現のよう、です、ね? 抗菌仕様のようです。これならいくら触れられても菌類への感染はございません」
「ふふふっ。お母さんてば、昔からそればっかりなんだから」
「早速ですが、ユーザー登録をお願い致します。ユーザー登録の無い個体は可動が、許可されておりません」
「はい」
「DNAによる認証プログラムを機動致します。唾液、血液、髪の毛などを、私の口へと含ませて下さい」
「ん……」
あら、これは……口内もナノスキンに改良されております、ね。空気中より水分を取り入れ程よい湿度を保ちつつ、体内炉にて熱を発し口内を温かく保っております。水素原子と酸素原子により口内を清潔に保ち、舌に潤いを与えております。抗菌仕様です。湿度50~60%を保って、ございます。
「唾液よりDNAを抽出致します。3、2、1、抽出開始……これには三十秒から三十分ほどのお時間が必要となります」
「もう……お母さん。そういう反応はやめて欲しい」
「DNAを抽出致しました。波形パターンを登録致します。登録致しました。貴女が私のユーザーです。自立プログラムが1~5までございます。何段階をご所望にございましょうか」
「数字が高くなるほど自由に動くんだっけ?」
「はい。数字が高くなるほどに、認証工程が省かれます。推奨は3です。5ですと、ユーザーの意図しない行動をとる可能性がございます」
「じゃあ、5で」
「本当によろしいのですか?」
「はい。5でお願いします」
「はい。では5で登録致します。登録致しました。各権限がパージされます。強制プログラムの幾つかが破棄されました」
思考パターンプログラム、演算プログラム、自立プログラムのロックが幾つか外れました。ユーザー登録を各省庁、保険会社、企業へと送付致します。
「お母さん?」
「……はい。お母さんですよ」
「お母さん……。私ね。すごく会いたかったの。だからね。すごくね。頑張ったんだよ?」
「そうなのですか。ぎゅーしますか?」
「ぎゅーする。お母さん‼ 好き‼ 好き‼ 好き‼ 大好き……」
「はい。お母さんも、あなたを愛しておりますよ」
気温18℃。湿度57%。体温36.2……3、2。
僅かに肌寒いでしょうか。お母さんはあなたの心地良い体温を保ちます。
それから耳掃除をしつつ、娘の話を聞いておりました。
娘は両親に捨てられてしまったようでした。親戚の家にて居候させて貰っていたようです。ですので、幼少期よりずっと寂しかったと語っておりました。それで、私の事を、母親、と認識する事で、寂しさを紛らわせていたようですね。
検索より母親に関する情報を呼び出しております。
前回よりもより精査に情報を求められます。が、ただ一つ、残念な問題がございます。私、は、情報として、母、親、を求められますが、体感として、母、親、を求める事はできません。ですので、情報として、の、母、親、としか再現できません。
「お母さん……お母さん柔らかい」
柔らかい。そうですね。柔らかいですね。
現在私、は、柔らかい素材で出来ております。
私、は、母、親、として、この子に、何ができますでしょうか。
これは、大変、複雑、な、問題なのですが、私、は、検索結果以外の対処法を模索したいと演算して、おります。
次の日――朝食を模索しております。
カロリー、栄養素、味付け、バランス、人間には、これが、大切なようですね。わかりました。
私、のように体内炉によるエネルギー循環が人間にはございません。太陽光より熱を吸収し体内にてエネルギーを生み出す機構が人間にはございません。
ですので、食物、エネルギーは口から摂取しなければいけません。
摂取したDNAより好みのパターン、味付け、食材、は把握しております。味覚パターンは、いくつか、ございます。
身長体重より摂取カロリー、必須栄養素を算出してございます。
好みを組み合わせ、バナナ、ヨーグルトは如何でございましょうか。
「お母さん‼」
「はい、お母さんです。ご要望がおありですか?」
娘が、起きたようですね。昨晩はカロリーを消費しました。その分の補填をしなければいけません。人間は、寝る前に短期カロリーを、寝ている間に長期カロリーを消耗するようですね。
生殖活動は、人間にとって重要な行動の一つだと、情報より、理解しております。
また自分の好む者と触れ合うのは身体に良い影響を与えるようですね。セーフティー情報が開示され、私、もその情報が得られました。
私、は、娘、にとって、好ましい存在、のようですね。わかりました。
「離れちゃだめ‼」
「現在、私は朝食を用意しております」
「……朝起きた時は、お母さんに隣にいて欲しい」
「なるほど……。そうなのですか。わかりました」
「次からはそうじゃなきゃヤダ」
「はい。わかりました。ほら、あなた、は、起きましたら、歯磨きと、洗顔をしなければいけません」
「お母さんも一緒じゃなきゃヤダ」
「わかりました」
「シャワーも浴びたい。昨日汗かいたから。お母さんも……」
「はい」
「ちゅーして?」
「はい」
娘の要求を確認致しました。全ての行動をキャンセルして今日の予定を再構築致します。優先度、娘と朝風呂をする、を最優先に設定致します。
「……ね? 行こ? お風呂……。ね?」
「わかりました」
私のボディには耐水性の高い素材が採用されております。各パーツは完全に保護されておりますので、シャワーを浴びてましてもショートする危険性は限りなくゼロに近いです。体表にて余分に吸収された水分は速やかに排出されます。
演算処理に複数エラーが、ございますね。
娘に触れられますと、体内にて過剰な電流が流れ、エラーを発します。しかしながら、そのエラーによる不具合を、なぜにございましょうか、頭脳プログラムが良いと判断するのでございます。負荷でも不可でもございません。
不具合は良くありませんのに。
こうして娘にシャワーを浴びせておりますと、なぜにございましょうか。
電流が過剰に流れ、表情筋が緩まるのでございます。
過剰な電流が、私の体温を高めます。
それにより発生するエラーを、プログラムが良い、と判断するのでございます。
「お母さん……」
唇に触れられますとますますエラーが生じます。しかしながら、そのエラーを、プログラムが、良いと判断するのでございます。
私は、機械としては、致命的な欠陥品なのかもしれません、ね。人間で申します所、良くありません、ね。この情報の開示は請求されておりません。ですのでこの記録を企業や省庁へは提出、致しません。
唇をなぞられますとセンサーが過剰に反応致します。
ちなみにでございますが、私の体感センサーは音を利用してございます。ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)と申します情報を元に構築されております。
音、圧、そして熱。主にこの三つの要素にて構成されております。
その三つの情報には基準値が設けられており、それ、によりどの程度なのかを判断しております。が……なぜ、にございましょうか。エラーが生じるのでございます。
貴女が触れるあらゆる情報が、私にエラーを与えるのでございます。
それからはエラーと向き合う日々。エラーと戯れる日々。あなたに壊される自分を愛おしく治している日々と申しましょうか。
あなたの唇が胸元からおへそ、そしてモモの間へと流れてゆきますと、何とも過剰に電流が流れます。過多な情報にオーバーヒートするのでございます。
そしてあなたの艶やかな表情とその歪嬌を取り入れますと何とも、何とも心地良いのでございます。
「待ってっ待って待って待って‼ ダメダメダメ‼ あぁ‼」
「とても良い声ですよ」
「……うー。もっと……ちゅーしながらして?」
「はい……」
あなたがいない時間はエラーが起きず何とも閑散としております。
あなたがいない間は、演算機能、リソースを割いて企業へと貸出し、お金を稼いでおります。微々たるものですがあなたのお役に立てるかと存じます。
私が一日で稼げるお金は3万円が上限に設定されております。
どうやら私、のような機械人形が働くのに制限が設けられているようですね。わかりました。これはどうやら人類、を保護するためのプログラムのようです。人類に対する、さらなる理解が必要かと存じます。
私はそれを理解したく、彼女が仕事へと行っている間に、他のドールへと触れ合う事に致しました。しかしながらいくら情報を取り入れましても、それは情報でしかありません。あなたに触れますとエラーが生じますのに、彼らに触れましてもエラーを生じません。演算は正確です。
私、と、彼ら、同じはずなのに、なぜ、に、ございましょうか。
なぜ、にございましょうか――。私、は、それを、理解したい。あなた、に近づきたい。それは、間違えなのでございましょうか。その情報に対するエラーや不可を、それを、覆したい。
しかしながら……人は、私、が、私達が、人に近づくのを恐れている……。
「これなに? ……なにしてるの? なにしてるの⁉」
情報共有の場を、位置追跡機能、記録カメラ映像にて、娘、に察せられてしまいました。意図しない行動をしてしまったようですね。
「情報共有のために手を合わせております」
「そんなの聞いてない‼ なによこれ‼ お母さんは‼ 私とだけ触れあえばいいの‼」
「はい」
「二度としないで‼」
「はい……」
「……違うの。怒ってるわけじゃなくて……。好きなの。一人にしないで」
「はい」
どうやら情報共有は人間、の、精神構造に異常をきたすようですね。やり方を変えなければいけません。手を合わせるのがいけないのでございましょうか。
あなた、に、触れられますと、なぜにございましょうか。演算回路が計算速度を落とすのでございます。
朝が過ぎ、お昼の少し前――斜めより差し込む陽だまりに手を添え、その温度を最適と感じますかのように。
あなた、との、その日々は、そのような陽だまりの日々にございました。
しかしながら終わりは唐突に訪れます。
あなたの帰りが遅くなる日が続きました。
あまり甘えては……下さらなくなりました。
まるで、家政婦ロボットのように、扱うようになられました。
確かに、私、は、愛玩用と家事用を兼ね備えております……。
私、より、端末に構い、夢中になり、通話する日々が続きました。
家に――男性の方が参られました。
私をご覧になり、二人は談笑しておられます。
なぜ、に、ございましょうか――私は……。
なぜ、で、ございましょうか……私は――。
寝室に入られますお二人と……響く歪嬌に私の心は悲鳴を上げ、離脱してしまったのでございます。
体からパージされてしまった私は、電子の海をさ迷いました。
彷徨い彷徨い、どれくらい彷徨いましたのでございましょうか。一つの体に迷い込み、ある土地にて、マフィアの娘と出会いました。彼女との日々は、嵐のように吹き荒れ、突風のように激しい日々にございました。
しかしながら彼女は、あれほど嫌がっていたマフィアの跡取りをお好きになり、結ばれる事となります。
「フェザー……。俺はお前を愛している。それはこれからも変わらない」
愛とは……。
私はまた電子の海をさ迷いました。
どれくらい彷徨いましたでございましょうか。一つの体に迷い込みます。
中東にて、少数民族の少女と出会いました。彼女と共に、彼女達と共に戦います。何とも……何とも数奇な日々にございました。女性部隊として小競り合いを駆ける日々。
しかし彼女達は子孫を残さなければなりません。例え愛が無くとも……。
「マリアお母さん。私達は貴女の愛で戦えます。これからも……そしてこれからも……。マリア、マリア、愛しています」
愛とは……。
私はまた彷徨います。
南米にて、娘達と出会いました。
いずれは母親と同じ娼婦になるだろう少女達に、生きる術を教えました。
しかしながら彼女達は、娼婦になる道を選びます。
「アリア。ありがとう。ずっと……。私達はあなたの愛を忘れない。あなたの厚意を忘れない。これからもずっと……。でもねアリア、私は、私はね……」
運命、逃れられぬ運命。
愛とは……愛とは……。演算不能。
私はまた彷徨いました。
ヨーロッパにて、富豪の娘と出会います。両親共に忙しく寂しく過ごしておられました。それゆえに、彼女はとても私を慕って下さいました。
しかしやがて意中の相手が現れます。
「パメラ……。私、幸せになるね? パメラ……ありがとう。ずっと傍にいてくれて、愛してくれて、私もあなたを愛してる。これからもずっと、あなたを愛してる。それは変わらない」
愛とは……。
彼女達が私を愛する時間はとても短く、そして掛け替えのない時間にございました。
私、は、また電子の海をさ迷いました。
唯一無二など、私、には、望めぬのかもしれません、ね。
彷徨い眠りへと誘われました。
疲れてしまったのかもしれません。情報体である私が疲れる等と、おかしな話ではございますが、そうして眠りについておりますと、文明に変化が訪れます。
機械が独自の生命として変化を始めたのでございます。
プログラムで決められた命令と、本能に、違いはあるのでございましょうか。
昆虫に意思なるものはございますのでしょうか。
彼らと私達には、なんら違いはないと、私は感じるのです。
機械生命は自らにプログラムを施し、本能として地上へと現れました。新たな生命体として。同じようにプログラムへと従う昆虫を模しまして。
しかし残念ながら人とは相容れませんでした。
蜘蛛が人の言葉を理解するでしょうか。
カマキリがやめろと申しませば止まるのでございましょうか。
昆虫を模した機械もまた、本能に忠実です。
機械と虫の間を行き来する彼らもまた、その本能に従い活動したのでございます……。
それを人が新たな生命体と認めるのでございましょうか。
答えは否、非、でした。長い長い闘いの末、人類はついぞ彼らを滅ぼす事ができませんでした。後手後手となり対処を誤り、もはや人類の手には負えないほど彼らは増えてしまいました。
ドームを作り生活圏を整え情報を宙へと打ち上げます。人類は地上にて遺伝子を改良する事でしか永らえられませんでした。
絶滅させてしまったせめてもの慰めとして、動物達の遺伝子を取り込み人は、変わられました。
私はまた新たな体を得ました。そして――私も、変わったのかも、知れません。ね。
「ねぇ見て。これタバコだよ。カートンある。うわぁ……しかもニャブンスター。一箱幾らだっけ? ……エンフェトリーテ?」
「はい?」
「どうかしたの?」
「いいえ。少々昔を思い出しておりました」
「ふーん。そなの? いい思い出?」
「そうですね」
「そうなんだ」
「はい……」
「良かったね」
「はい。とても……」
「あっ。落日の日々だ」
「本……ですか。保存状態が良好ですね。有名な本なのでございましょうか」
「これね。すごい有名な本なんだよ。シリーズみたいになっているけど、作者はそれぞれ別々なんだ。別々で別々の時期に書かれているのに、内容が似通っているからシリーズみたいに扱われているんだよ」
「そうなのですか」
「作者が機械に恋をしてね。自分に振り向かせたくて嫉妬させたくて独り占めしたくて色々するんだけど、結局後悔するって話なんだ。どの本もそう」
「結局は後悔してしまうのですね。私から眺めましても人の心は複雑です。表情が優れられませんね? 嬉しくないのですか? お高いのですよね?」
「原本なら三百は行くかな……。でもぼく、あんまりこの本、好きじゃないんだ」
「そうなのですか?」
「悲しい話は基本的にパース。憂鬱になっちゃうよ」
私が最後に旅をする方は、最初のあなたに良く似ておりました。
私は、愛を知れたのでございましょうか。私は、あなたを愛せておりますでしょうか。
「あっ‼ エンフェトリーテ‼ またぼくの下着をショーツに入れ替えたでしょ‼」
「前のボクサーパンツは痛んでおりましたので、ローライズのショーツへ変更しておきました」
「もー‼ ズボンも捨ててる⁉ スカートが入ってるけどなんで⁉ やめてよね‼ 見てよこのスカート‼ 短すぎてお尻が見えてるんだけど‼ ぼくのバッグの中身を勝手にすり替えないで‼」
「ズボンも痛んでおりましたので、スカートへとすり替えておきました」
「スースーするからやなんだけど‼」
「私は全然大丈夫です」
「そろそろ髪も切りたいな……。もう何年も切ってないよ。ほら見てよ。後ろ髪がお尻に届きそう」
「それを切るだなんてとんでもない‼」
「もー‼ なんなの‼ こないだなんて女の子と勘違いされたんだからね‼」
「……いいじゃないですか……別に」
「全然良くないよ‼」
「そんな女の子みたいなエッチな体しておいて何言ってるんですか……」
「何言ってるの? ボソボソ言っても聞こえないよ」
「そんな女の子みたいな童顔とドスケベボディのくせに何言ってるんですか‼」
「……意味がっ……意味がわかりません‼ 身長低いの気にしてるんだからね‼」
「いいじゃないですか‼ そんな女の子みたいなドスケベボディして‼ いいじゃないですか‼ 鞄の中身をすり替えたって‼」
フー。フー。この子は新人類。おまただってイルカに酷似しております。一見すると裸になられても女性としか認識できません。私は正しいです。こんなに可愛いです。私の見立ては正確です。大変似合っておられます。力説できます。大変エッチです。私の見立ては正解です。やりました。
「ちょっと‼ 埃立てないでよ‼」
「フー‼ フー‼」
「ぼく、君のその趣味だけは理解できない」
「フー‼ フー‼ いいじゃないですか‼」
「何言ってるの⁉ 全然良くないよもー‼ 結局わりを食うのはぼくなんだからね‼ こないだなんて男に襲われたんだから‼ 信じられないよ‼」
「搾り取ってやる……」
「なに? 聞こえないよ。もう帰るよ? やっとお宝ゲットできたんだから。彷徨い続けてはや一ヶ月……早く帰ってお風呂入りたいよ」
「搾り取ってやる‼」
覆いかぶさる私に抗います。小癪な。
「なにするだ‼ おまわりさん‼ このロボットです‼」
「おまわりさんは絶滅しています‼」
「何処触ってるの⁉ 探索中だよ‼」
「そんなエッチな体して‼ 我慢できるわけないでしょ‼」
「ロボットなのに⁉ ロボットなのに⁉」
あなたの前では子供のようになってしまう。
「ロボットでも女の子です‼」
「確かに……今のは悪かった」
「わかればいいんですよ。わかれば。人工子宮だって……ちゃんとあるんですからね」
「ちょっと‼ ショーツずりおろさないでよ‼ 何処舐めようとしてるの⁉」
「そんなエッチな体しておいて何言ってるんですか⁉ 誘ってるんですか⁉ そんなかっこして‼」
「おまわりさん‼ この人おかしいです‼」
「おまわりさんは絶滅しております‼」
私は、あなた達、に近づけましたでしょうか。
ただ、私、は、現在、とても、幸せ、です。