act.2 冷酷 (3)
「ほんまのこと、教えたるわ」
アガサは目を輝かせて僕の顔を覗き込み、恩着せがましくそう言った。腹の底で何かがムラッと動いたけれど、僕はそれを押さえ込んで「うん」とだけ返事した。絶対領域が繋がってしまいそうなほど近くに彼の顔があって、ほんの少しだけ、そうなることを期待してしまう。だけどアガサはすぐに体を引き離して、ごろりと横に転がった。これもそう、いつものことだ。がっかりするからやめてほしい。
「あのなぁ、〈水槽〉なんてのは嘘っぱちなんやで」
「え?」
寝っ転がっていた僕は体を起こした。遊具の中は天井が低いので、注意深く動かないとすぐに頭をぶつけそうになり、絶対領域の安全機能が自動的に作動して、その反動でぐいっと押し返されてしまう。
「嘘って、どういうこと? 水槽が本当は存在しないってこと?」
「ちゃうちゃう。実際に、オレらはほとんど水槽を経過して生まれるんや」
「じゃあ、何」
「まぁ、焦んなや」
アガサとマギは、顔を見合わせてニヤッと笑った。やな感じ。でも、人間の誕生に関わる秘密には興味がある。僕は若干顔をしかめたけれど、おとなしく二人の発言を待った。
「お前には特別おしえたるわ。秘密やで、誰にも言うなよ」
「言わないよ」
マギとアガサが掌をみせた。僕は拳を彼らの掌に向け、軽く当てるふりをする。これは、「必ず約束を守る」というジェスチャーだ。三人で決めた、僕らのためのサイン。
「マギ、言え」
アガサが命令口調になった。何か、よほど重要なことらしい。アガサにとって重要なことというのは、往々にしてくだらないことが多いのだけれど。体が小さくて女の子みたいなアガサが、体の大きなマギに向かって偉そうに命令を下すのは、見ていて面白い光景ではある。
マギは唇をなめてから、ゆっくりと近づいてきて、耳もとに低い声で囁いた。彼の熱い息が耳たぶにかかって、ちょっとくすぐったい。秘密めいた雰囲気のせいか、彼の顔がそんな至近距離にあると、少し動悸が早くなる。だけど彼もやっぱり、絶対領域が融合する前に身を退いた。
「レヴニールは、死人なんだ」
僕は大げさに眉をひそめて、首を横に振った。意味がわからない。
「ボクらの、実の母親だよ」
「え? なにって?」
「水槽ってのは、細胞分裂を促すものでさ」
そう言いながら、マギはEMIでメールを送ってきた。ピンクの受信マークが点滅している。普通のメールはベージュ、重要なメールはピンク。迷うことなく、僕はそれを展開した。