act.2 冷酷 (2)
僕らはみんな、基本的には二十センチ以上離れて歩く。だけどお互いの合意があれば、そっと手を近づけて、繋いでいることができる。そうすると二人分の絶対領域は自動的に融合し、防壁がくっついたようになって働く。うまくできた機能だなと思う。
男のくせに、アガサとマギはいつも女同士みたいな親密さで手を繋ぐ。僕らの足は、じっと立っているとき以外は地面にくっつかない。三人で歩くとき、僕はアガサとマギの後ろについていくことが多い。だから、目の前を歩く二人の、後頭部に向かって話しかけるような感じになる。僕はまだ、一度も絶対領域を融合させたことはない。
「ねぇ、それより、さっきのレヴニールの話……」
「しーっ!」
アガサとマギは、振り向きざま二人同時に人差し指を唇に当てた。よほど重要な秘密事項であるらしい。
「その話はあとや。部活終わったら、おれんちに集合な」
頷きあう僕らの横を、Aクラスの奴らが通り過ぎていった。次は技術実習のようで、手に手に緑の基盤サンプルを抱え、きれいに並んで実習室へ入っていく。まるで、古い映画やアニメに出てくるロボットみたい。
「Cだ」
誰かがつぶやいた。一斉に、彼らがこっちを見た。そして、何事もなかったかのように、目を伏せて意味ありげな微笑みを浮かべながら、顔をそむけた。
Cクラス。それを理由にして、やっとのことで成績重視のAクラスに入ったガリ勉秀才たちは、うれしそうに見下している。ちょうど、僕らが教師を軽蔑するのと同じように、彼らは「出来の悪い」僕らを軽蔑しようとしている。僕はアガサとマギに向かって、大げさに肩をすくめてみせた。二人とも、意地悪く目を光らせながら笑っている。
「行くで」
「ああ」
あいつらは何も知らない。Aクラス全員のIQを足したって、僕ら三人の合計値にまだ届かないのに。僕らは共謀して、学校のIQテストでは決して真面目にやらないことにしている。もちろん、EQとHQも。知能? 感情? 総合知性? そんな数値ぐらいで、僕らの何がわかるっていうんだ。あんなくそったれな試験、必死になってゴリゴリやるほうがどうかしている。
アガサの言う「おれんち」は、彼の暮らすアパートメントと言う意味じゃない。それは、ひと気のない小奇麗な公園の一角にある、複雑な形をした遊具のことだ。全体的にはドームに近い形状で、屋根がついているので、昼過ぎから夕方にかけて降る人工雨も、たやすくしのぐことができる。親の目の届かないところで、お菓子をほおばりながらくつろいだり、昼寝をするのにピッタリだ。つまりここが「アガサ家」即ち、僕らのたむろする隠れ家のこと。
こういう公園は、純血種の子どもたちを遊ばせる施設として作られたので、キメラの子どもたちは来ない。保護者から「入ってはいけない」と教えられているからだ。しかし純血種の子どもには、屋内のほうが好きな子が多くて、たいていの公園は誰も使わないまま放置されている。僕らにとっちゃ、実に都合のいい話だ。
アガサとマギは、幼稚園の頃からここで遊んでいたらしい。二人とも、親が子どもの面倒をみない性格だった。そういう育児放棄の親は多い。僕は父の赴任にともない新北京に越してきて、初等学校でアガサと同じクラスになって、初めてこの公園へ足を踏み入れた。うちの親は別にネグレクトではないけれど、放任主義というか、あまり興味がないというのか、たぶん鷹揚なんだと思う。僕のことを信頼してくれているのか、どうでもいいと思っているのかは、ちょっと微妙なところだ。だって、妹の瑠果がいるから。僕のことは、たぶん両親の眼中にない。まぁ――あの父親の視界には、ひょっとしたら瑠果のことだって、全然入っていないかもしれないけれど。