act.1 憂鬱 (3)
『レヴナント』
聞いたことのない言葉だ。僕はチャットに参加した。
「ねぇ、レヴナントって何?」
「ほれ、きたで」
アガサがチャットで応じた。でも、言い方からすればそれも、僕じゃなくてマギへの発言だ。マギはそれに、微妙な表情の記号を返す。僕はそういう顔記号なんてものは、絶対に使わないと決めている。
「マギ、ミカにも説明してあげてぇな」
「了解」
マギはウェブサイトへのリンクを貼った。打つのが面倒だったらしい。リンクを開くと、真っ黒な背景の中に点々と血痕のある、ゴシックホラー系のサイトに飛んだ。
『暗黒怪奇譚』
きらびやかに飾られた古風なフォントのロゴの下で、片目が剥き出しになった金髪のアンティーク・ドールが、黒いドレスを着て、長い鎌形の刃を手に持ち、塗装がぼろぼろに剥がれ落ちてモルタルがむき出しになった壁に、物憂くもたれかかっている。こういうサイトは好きじゃない。なんていうか……暗くて、陰鬱で、悪趣味だ。
「二人とも、なんでこういうのばっか観てんの?」
そうチャットに書き込むと、リアルの二人が同時に、少しうつむいた。唇の端が、ほんのすこし上がっている。笑いを噛み殺しているのだ。それを尻目に、僕は真っ黒な背景に浮かび上がった赤い血文字を辿り、Rの項からそれを見つけた。
〈レヴナント〉
『レヴナント』とは、古代フランス語で、「再び来る」という意味の『レヴニール』に由来する。死の世界から舞い戻り、再びこの世界に来た者――即ち、一度死んでから生き返った者のこと。
教壇に立ったクリスティ・モリス先生が、一瞬だけ振り向いた。僕は、慌てて姿勢を正した。EMIを使っていると、いつのまにか下を向いてしまう。
ボードの前で、先生はたったいま板書したばかりの問題を指さした。
「クズユ、この問題を解いてみなさい」
「クズリュウです」
僕は先生の発音を正した。モリス先生は日本語の発音に慣れていないから、いつも日系人の名前をうまく言えない。アルファベットで書く共通語しか使わない彼らは、この名前に「九頭竜」という美しい漢字があることなんて、どうせ知りもしないだろう。九頭竜彌果、僕はこの名前にすごく誇りを持っている。だけど大人たちはいつだって、自分の財布と関係ないものには少しも興味を示さない。だから、僕が毎回こうやって訂正しても、いつも必ず間違える。