act.1 憂鬱 (2)
新しい友達をマギに紹介するときは、名前の由来を尋ねさせてはいけないという、ちょっと面倒な暗黙のルールがある。それを訊かれると、マギは、本当はユージィンになるはずだったんだ、としか答えないし、あとはずっと不機嫌な顔で押し黙ってしまうから。
でも、アガサだって本当は女の名前だったはず。だからこの二人は、特別に仲がいいのかもしれない。
「本当のことって?」
僕はすばやく返事を打った。僕らは秘密のメールを打つのに、アイ・ムーヴメント・インターフェース―― 通称EMI―― を使う。大人たちはキーボードのほうが使いやすいと言うけれど、最初からこっちに慣れてしまえば、ほとんど変わらない速度でキーを打てる。
最近は、授業の内容をA4サイズのタブレット・コンピュータに手で打ち込みながら、同時進行でEMIを打てるようになった。こうして、僕らは静まり返った授業中、ひそかにメールを遣り取りしながら退屈を紛らわす。
アガサは返事のかわりに、チャットに招待してきた。マギとの会話だ。最近あの二人は妙に仲がいいけど、僕はそれがちょっと気に食わない。仲間はずれにされた気分になるから。
でも、そんなの馬鹿馬鹿しいな。「仲良きことはうつくしきかな」。モラリティの教科書にはそう書いてある。なんにせよ僕にとっては、何もかもすべて馬鹿
馬鹿しくてたまらないのだし。だってさ、なんで他人の決めたルールに、僕自身の意思まで合わせなくちゃならないんだ? 何をどう感じて、誰をどう思ったって、そんなの僕の勝手だろう。
行動だけじゃなく、気持ちまで他人に合わせなきゃいけないなんて、あまりにも自由がなさ過ぎる。
チャットには、アガサとマギの会話ログが残っている。僕はそれをはじめからざっくりと目を通した。
なんのことはない、いつも通りの挨拶とおしゃべり。だらだらと永遠に続くような、くだらない、他愛のない、特に意味もない、狭い世界だけで通じる言葉の排他的な記号の羅列。
できるだけ迅速にスクロールした。他人のおしゃべりの記録なんて、読んで楽しいものじゃない。ああ、ほら、また来た。この、空虚で疲れる疎外感…… 僕ひとりだけがぽつんと取り残されている感じ。
どうしてなんだろうな。こんなに大勢の純血種の人間と一緒に、仲間のはずのクラスメイトたちと一緒に、みんなと同じようにここにいるのに。
ここには、僕以外の誰一人として、この嫌な感覚を味わっている奴はいないみたいだ。もしかしたら自分は純血種の中でも何か違う、特殊な種類なのかもしれない―― そう考えると少し落ち着いてくる。
ログを読んでいて、ふと奇妙な単語が目に留まった。