act.7 静謐 (3)
真夜中の街は、動きを止めた機械のように静まり返っている。今は歯車の王が眠っている。だから僕はこの、歯車と奴隷だちの宮殿の中で、今だけは自由なんだ。
自由。いい響きだ、気に入った。
両腕を広げて空を仰いだ。暗黒の天上に、蒼白いホログラムの月が不安げに浮かんでいる。あれは生きていない。本物じゃないから。でも、僕は本物の人間だ。
マギから送られた画像を、もう一度開いてみた。そこには、やや肌の色が違う赤ん坊が、互い違いに向かい合っていた。ちょうど、白と黒の勾玉が、くっつけられて円になるようなカタチ。
瑠果は僕の分身だ。
もうひとりの、僕だ。
瑠果の母親は零印なんじゃないかと思っていたけれど、それは誤解だった。
僕らは間違いなく、血肉を分け合った双子だ。
とても不思議なことだけれど。
瑠果と僕は一卵性双生児ではない。
だけど同時に生まれた。
おそらく体外で受精した卵子を、胎内で育てた。そういうことだろう。
僕とルカは真印の卵子を使って、真印の体から生まれたんだ。
双子になる理由は何かわからない。猫は六つ子で生まれてくるらしいから、大昔の人間も双子が普通だったのかもしれない。
水槽とは、女性の体と同じ働きをするように作られた機械に違いない。
水槽――そうだ、こんど院長に頼んで見せてもらおうかな。
その前に、アンチコードを手に入れなければ。
瑠果の体に触れるために。
もしも彼女が泣いていたら、いつでもすぐに、この手で抱き締めてあげられるように。
ああ、そうだ。
僕は医者になろう。
そうしたら、公式にアンチコードを使えるようになる。
いま興味を持っている性医学を学べばいい。人類の存続に貢献したいなんて思わないけど、きっと瑠果のそばにいて、彼女を守り続けることができる。
大丈夫だ。
希望がある。
僕は、ちゃんと生きていける。
誰の言葉も信じられないような、この陰惨な世界でも。
明日もまたキメラに混じって学校へ行き、モリス先生の刺すような眼に睨まれて、そして、零印のもとに帰ってこよう。彼女が、まだ正気なら。
たったひとりの、僕の瑠果。
あの可愛い妹が、心を開いてくれるなら。
人々の間で語られていることは、何も信じなくていい。
でも、ただひとりだけでいいから、信じられる相手がほしい。
そして、僕を信じてくれて、愛してくれるひとがほしい。
そうしたらきっと僕はもう大丈夫だ。
大人になってもいいと思う。
この世界で彼女を守るためなら、きっと何でもできると思う。
いつのまにか、僕の足はある方角へ向かっていた。
巨大な球体が、ちらちらと燃えるようなイルミネーションを表面に輝かせている。
そのひとつひとつが、新北京市中央政府で夜通し働いている人々の、窓辺の明かりだ。
きらめく無数の小さな光の粒、その中のどれかひとつに、僕のお父さん――あるいは伯父さんである九頭竜開人がいる。カイト・クズリューという名の政治家を、新北京で知らない人はない。
会えるかどうかはわからないけど。
可能なら、血の繋がりをちゃんと調べた上で、彼と話をしてみたい。
会えばわかるかもしれない。真印が母だとわかったように、直感で父だとわかるかもしれない。
ネットを通した画像や映像じゃなく、直接この眼で確かめたい。
僕と同じ黒い瞳に、黒い髪で、彼がそこにひとりの人間として生きていることを。
そして、こう尋ねよう。
おとうさん。どうして、僕を生んだのですか?
この物語は「歯車の宮殿」シリーズの最初の作品として位置づけられています。続きは「プリズムの楽園」にて連載いたします。どうか続編もお楽しみください。




