act.7 静謐 (1)
僕がどうやって助かったのか。
ごく簡単なことだ。
でも、とても奇妙なこと。
僕は鴉に助けられた。
鴉たちは、まるで僕の心を読み取ったように――
零印に向かって、襲い掛かった。
僕をみつめていた一羽の鴉が、ばさっと大きな羽音をたてて、舞い上がった。
すると、続いて他の鴉もみな一斉に飛立った。
静かだったべランダは、一気に騒々しくなった。
「きゃあっ!」
零印が甲高い悲鳴をあげた。鴉が彼女の頭めがけて、いきなり滑空してきたのだ。
もちろん当たらないけれど、彼女は驚いて手を離した。それがチャンスだった。
僕は柵の上に昇り、思い切ってジャンプした。
つまり、みずから飛び降りた。
一瞬、まるで世界が止まったように見えた。
街燈の光の中に、黒い羽根がたくさん舞っていた。
絶対領域は、衝撃から人体の安全を守る機能だ。
〈絶対〉の名が示す通り、その機能は絶対的に働き続ける。どんな強い衝撃も、その壁を潜り抜けることはできない。ゆっくりと近づいて締め付けるような攻撃や、毒や、細菌といった微細なもの以外は、一定以上の速度で近づく物体を、必ず停止させることができる。それが、大地であろうとも。僕はことさら意識して呼吸を鎮めながら、近づいてくる大地の速度を計算していた。
ゆっくりと地面に降り立った。振り向いて見上げると、家のベランダに鴉の群れがたかっていた。零印の金切り声が響いている。そして僕は理解した――あれはたぶん、生物じゃない。
「お父さん」
思わず、僕はつぶやいた。
一羽の鴉が、すうっと僕のそばに舞い降りてきた。そして、首を傾げながら僕をみつめ、カァッと一声鳴いた。
「もういいよ、鳴き真似なんて。わかってるんだから」
鴉は口を閉じ、うつむいた。僕は続けて話しかけた。
「お父さん、でしょ? ねぇ。それ、監視カメラなんでしょ?」
『惜しい』
鴉は嘴をぱかっと開き、聞き覚えのある爽やかな男性の声で言った。
『私はきみのお父さんじゃないよ。でも、きみをずっと見守っている。それが私の仕事だからね』
「院長先生」
僕は腕を組み、あごに手を当てた。
「もしかして――真印と瑠果の病気って――アルビノじゃないほうのあれ、定期的に出血するやつ。厳密に言えば病気ではない?」
『勘がいいね、さすが九頭竜の血。あれはノーマルな生理現象だ。たとえて言うなら、先祖返りってやつかな』
やっぱり。あれは子宮の病気じゃなかったんだ。たぶん、子どもを産むための正常な機能ってところか。




