act.1 憂鬱 (1)
午後の人工雨が降り始めた。
ドームに舞い上がった埃を落として、空気をきれいにするための雨だ。そして、大気中の水分を保つための雨。湿度が上がると母は嫌がるけれど、僕はそのしっとりとした空気のほうが好きだ。
机の上で頬杖をつきながら、窓にかかる雨粒を眺めた。ひとつひとつに景色が映りこんでいる。それが動き、くっつき、流れ、流れたあとでまた増える。白っぽく曇った空に、鴉が三羽濡れながら飛び去ってゆくのがみえた。
コツコツと、先生がボードにぶつけるプラスティックペンの音が響く。すばやく正確に美しく文字を書く、それだけにこだわっているような女教師。人間としてのこいつは、どこもまったく好きになれない。
でも、この音は悪くないと思う。雨音と混じると、この角ばった小さな教室の中に、なんともいえない音楽的な空間ができあがる。リズムを追えば、前衛的な曲がひとつ出来上がってしまいそうだ。性能のいいマイクが手に入ったら一度録音してみようか、などとぼ
んやり考え始めた。
「ほんまのこと知りたいか?」
いきなり、アガサからメールが来た。
アガサ・キタノは一年のときからずっと同じクラスで、女みたいな顔をした男子だ。そして、ものすごい北京訛り。ときどき、その発音が伝染りそうになる。
彼は背も小さくて、きめ細やかな白い肌をしていて、猫みたいに柔らかい金髪の巻き毛を持っている。
アガサの繊細なルックスは、その大雑把な性格とは正反対だ。
新北京市初等学校四年、Cクラス。
ここには、キメラじゃない純血種の人間は、僕とアガサを含めて三人しかいない。もうひとりは通称「マギ」。本名マーガレット・クロウ。
普通なら女につける名前だけど、一目見ればすぐにこいつは男だとわかる。僕より頭ひとつ分くらい背が高くて、このクラスではたぶん最長。雰囲気もあまり子どもっぽくない。パッと見た感じでは、ほとんど大人と変わらない。実際、よく間違われるらしい。だから一人では裏通りを歩けない、と言っていた。それを聞いたとき意味がわからなくて、「どういうこと?」って訊き返したんだけれど、なんでか理由は教えてくれなかった。