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歯車の宮殿  作者: 高倉麻耶
act.5
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act.5 慟哭 (3)

「ミカ君はきっと、人が死ぬっていうことをちゃんと理解したいんですよ。この子は賢い子ですからね。心配無用ですよ、すぐに戻ります」


 院長は零印にそう言って、軽く手を振った。妹は唇の端をあげて不器用なつくり笑いをみせ、母は冷たい微笑を浮かべて少しだけ頭を下げた。機嫌悪いらしい。

 女って、ほんと面倒くさいな。


 地下へ向かうエレベータの中で、高田院長はまっすぐ前を見つめたままで僕に話しかけた。この人、どうしてこっちを見ないのだろう?


「ミカ君、学校はどうだい」

「つまんないです」

「つまんないのか。ふぅん、友だちは?」

「いますよ。……今ちょっとケンカしてるけど」

「そりゃいい。ケンカするのはいいことだ」

「どうして?」


 僕は院長の顔をまじまじとみつめた。彼は、彫像のように無表情で立っている。この人、鼻筋がぴんと通っていてきれいな顔をしているな。こういうのを、世間では美形とか美男子とかっていうんだろう。横顔の造形がギリシャ彫刻っぽくて、なんだか芸術的だ。零印は滅多に夫と会えないもんだから、かわりに、彼に恋をしているのかも。


「そうだな、心を開くにはぶつかり合うことも必要だから」

「どうして必要なんですか」


 院長は片手を顎に当て、真面目くさった表情をした。男性なのに髭の剃りあとが見当たらない。きっと零印みたいに化粧して、女の人の格好をしていたら、もう女にしか見えないだろう。


「うーん……難しいな。私は、そういう話題はちょっと苦手なんだ。たぶん、心には扉がついていて、ノックしないと開かれないんじゃないか、と思うね」

「たとえ話は、よくわかりません」


 院長は、笑いながら僕の背中をたたいた。


「わっ?」


 変な声が出た。びっくりした! どうして叩くことができるんだ? 僕の体は絶対領域に守られているはずなのに。


「――ああ、ごめん、驚かせちゃったな。医者は治療をしなきゃいけないから、アンチコードを持ってるんだよ」

「アンチコード?」


 初耳だった。


「うん、絶対領域を無効にするコード。でも内緒にしておいてくれよな、きみの友だちには……」


 眩暈がした。


 最低。

 最低だ。

 なんてやつだ――あの野郎!

 一瞬にして、僕は理解した。

 アガサとマギは、このことを知っている。

 間違いない。

 だって、アガサの父親は医者だ。この病院に勤めてる。

 アガサが知らないはずはない。

 マギは彼と、この秘密を共有している。

 ああ、そうだ。

 僕はいつだってあの二人には、ずっと置いてけぼりなんだ。

 くそ。

 畜生。

 なんでだよ。

 なんで、僕には、アガサにとってのマギ、マギにとってのアガサみたいな存在がいないんだ。

 どうして僕は、いつもひとりぼっちなんだ。

 誰と仲良くなればいい?

 僕はいったい、誰に心を開けばいいんだよ!


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