act.5 慟哭 (1)
2013号室に入ると、窓の外の見慣れない景色に、目がくらくらした。
新北京大学附属病院は、この界隈では一番高い建物だ。雨で白っぽく煙るドームの中が、広く大きく見渡せる。鈍く光る黒いパネルが整然と並び、ゆっくりと水平に回転している。あのパネルの一枚一枚が、太陽光発電に使われる高機能ソーラーパネル。僕らの生活を守る電気を、回りながら蓄積しているのだ。建物の周囲を三百六十度ぐるりと囲っているので、巨大な歯車がまわっているように見える。積み上げられた無数の歯車が、静かに回転する。人間は、回り続ける歯車でつくられた、金属製の硬い宮殿に住んでいる。
やがて、雨の時間が終わった。雲が少しずつ晴れ、傾きかけた黄金の陽射が、歯車の間に半透明の虹を作り出した。
不思議な眺めだった。僕は窓辺に立ち、いつまでもその景色を眺めていたいと思った。鮮やかに弧を描いて輝く虹と、雨に濡れてきらきらと光を放つパネルの歯車と、水蒸気で薄く霞む空気。ドームの外は永遠に続く地獄の砂嵐なのに、ここはまるで天国みたいだ。でも、もしもこれが天国なら――僕らが住むことを許されたのは、なんて機械的な楽園なのだろう。ここに住む人間はみんな、歯車に動かされている。歯車が僕らを生かしているんだ。ここは機械が王様で、人間はみんな奴隷になって働く宮殿だ。
ドームシティの中心に聳え立つ、球形のセントラルグローヴが徐々に姿をあらわし始めた。少しずつ雲が減り、けむっていた水蒸気がだんだん晴れてきたからだ。あの、惑星みたいな感じの広大な建物の真ん中で、僕の父が働いている。彼は政治家で、研究者で、教授で、とにかく偉い人なのだと母が言う。でも、すごく忙しいから、一度しか会ったことがない。それもあまりに幼い頃で、ぼんやりとした輪郭ぐらいしか覚えていない。写真で彼の顔を見ても、記憶の中の父と同一人物なのかどうかさえ定かじゃない。
「ミカ、せっかく久しぶりに会ったのに、窓の外ばっかり見て」
零印が僕を手招きしている。その隣には、ベッドに座って微笑んでいるルカがいる。
九頭竜瑠果。本来なら、僕と一緒に学校に通っているはずの、小学四年生の女の子。でも彼女は一切の学校教育を受けていない。瑠果にすべての教育を施しているのは、この病院の院長先生、高田ジニウス博士だ。「天才」だってさ、ちょっと変わってておもしろい名前。
「彌果」
瑠果が、桜色の小さな唇を動かして、僕の名を呼んだ。
澄んだ、きれいな声だ。
まるで――そう、窓にかかる雨粒のような。いや、雫のきらめきかな?
昔聞いたときは、そんなにきれいだとは思わなかったけど。
でも、今は天使の声みたいに感じられる。
真っ白な姿の瑠果は、羽根をつけたら、そのまま天使になってしまいそうだ。
兄の僕がこんなことを考えるのは、ちょっと変なのかもしれない。
だけど……瑠果って、すごくきれいだ。
雲のように、花のように、雪のように純白に光り輝いて。
まぶしいくらい。




