act.4 軽蔑 (1)
息が詰まりそうになって、布団を引き離した。
急に冷えた頬。肩で息をすると埃が肺の中へ入ってきて、咳が出る。
「ミカ、大丈夫?」
木目がプリントされたFRP製の扉のすぐ外で、母の声がした。たいして心配そうではなく、ごく形式的に心配してみせただけの声。僕が咳をすると、脊髄反射で機械的に言う言葉。
「……大丈夫」
僕の返事も、いつもどおり。
「それじゃママ、病院に行ってくるからね。お留守番お願いね」
「はい」
足音、物音、ドアの閉じる音、鍵が掛かる音。
何もかも、慣れ親しんだ普段通りの日曜日。
ただ、気分だけがいつもと違って、最悪。
最低の日曜日だ。
ママは瑠果のことだけが大事。女だから大事なのかな。子どもを作れる可能性があるから? 貴重だから? 体が弱いから? アルビノだから? ……でも「子どもを作れる可能性」は、嘘かもしれないのにな。
僕は、一枚だけ持っている二年前の瑠果の画像を、EMIで呼び出した。
瑠果。先天性白皮症で、虚弱体質で、病院から出られない僕の妹。でも、不思議だ。双子なのに、どうして僕はアルビノにならなかったのか。一卵性双生児が男女に分かれるのも不思議だけど、ルカの存在は、まるで僕の影のようだ。外を自由に歩きまわることができて、ほんの軽い気管支炎以外は、なんの病気もしない僕。痩せ細って、ろくに食事をとることもできず、チューブに繋がれたままの瑠果。顔をみればそっくりなのに、色素だけが抜け落ちている。僕には、「病気」というものの仕組みはいまいちよくわからない。
穴のあくほど画像をみつめたあと、瑠果に嫉妬し続けている自分にうんざりしてそれを閉じた。盛大に溜息をつくと、少しだけまた咳が出て、誰もいない部屋の中にほんの少しだけこだまする。
部屋を出て、化粧台の前に立った。母の化粧品が雑に散らばっている。三面鏡に、僕が三人映っている。髪と肌を白くして、兎みたいに眼を真っ赤にして、ちょっと痩せれば瑠果になる。
また、大きな溜め息が出た。ドームの天空は、真っ青に晴れ渡っている。早く午後にならないかな……。午後には人工降雨がある。舞い上がった砂塵を落として空気を綺麗にするためだ。
今、すごく雨の音が聴きたい。貯金がたまったら、とびきり性能のいいマイクを買うんだ。僕の欲しい音をたくさん集められるように。それを加工して、僕のための音楽をつくる。いつでもどこでも、聴くだけで安心できる音楽を。
久々にタブレットから回線を繋いだら、日曜なのにめずらしく、マギからメールが届いていた。
「おはよう、今日はよく眠れた? 昨日はアガサが無神経だったね。ミカは悪くないと思う。でもアガサが拗ねちゃってさ、自分からは絶対に謝らないって言うんだ。申し訳ないんだけど、アガサにメールしてやってくれないかな。ほんと、こんなことお願いするのは変だと思うんだけど。ごめんね。僕がアガサのかわりに謝るから、許してあげて」
ハッ。
読んですぐ、僕はメールを削除した。
なんでおれがアガサに謝らなきゃいけないんだ? いや、そもそもマギがどうしてアガサのかわりに謝るんだよ。おかしいじゃないか。アガサがおれに「ごめん」ってメールすればいい、そしたらおれだって返事してやるよ。
僕は机の上に両肘をつき、頭の後ろで両手の指を組んで、うつぶせになった。面倒なことを考えるときは、この姿勢に限る。
どうしようか。




