act.3 凍結 (3)
公園には鴉がいた。
いつもの公園じゃない、滅多に来ない小さな公園。
無人の楽園。
誰も使った痕跡のない、薄汚れた見慣れない遊具。
一羽だけ、はぐれた鴉がのそのそと歩いている。
鳩はいなかった。
土曜の午前の街並には、平和な空気が滓のように溜まっている。
それは月曜になれば人々の動きにかき乱され、せわしい平日の喧騒に変わる。
心なしか、陽光を受けて温まったソーラーパネルも、普段よりゆっくり動いているように見える。
僕はポケットから食べ残しのパンを出して、そのあたりにバラまいた。すると、どこにいたのか、何十羽もの鳩が次々に舞い降りてきた。鴉にやるつもりだったのに、意地汚い鳩に全部食われてしまう。
鴉は、落ちてきた餌を漁る鳩の様子をじっと見ている。鳩に異変がないかどうかを確認しているのだ。たまに、餌に毒をまぜて鳥を殺す悪趣味な奴がいるから。そういうくだらないことをするのは、だいたい見当がつく。まあ、おそらくは競争に疲れた能無し人間たちだろう。実力が足りなくて負ける悔しさを、自分より弱く小さい生き物を苛めて発散しようとする、あさましくて虚しい奴ら。そういう馬鹿がいるから、純血にも誇りが持てなくなってしまう。
たまに猫の生首が、公園の砂場に転がっていることがある。新北京ではこれまで三度くらい見かけた光景だ。鳩のように間抜け面したキメラの清掃員が、もたもたしながら片付けに来るまで、悲しげな瞳で砂を見つめながら待っている。ああいうのは本当に気分が悪い。どうしてそんな無駄なことをするんだろう? 食べる目的じゃないのなら、いったいなんのために殺すんだろう? アガサが言うには、愉しむため。もちろん犯人は彼じゃないけど、アガサは「そいつの気持ちはわかる」と言った。僕には全然わからない。血や生肉なんか見て何が楽しいのか、とてもじゃないが理解できない。精肉工場でも行けば、もっと派手などでかい奴を好きなだけ見られるだろうに。「きっと自分の手で殺すのが楽しいんだよ」とマギも言う。じゃあ肉屋になればいい、と僕が言ったら二人は笑って首を横に振った。わかってないねえ、と笑われて僕はひどく不機嫌になった。そんな記憶の幻が、僕のまわりを駆けめぐる。
とぼけた顔の鳩たちは、クック、クックとくぐもった声を洩らしつつ、ほとんど黒に近いグレーの体を左右に振り振り、紅色の小さな脚でのんびりと歩く。
鳩は嫌いだ。キメラに似ている。
平和の象徴だというこの鳩たちは、いつも間抜けな顔をして、餌を探しながらうろつきまわっている。キメラと同じように、動きがのろい。その気になれば、簡単に捕まえることができそうだ。
鴉は、鳩と違って目つきや動きに油断がない。たとえば小石をひとつ拾って投げたら、鳩は羽音をたてても二、三歩遠ざかるだけだが、鴉はとりあえず安全な距離まで飛び下がる。そしてこちらの様子を窺って、攻撃する意志があるのかどうかを確かめる。鳩はたぶん、一瞬で石のことを忘れるのだろう。クック、クックと喉を鳴らしながら、同じように至近距離までやってきて、目の前の餌を探し続ける。こいつら、あほだ。
もちろん、僕は鴉に石を投げつけたりはしない。彼らは鳩と違って、ひとりひとりの人間をちゃんと見分けている。以前、Aクラスの誰だったかが鴉を苛めて遊んでいた。しばらくしてから、いつもそいつの頭や肩に鴉の糞が落ちてくるようになった。一羽だけではない、その辺の鴉がみな、彼に糞をひっかけるようになったのだ。しかも、鴉たちは彼らが一人のときを狙って、見えない場所に上から糞を垂らす。たとえば、後頭部とか。そうすると、絶対領域で一度止まったそれは、そのあとゆっくりゆっくりと体に近づき、そっとくっついてしまうので気づかない。
鴉を苛めたりしなきゃ被害に遭うことはない。自業自得ってやつだろう。とにかく鴉は鳥にしちゃあ、なかなか頭のいい奴らだと思う。
日向のベンチに腰掛けて、もそもそと歩く鳩たちを眺めながら、ぼんやりと昨日のことを考えた。




