act.3 凍結 (1)
「昨日はごめんな。ちょっと刺激が強すぎた」
授業中に来たメールに、僕はなかなか返事を出せなかった。今朝はよく眠れなくて、学校を休もうかと思ったぐらいだ。でも、休んでしまうとうちの母親があれこれ言ってくるし、あの人と口論するのは面倒くさい。ふだん話し相手に恵まれていないものだから、子どもの僕に対してまで色んな人の愚痴を言うような性格だ。彼女の不平不満は言い方がとても陰惨で、耳にするのも鬱陶しくてやりきれない。
「大丈夫?」
マギからもメールが来た。同時に、チャットへの招待が。ちょっと気がひけるけど、参加しないのも悪い気がする。僕は「少し体調悪いけど、大したことない」とだけ書いて、二人同時に送りつけた。そして、少し迷ってから、マギの招待に応じてチャットに参加した。
教壇では、相変わらずきつい顔をしたモリス先生が、今日の例題を板書している。もういいかげん数学の証明問題には飽き飽きしているんだけど、なぜかこのクラスでは数学といえばこればっかりやらされる。
抽象度の高い形而上的な学問は、具体的なイメージが湧きにくくて困る。ナントカ方程式やらナントカ定理やらが、実生活でなんの役に立つのか、僕にはよくわからない。数学よりは、化学のほうがまだ好きだ。いちばん得意なのは音楽。その次は、歴史かな。モラリティは大嫌い。あの嘘臭くて薄っぺらな授業は、聞いているだけでイライラしてくる。もう、ずっと音楽の授業だけ受けていられたらいいのに。
その点、アガサとマギは偉いなと思う。彼らは自分のために、役に立てようとして勉強をする。もちろんそれが楽しくてそうするんだろうけど、僕はそういった努力はあんまりしないから、もっぱら耳学問ってやつだ。二人が得た情報を教えてもらって、知識を増やす。一人で過ごすときは、音楽を聴きながらパズルや暗号解読で時間を潰す。アガサは僕に「プログラム屋になればいいんじゃない」と言うんだけど、タブレットは目が疲れるから嫌いなんだよな。EMIだけでプログラム立てるのも、画面が小さくてやりづらいだろうし。父と同じ職業なんて目指したくもないし、将来の夢なんかどうやったって持てそうにない。
「今日はもっと凄い情報を持ってきた」
チャットの画面で、アガサは得意げに発言した。
「どんな?」
マギはそう書いているけど、実は先に知っているんじゃないかと思う。
黙って次の言葉を待っていると、数秒後にアガサの発言が表示された。
「授業中はやめとくわ。また吐き気がするかもしれんで」
その瞬間、目の前が暗くなったような気がした。僕はすぐにチャットを抜けて、メールアカウントからもログアウトした。
何も聞きたくない。
何も見たくない。
もう、ひとりになりたい。




