第8話「天突き体操」
傷だらけのエンマくんは突然両手を振り上げて、
「よいしょ―——!!」
と叫んだ。その様子を見たクラナリって奴は、
「うっははは!! いい叫びだ、滑稽だな。天突き体操という物だ。健康に良いらしい」
奴の持ってる物が何なのか、わたしには分かった。そしてもちろん若亭も。
「ハートコントローラーか。お前も持ってるとはな」
「ほぉ。知ってたか。バレることはねぇと踏んでたが…」
やっぱりだ。若亭はぶちギレてる。エンマくんが、彼の友達らしいから。
「だいたい分かった……。その物で引内亭に服を脱ぎ、天突き体操をするようにプログラムしたってわけか」
若亭が奴の手を指差して、
「その、棘付きのグローブで散々痛めつけた後でな」
奴が付けてるのは、手袋。そしてそれには、ギラギラと光る棘の山が付いていた。ハリセンボンのように。わたしも驚いて、思わず口に出した。
「な、なにあれ。手袋に棘がいっぱい…」
エンマくんはあの棘で何度もぶたれたのか。それで血を流してるんだ。彼はわたしたちに向かって膝をつき土下座した後、
「よいしょ————!!」
とまた立ち上がって万歳した。その顔は泣いていた。
「はぁ、も…もうやめ……うっ!! よいしょ———!!」
確かに恥ずかしいだろう。屈辱だろう。殴られた後で服を脱がされ、土下座させられて体操をさせられる。やりたくもないのに、やっちゃうのね。コントローラーのせいで。
「住伏亭。引内亭を守れ」
「え、あぁ…」
若亭の奴、戦う気か。あの不良と。
「よいしょ————!! は…うっ! よいしょぶっ!!」
エンマくんをぶっ飛ばして止める。倒れた彼の上に座って、動けないように。
「いでででででで!! やめてくだ、あだだ!」
「ちょっと大人しくしててもらうわよ。もうあの体操するの嫌でしょ」
若亭が奴と向き合って、
「おい不良亭。あいつは自亭の友達だ。余計な事したお前には、地獄に落ちてもらう」
おお、かっこいい……。
「分からねぇな。その友達の為に死ぬって感覚は何だ?」
「死ぬのはどっちだろうな…。行くぞ」
若亭は走り出した。あの悪い奴と戦うぞ。
「殺人術…、”心中撃ち”!!」
奴の鼻に、若亭の拳が打ち込まれた。その威力は、奴の体を丸ごと弾き飛ばすほどだ。
あの技は、わたしも持ってる。”ハート探偵”流・殺人術…、なぜ彼が持ってるんだろう。わたしは気になった。誰かから教わったのかしら……。
「ぐ……、さっきの雑魚よりはやるようだな…。だが……腕っぷしで俺様に敵うと思うな!!」
若亭の殺人術を喰らって立ち上がるとは、相手の不良も強いな。また二人ぶつかり合う。
「趣味の悪いもんだな。その棘付きグローブ…」
「ふんっ!!」
棘の山によるパンチを避けて、
「”心底狩り”!!」
「ぐがっ…!」
腹に蹴りを入れた。若亭が押してるわ。わたしの抑えてるエンマくんが、
「わ…ワカバさん…」
「大丈夫よ。彼、殺人術持ってるから。あの不良にも勝てるわ」
ハートコントローラーの効力は五分間継続するもの。まだ切れてないなら、わたしがこうしてなきゃ彼がまた操られるかもしれないのよね。
「っていうかあんた、なんであんな奴に絡まれてたのさ」
わたしが聞くと、
「わ……私が、ぶつかってしまったんです。あの人に…。それで、怒らせてしまった………。殴られて、その後…なぜか私は、天突き体操をしたくなったんです……。服を脱いで…」
『なぜか~したくなった』は、ハートコントローラーで操られた人が言うことのテンプレ。
「なるほど……。要は一方的に喧嘩を売られて、いろいろとやられたってわけだ。災難だったわね…」
「あの、そろそろ乗るのやめてくだ、痛だだだっ!!」
「動かない方がいいわよ。めっちゃ血ぃ出てるし」
クラナリって奴が、何かを投げた。それは、
「煙玉!!」
ボウンと、景色が白に包まれた。煙幕を使ったんだ。
「なんだ、煙…!?」
若亭も視界を奪われ、奴の姿を見失ったようだ。
「ケホ…何も見えません!」
「嫌な忍者だな…。どこ行った、あの不良………」
まさか、今エンマくんを狙ってくるんじゃ…。そう思った時、白の中に二つの影が見えた。大きなとげとげした風船のような物が、前にいるもう片方の影を狙ってる。
「あっ!」
思わず叫んだ。
「しまっ…!!」
「これが戦いだ。よけた方がいいぜ?」
奴の棘グローブが、若亭の背後から忍び寄った。そして、
「”針ィアップ”!!」
グサッと、彼の背中に無数の棘が刺された。
「若亭!!」
「が………!」
グローブが抜かれると、若亭の体から赤いものがこぼれてきた。煙が晴れた。そこには、彼の倒れてる姿。
「ワカバさん!! そんな…、煙幕なんて卑怯な手を……!」
「倒れたか。貴様は俺様に腕っぷしで楯突いて、負けた。なら……、それを思い知らせないとなぁ…」
奴が嬉しそうに、彼の前に立つ。赤く染まったグローブに握っているのは、ハートコントローラー。このタイミングで使うつもりか……? だけど……。
「わ、ワカバさん! やめてください!! アンさん彼を助けて!」
エンマくんもあの不良野郎も、同じこと考えてるわ。若亭のことを甘く見ている…。わたしが彼からやれって言われたことは……。
「そいつはまだ負けてないわ」
わたしが言うと、
「何?」
奴は不満そうにした。
「何を言ってやがる…、チビが。こいつは倒れ、俺様に背を見せている……。これは敗者の姿だ。戦う意志があるのなら…、立ち上がりやがれ!
”針ィアップ”!!」
追撃の棘が振り下ろされる。
「あぁっ! ワカバさぁん!!」
だが、次の瞬間。若亭は起き上がっていた。
防御に使った左腕には、棘の山がぶっ刺さっていた。
「痛…っ!!」
見てるこっちが痛くなるような。でも、立ち上がった。
「なっ…! 立ち上がっただと……!?」
「殺人術…、”心角登り”!!」
右手で奴の顎を突き上げた。奴が上に吹き飛んだ後、地面に叩きつけられた。
「ぐふっ……! …まだ動けたか…!!」
「煙幕とは、油断してたよ…。悪かった」
彼の背中から、どくどくと血が流れてる。
「武闘ってのは、かくあるべきだ。命をかけた戦いに、どんな手を使おうと自由だ。だからてめぇのやり方に文句はねぇ…。だが……、」
若亭が構えをとった。
「目の前に”ハート犯罪者”がいるなら…、自亭は逃さねぇ………」
かっこいいな…。若亭、やっぱり好きだ。
彼はまだ戦えるわ。わたしは同盟なんだから、それくらいは信用しなきゃ。
「俺様を獲物、だと……? 貴様、何者だ?」
「”ハート警察”」
若亭がそうであると知って、そいつは随分と驚いたようだった。だけど、
「………。背中の傷、大丈夫かぁ?」
「愚問」
あのクラナリって奴は、まだ余裕をこいてる。若亭、かなり響いてるぞ。さっきの棘グローブの攻撃…。
「嘘です。あんな大きい傷、大丈夫なわけない……! ワカバさん、私のせいで…!!」
「黙って見てろあんたはっ」
傷口をぐりぐり。
「痛だあーっ!!」
エンマくんは黙らせたけど、確かに若亭の負ったダメージは大きい。するとここで奴が、
「思い出したぞ。貴様、ハートJだな?」
そう彼に聞いた。
「そうだ」
ハートJってのは、若亭が所属する”ハート警察”でのコードネーム…。
「貴様の顔と名はハート新聞によって、”ハート業界”中に知れ渡っている。
四年前の”ハート警察本部襲撃事件”での活躍を機に、貴様は異例の速さでハート隊のJの地位に登り詰めた。その上に君臨するのはKとQのみ。ハート隊における三強の一人となったわけだ」
前に若亭から聞いた、”ハート警察”の序列の話。確か、コードネームはトランプのカードで付けられてるって言ってたっけ……?
「ハート、業界…。ハート警察……?」
エンマくんはぽかんとしている。そりゃそうよね。その言葉の意味知らなきゃ分からないよね。
「だがその地位に相応の強さはあるかな? こんな一学校で生徒を演じているとは、驚いたが…」
「お前も地獄に送ってやるよ。小田切倉成…」
若亭が攻撃に出る。
「今度は殺してやろう。”針ィ”…!!」
殴ろうとするクラナリの動きを、若亭は見切った。そして、
「”心臓破壊”!!」
奴の心臓に、一発拳をかました。
次回は12月29日(日)更新予定です。