第7話 「跳べ!」
2021年11月2日(火)
中学三年生の時のこと。学校の前の公園でわたしが特訓をしてたら、通りがかったメイさんに呼ばれた。
「ジャンプの練習?」
「そう。わたしが得意なのはジャンプだから、それを強くしなきゃ。ジャンプ力を着けなきゃいけないの」
「ふーん。大変そっ」
他人事ね。わたしがどうでもいいことをペラペラ喋るからね。
「今日も練習で先生に負けてさ…。強くなるまで学校を出禁にされたの。授業なんか受けてないで、”ハート探偵”の特訓しろって」
「え? 義務教育よ、中学校は…」
わたしに戦い方を教えてくれる、”ハート探偵”の先生。すっごく強いの。今のわたしじゃ全然勝てないくらい。
「いや、でもその通りよ。友達も守れないのに、学校に行ってる場合じゃないもの」
呟いた後ふと彼女を見ると、
「へぇ~………」
じろーっとこっちを見ている。え?
「な、なに? 気持ち悪いわよ…」
なんか楽しそうだけど、わたしってそんな面白い顔してるかしら…。ま、いいや。
「でももう二メートルは跳べるようになったのよ! 助走なしの垂直跳びでね」
「に、二メートルも? 本当…?」
メイさんがからかうように笑う。あっ、できないと思ってるのね。じゃあやってあげるわよ。
「ほんとよ。ほらっ」
びよーんと高く舞い上がってみせる。
「わっ! 高い…」
でしょ? ここからなら、雲梯も足元に見えるわ。
「すっごく高いわよ、アン!」
メイさんもびっくりしてるわ。どう? ジャンプ力には自信あるのよ、わたし…。
「あ、あれ…?」
しかし、空中でわたしはバランスが崩れてしまった。頭から地面に急降下していって、
「ぶ—————っ!!」
「えぇ———!? かっこ悪い!」
その勢いのままズボッと突き刺さることになった。上半身は丸ごとめり込んでしまったわ…。メイさんが足を引っ張ってくれる。
「も———無茶するからだよ! 引っ掛かって抜けないし…」
「ごめん。早く引っこ抜いて。苦しい」
鼻と口に砂入るー! 息できないー!!
外に引っ張り出してもらった後、顔に付いた砂を払ってるとメイさんが、
「大丈夫? あんな高いとこから頭打って…。痛くない?」
と心配している。
「痛くはないけど…、びっくりしたわよ」
「それだけ!? キミほんとに人間…?」
「なぁに、血ぃ流したりしてほしいわけ? 昔からなぜか、打っても効かない体質なのよ」
確かに普通の人なら怪我すると思うけど…。子どもの頃から体のどこかをぶつけても、痛くないんだよな。怪我もしないし。打たれることに対しては異常な耐性があるわたし。どうしてかしらね? ネットとかで調べても分からない。
「あんた、帰りなさいよ」
わたしが言うと、
「いやよ。アンがまた地面に刺さったら助けてあげなきゃだもん」
「一人でも出れるよ」
中三になってクラスが違くなっても、この人とは時々会ってるわ。毎日会わなくなっても忘れられるわけではなく、名前と顔は覚えてくれてるようである。
「とにかく、練習あるのみよ。跳べー! アン!」
「な、なんかすごくうるさいわよ…」
「わたしのこと守れるようになりたいんでしょ! 頑張ってー!!」
「も———!!」
横ではしゃいでるあの人にあれこれ言われながら、強くなるために特訓していた。「友達を守れるような強い”ハート探偵”になる」。まだあの人の前で、そう言ってた頃の話だ。
2022年6月15日(水)
パァン! とピストルの音が弾ける。わっ! と歓声が上がる。本日葉後高校では第81回目の体育祭が行われている。今やってる競技は、えっと……まぁ競走ね。詳しいことは確認できないけど。
なぜならわたしは、地面に突き刺さっているからだ。例によってジャンプの特訓をしていたら頭から落下して、である。なかなか出られなくて足をバタバタしてると、
「もしかして………住伏くん?」
と誰かが声を掛けてきた。
「あっ、その声はキョウ男か!? いきなりで申し訳ないんだけども、わたしを引っこ抜いてくれないか? 地面の中暗いし怖いわ」
来てくれたのは、一年空組のクラスメイト。名前はキョウである。眼鏡かけてる真面目タイプの少年だ。
「んっ! んん!! なんだ、引っ掛かって抜けない!」
「足じゃなくて、地面に手を突っ込んで胴を引っ張るのよ。そしたら隙間ができて抜けやすいから。っていうかこのままだと足ちぎれちゃう…」
「んんっ! なんでそんな冷静なの?」
「何回か刺さったことあるから」
「どうやったらだよ!! んんっ!!」
なんとか外に出してもらったわたし。
「ぶは———っ。砂で息が詰まって、やばかったわ…」
「友達が地面に刺さってるなんて状況に、出くわした人の気持ちも考えてよ…」
「ごめんってば…」
まぁアホみたいだと思ったろうな。ちなみに今回もやっぱり頭に傷も痛みも一切ないわ。ほんと、意味分かんない……。
「体育祭の最中に何やってんだ、住伏くん…。うちのクラスの男子も走ってるぞ」
んんっとキョウ男が空組のテントの方を指差す。
「頑張れ、トウジョウくん——!!」
「いっけーいけいけー」
「トウジョウ速いぞー!!」
走ってる仲間を、肩組んで応援してる男子たち。わたしのクラスメイトの男どもだ。今走ってるらしいトウジョウってヤツもそう。
「うるさいあいつら」
「まぁ高校生ってのは、あれくらい元気であるべきだ」
「この暑いのによく騒げるわね、あの子たち…」
ふと周りに目をやると、若亭が一人で突っ立ってるのに気付いた。若亭ってのは、”ハート警察”の彼だ。わたしは『若亭』と呼んでる。この学校では心海若葉と名乗ってるらしいから。
何か考え事でもしてるように見えるな。…ちょっと話しに行ってみるか。
「ごめんキョウ男、わたしちょっと用事できたから!」
「んん?」
わたしは若亭の元に向かった。
行くと、
「よぉ住伏亭。随分と気楽にしてんだな」
彼の方から話しかけてきた。
「あんたが気ぃ張りすぎなのよ。それで、例の13日の自殺事件の話は?」
「起きたよ。3月・4月・5月に続いて、今月も一昨日の13日に。その13時13分に葉後島の三か所で同時に人が自殺した」
わたしは若亭と同盟という物を組んでまして……。目的は、その13だらけの事件を引き起こしてる犯人を捕まえることなんだって。
「”ハート警察”は警戒を張ってたが、今回も先を越された。場所にヒントがなくてな。どこで誰が自殺するのか、予測がつかなかった」
「ふーん。ここで友達が狙われたら、わたしが止めてやるけどなー」
「それも根拠のねぇ話だろ…」
彼が競技をやってる方を見る。そういえば、わたしのクラスのトウジョウくんは勝ったかな。
「こうやって何百人で盛り上がってるグラウンドのどこかに、事件の元凶がいるかもしれねぇんだ。乾いたピストルの音が告げるのは、競技のスタートか。或いは人の死か……」
重々しく語る彼。
「へー、あんたもピストルの音苦手なの。びっくりするから嫌よね、あれ」
「そういう話じゃねぇよ!! 馬鹿だな、お前と組むんじゃなかった…」
大変そうね、正義の立場ってのは。友達でもない知らん人のことを守らなきゃいけないんだ。わたしには面倒でごめんだわ、そういうのは……。そんな苦労人がわたしに、
「お前はハートコントローラーの強大さを理解してねぇみたいだな。コントローラーで操られた人間は五分間、絶対にその効果に逆らえない。そんな物に自殺を仕向けられたら、その人間はどうなる」
「わかってるわよ。だけど…、」
わたしの言うことを遮るように、
「住伏くん——! トウジョウくん勝ったぞぉ——!!」
暑苦しい男がやってきた。わたしの友達だ。
「コウタ」
「オレはやってくれると思ってたんだ、がっはっはっは!!」
「分かった分かった、背中叩くな…」
さらに後から来た男どもが、若亭に話しかける。
「あれ、アン誰だコイツ。知り合いか?」
「あはは、目ぇ赤いや!」
「お前も一年空組か!」
「違ぇよ!! 目ぇ赤いのは生まれつきだ。馬鹿にすんな」
どうやら若亭も、こいつらの相手には困るんだな……。実際、彼の方が四つも年上なのにね。わたしと同じクラスの、陽気な男子たち。
「おい住伏亭。このバカうるさい奴らは何だ…」
「わたしのクラスメイトだよ。こんな奴らと居たら、悩んでるのも馬鹿みたくなるわよ」
こいつらはこうなのよ。若亭とは違って、とてもハッピーだ。だけど、わたしを友達にしてくれた奴らだ。
「……これがお前の友達って奴らか。お前が守るっていう」
「まぁ、こんなバカたちだけじゃないけど…」
「気休め程度にはなるか……」
でしょ? 若亭も少しは気が軽くなったようで。何よりだわ。
「そうね」
わたしは頷いた。
「ほら、アンも応援席来いって!」
「それにキミも! アンの友達!」
「行かねぇよ。自亭は山組だぞ」
こういう明るいバカがいると、頼りになるのよ。”ハート業界”って秘密を抱えるわたしには。
きっと、若亭だってそうだ。
7月4日(月)
「ぎゃ——————っ!!」
校舎裏から聞こえた悲鳴。若亭は血相を変えてその元に向かっていった。わたしも気になってついて行くと、そこには。
「おい。これは一体どういう事だ?」
彼がキレてるのが、声の調子で分かったわ。
一人の男の前に、誰かが土下座している。服を引っぺがされてて、その背中は何かに切られたように血だらけだった。
「なぜお前が引内亭をいじめてるんだ……?」
若亭が言った『引内』って名字で思い出した。あの被害者、エンマくんだな。前にわたしも会ったことある。
「『引内亭』。それがこいつの名か?」
陰湿な笑みを浮かべるは、体の大きくていかつい男。若亭は何だか、そいつのことを知ってる風だ。
「若亭、あの男を知ってるの?」
わたしが聞くと、
「不良だ。この学校じゃ有名だよ」
「いかにも。葉後高校、最強不良トリオの一人。小田切倉成とは俺様のこと」
不良……。前にも何か、そういう奴を見た気がするわ。
「まぁ仲間二人は、先日姿を消しちまったが。お近付きの印に、面白い物を見せてやろうか」
血まみれのエンマくんは、もう息も弱々しいものだった。
「い…いやだ。もうやめてくだ」
不良がスマホのような物をポケットから取り出し、タップした。すると、次の瞬間。
「よ……、よいしょ————!!」
直前まで弱ってた彼が立ち上がり、両手の拳を天高く突き上げて叫んだ。その様を見て、不良は面白そうにしている。
「うっ…、うぅ………」
自分でやっておいて、彼は苦しそうにしている。まるで何かによって、意図せずそれをやらされてるような。
ハートコントローラーか。わたしは、すぐに分かったわ。
次回は12月22日(日)更新予定です。