表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハート探偵  作者: 住伏暗
7/32

第7話 「跳べ!」


 2021年11月2日(火)


 中学三年生の時のこと。学校の前の公園でわたしが特訓をしてたら、通りがかったメイさんに呼ばれた。


「ジャンプの練習?」

「そう。わたしが得意なのはジャンプだから、それを強くしなきゃ。ジャンプ力を着けなきゃいけないの」

「ふーん。大変そっ」


 他人事ね。わたしがどうでもいいことをペラペラ喋るからね。


「今日も練習で先生に負けてさ…。強くなるまで学校を出禁にされたの。授業なんか受けてないで、”ハート探偵”の特訓しろって」

「え? 義務教育よ、中学校は…」


 わたしに戦い方を教えてくれる、”ハート探偵”の先生。すっごく強いの。今のわたしじゃ全然勝てないくらい。


「いや、でもその通りよ。友達も守れないのに、学校に行ってる場合じゃないもの」


 呟いた後ふと彼女を見ると、


「へぇ~………」


 じろーっとこっちを見ている。え?


「な、なに? 気持ち悪いわよ…」


 なんか楽しそうだけど、わたしってそんな面白い顔してるかしら…。ま、いいや。


「でももう二メートルは跳べるようになったのよ! 助走なしの垂直跳びでね」

「に、二メートルも? 本当…?」


 メイさんがからかうように笑う。あっ、できないと思ってるのね。じゃあやってあげるわよ。


「ほんとよ。ほらっ」


 びよーんと高く舞い上がってみせる。


「わっ! 高い…」


 でしょ? ここからなら、雲梯も足元に見えるわ。


「すっごく高いわよ、アン!」


 メイさんもびっくりしてるわ。どう? ジャンプ力には自信あるのよ、わたし…。


「あ、あれ…?」


 しかし、空中でわたしはバランスが崩れてしまった。頭から地面に急降下していって、


「ぶ—————っ!!」

「えぇ———!? かっこ悪い!」


 その勢いのままズボッと突き刺さることになった。上半身は丸ごとめり込んでしまったわ…。メイさんが足を引っ張ってくれる。


「も———無茶するからだよ! 引っ掛かって抜けないし…」

「ごめん。早く引っこ抜いて。苦しい」


 鼻と口に砂入るー! 息できないー!!

 外に引っ張り出してもらった後、顔に付いた砂を払ってるとメイさんが、


「大丈夫? あんな高いとこから頭打って…。痛くない?」


 と心配している。


「痛くはないけど…、びっくりしたわよ」

「それだけ!? キミほんとに人間…?」

「なぁに、血ぃ流したりしてほしいわけ? 昔からなぜか、打っても効かない体質なのよ」


 確かに普通の人なら怪我すると思うけど…。子どもの頃から体のどこかをぶつけても、痛くないんだよな。怪我もしないし。打たれることに対しては異常な耐性があるわたし。どうしてかしらね? ネットとかで調べても分からない。


「あんた、帰りなさいよ」


 わたしが言うと、


「いやよ。アンがまた地面に刺さったら助けてあげなきゃだもん」

「一人でも出れるよ」


 中三になってクラスが違くなっても、この人とは時々会ってるわ。毎日会わなくなっても忘れられるわけではなく、名前と顔は覚えてくれてるようである。


「とにかく、練習あるのみよ。跳べー! アン!」

「な、なんかすごくうるさいわよ…」

「わたしのこと守れるようになりたいんでしょ! 頑張ってー!!」

「も———!!」


 横ではしゃいでるあの人にあれこれ言われながら、強くなるために特訓していた。「友達を守れるような強い”ハート探偵”になる」。まだあの人の前で、そう言ってた頃の話だ。



 2022年6月15日(水)


 パァン! とピストルの音が弾ける。わっ! と歓声が上がる。本日葉後(はあと)高校では第81回目の体育祭が行われている。今やってる競技は、えっと……まぁ競走ね。詳しいことは確認できないけど。

 なぜならわたしは、地面に突き刺さっているからだ。例によってジャンプの特訓をしていたら頭から落下して、である。なかなか出られなくて足をバタバタしてると、


「もしかして………住伏くん?」


 と誰かが声を掛けてきた。


「あっ、その声はキョウ男か!? いきなりで申し訳ないんだけども、わたしを引っこ抜いてくれないか? 地面の中暗いし怖いわ」


 来てくれたのは、一年空組のクラスメイト。名前はキョウである。眼鏡かけてる真面目タイプの少年だ。


「んっ! んん!! なんだ、引っ掛かって抜けない!」

「足じゃなくて、地面に手を突っ込んで胴を引っ張るのよ。そしたら隙間ができて抜けやすいから。っていうかこのままだと足ちぎれちゃう…」

「んんっ! なんでそんな冷静なの?」

「何回か刺さったことあるから」

「どうやったらだよ!! んんっ!!」


 なんとか外に出してもらったわたし。


「ぶは———っ。砂で息が詰まって、やばかったわ…」

「友達が地面に刺さってるなんて状況に、出くわした人の気持ちも考えてよ…」

「ごめんってば…」


 まぁアホみたいだと思ったろうな。ちなみに今回もやっぱり頭に傷も痛みも一切ないわ。ほんと、意味分かんない……。


「体育祭の最中に何やってんだ、住伏くん…。うちのクラスの男子も走ってるぞ」


 んんっとキョウ男が空組のテントの方を指差す。


「頑張れ、トウジョウくん——!!」

「いっけーいけいけー」

「トウジョウ速いぞー!!」


 走ってる仲間を、肩組んで応援してる男子たち。わたしのクラスメイトの男どもだ。今走ってるらしいトウジョウってヤツもそう。


「うるさいあいつら」

「まぁ高校生ってのは、あれくらい元気であるべきだ」

「この暑いのによく騒げるわね、あの子たち…」


 ふと周りに目をやると、若亭が一人で突っ立ってるのに気付いた。若亭ってのは、”ハート警察”の彼だ。わたしは『若亭』と呼んでる。この学校では心海(しんかい)若葉(ワカバ)と名乗ってるらしいから。

 何か考え事でもしてるように見えるな。…ちょっと話しに行ってみるか。


「ごめんキョウ男、わたしちょっと用事できたから!」

「んん?」


 わたしは若亭の元に向かった。



 行くと、


「よぉ住伏亭。随分と気楽にしてんだな」


 彼の方から話しかけてきた。


「あんたが気ぃ張りすぎなのよ。それで、例の13日の自殺事件の話は?」

「起きたよ。3月・4月・5月に続いて、今月も一昨日の13日に。その13時13分に葉後島の三か所で同時に人が自殺した」


 わたしは若亭と同盟という物を組んでまして……。目的は、その13だらけの事件を引き起こしてる犯人を捕まえることなんだって。


「”ハート警察”は警戒を張ってたが、今回も先を越された。場所にヒントがなくてな。どこで誰が自殺するのか、予測がつかなかった」

「ふーん。ここで友達(だち)が狙われたら、わたしが止めてやるけどなー」

「それも根拠のねぇ話だろ…」


 彼が競技をやってる方を見る。そういえば、わたしのクラスのトウジョウくんは勝ったかな。


「こうやって何百人で盛り上がってるグラウンドのどこかに、事件の元凶がいるかもしれねぇんだ。乾いたピストルの音が告げるのは、競技のスタートか。或いは人の死か……」


 重々しく語る彼。


「へー、あんたもピストルの音苦手なの。びっくりするから嫌よね、あれ」

「そういう話じゃねぇよ!! 馬鹿だな、お前と組むんじゃなかった…」


 大変そうね、正義の立場ってのは。友達でもない知らん人のことを守らなきゃいけないんだ。わたしには面倒でごめんだわ、そういうのは……。そんな苦労人がわたしに、


「お前はハートコントローラーの強大さを理解してねぇみたいだな。コントローラーで操られた人間は五分間、絶対にその効果に逆らえない。そんな物に自殺を仕向けられたら、その人間はどうなる」

「わかってるわよ。だけど…、」


 わたしの言うことを遮るように、


「住伏くん——! トウジョウくん勝ったぞぉ——!!」


 暑苦しい男がやってきた。わたしの友達(だち)だ。


「コウタ」

「オレはやってくれると思ってたんだ、がっはっはっは!!」

「分かった分かった、背中叩くな…」


 さらに後から来た男どもが、若亭に話しかける。


「あれ、アン誰だコイツ。知り合いか?」

「あはは、目ぇ赤いや!」

「お前も一年空組か!」

「違ぇよ!! 目ぇ赤いのは生まれつきだ。馬鹿にすんな」


 どうやら若亭も、こいつらの相手には困るんだな……。実際、彼の方が四つも年上なのにね。わたしと同じクラスの、陽気な男子たち。


「おい住伏亭。このバカうるさい奴らは何だ…」

「わたしのクラスメイトだよ。こんな奴らと居たら、悩んでるのも馬鹿みたくなるわよ」


 こいつらはこうなのよ。若亭とは違って、とてもハッピーだ。だけど、わたしを友達(だち)にしてくれた奴らだ。


「……これがお前の友達(だち)って奴らか。お前が守るっていう」

「まぁ、こんなバカたちだけじゃないけど…」

「気休め程度にはなるか……」


 でしょ? 若亭も少しは気が軽くなったようで。何よりだわ。


「そうね」


 わたしは頷いた。


「ほら、アンも応援席来いって!」

「それにキミも! アンの友達!」

「行かねぇよ。自亭は山組だぞ」


 こういう明るいバカがいると、頼りになるのよ。”ハート業界”って秘密を抱えるわたしには。

 きっと、若亭だってそうだ。



 7月4日(月)


「ぎゃ——————っ!!」


 校舎裏から聞こえた悲鳴。若亭は血相を変えてその元に向かっていった。わたしも気になってついて行くと、そこには。


「おい。これは一体どういう事だ?」


 彼がキレてるのが、声の調子で分かったわ。

 一人の男の前に、誰かが土下座している。服を引っぺがされてて、その背中は何かに切られたように血だらけだった。


「なぜお前が引内亭をいじめてるんだ……?」


 若亭が言った『引内』って名字で思い出した。あの被害者、エンマくんだな。前にわたしも会ったことある。


「『引内亭』。それがこいつの名か?」


 陰湿な笑みを浮かべるは、体の大きくていかつい男。若亭は何だか、そいつのことを知ってる風だ。


「若亭、あの男を知ってるの?」


 わたしが聞くと、


「不良だ。この学校じゃ有名だよ」

「いかにも。葉後高校、最強不良トリオの一人。小田切(おだきり)倉成(クラナリ)とは俺様のこと」


 不良……。前にも何か、そういう奴を見た気がするわ。


「まぁ仲間二人は、先日姿を消しちまったが。お近付きの印に、面白い物を見せてやろうか」


 血まみれのエンマくんは、もう息も弱々しいものだった。


「い…いやだ。もうやめてくだ」


 不良がスマホのような物をポケットから取り出し、タップした。すると、次の瞬間。


「よ……、よいしょ————!!」


 直前まで弱ってた彼が立ち上がり、両手の拳を天高く突き上げて叫んだ。その様を見て、不良は面白そうにしている。


「うっ…、うぅ………」


 自分でやっておいて、彼は苦しそうにしている。まるで何かによって、意図せずそれをやらされてるような。

 ハートコントローラーか。わたしは、すぐに分かったわ。


 次回は12月22日(日)更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ