第6話 同盟
「ただでさえ不良仲間の時差遂也が死んで俺はむしゃくしゃしてるのに…」
廊下で人の胸倉掴んで脅してるそいつは周りの人によると、
「あいつ、三年生の最強不良トリオの一人、名栗大也だ…!」
「それって、この学校で腕っぷし最強って言われてる奴らじゃねぇか!」
「あの掴まれてる奴、助けてやらねぇと…」
「馬鹿言え! あんな奴に喧嘩売ったら、俺たちが殺されちまう!!」
なるほど……、そういう感じってわけ…。
「そこへてめぇがぶつかってきやがった……!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! だから殴らないでください……」
やられてる方の人、へこへこしてるな。こういうのはどうも、見ていて気分が良くない…。
「うるせぇな。謝って済むなら、死はいらねぇんだよ!!
”頭割り”!!」
「ぎゃあ———!!」
被害者の人の頭を掴んで、壁にぶつけようとしてる。なんてひどいことを…。しょうがないなぁ。
その不良の喉をぶん殴って、止めといた。そいつが倒れる。
「がつ………、ぐぼぁああああ!! 喉がぁあああ!!」
断末魔みたいな叫びが可哀想ではあるが、まぁいいや。いいことしたなぁ。
「なっ、名栗を殴った!! あいつ、殺されるぞ…!」
周りも騒ぎ出してるし、巻き込まれる前にここを離れよう。そう思ったわたしの前に、
「誰だ、てめぇ…」
また不良が。わたしを睨んでる。ま、まだ意識があるのか。面倒くさいなもう…。
「おい何とか言え! 誰様を殴ってんだ、あァ!?」
殴りかかってきた。やばい、怒ってるぞ。
しかし、わたしの前に”ハート警察”の彼が立って、
「殺人術、”心臓破壊”」
そいつの胸を殴り飛ばした。
「へ……?」
わたしはびっくりした。だって今のは、わたしが使ってるのと同じ”ハート探偵”流・殺人術……。
彼の攻撃が効いたようね。その不良は気絶して動かなくなってしまった。っていうか生きてるのかな……。
「お、おぉー!! すごいぞ、あの最強の不良を…!」
やばい、周りの人が騒ぎ出してる。面倒になる前に逃げなきゃ。わたしは急いで現場を去った。典型的な弱い者いじめ。嫌な話だわ。
ついて来たのは、さっき不良にやられてた被害者の人だった。
「ありがとうございます、二人とも…! あなたたちのおかげで、命を取り留めました。ほんと、どうお礼をすればいいか……」
”ハート警察”の彼にぺこぺこと頭を下げてる。
「あんた、いいことしたのね。すごいお礼言われてるわよ」
「それはお前もだろ。礼を言われるようなことじゃねぇよ。人を守るのが正義の仕事なんだ」
目の下のクマ。それに、外向きに下がった太い眉。何だかどっかで見たような顔してるな、この被害者の人…。
「それでお前、怪我は?」
「ひぃっ!! 助けてくれた上に、私の体を心配してくれるなんて…。なんていい人!!」
勝手にいやーな印象がするわ、失礼ながら。まぁ”ハート警察”の彼がいい人ってのは、確かにそうかもだけど。
「私は一年地組の引内閻魔といいます。改めて先程は助けてくださり、ありがとうございました!」
え、引内……? わたしの脳裏に嫌な記憶が…。まぁいいか。
「あの、何かお礼にお役に立てることは…」
「ない。今すぐ自亭の前から消えろ」
「そ、そんな殺生な!! 人から助けてもらって、何もできないなんて…!」
まぁ若亭——わたしは”ハート警察”の彼のことをそう呼ぶことにした。――の言う通りだわ。別に友達のために体張ったわけでもないし、お礼なんて言われても困るわ。ただ何となくでやっただけだもの。にしても変な人ね、こいつは。
「あんた、いつもあんな風にいじめられてるの?」
わたしが聞くと、
「え? あっ、はい。殴られるのは日常茶飯事です」
「日常茶飯事かー。それは大変ね」
「えぇ。でももう慣れてますから。昔から気が弱いのと腕っぷしが弱いので、ああいう人に狙われやすくて…。お二人には悪いですが、きっと明日にはまた……」
なるほど。いじめられっ子ってわけだ、この少年は。
「ほんと、いつも強い人に殴られて、頭下げてばっかりで…。お二人のように私も強ければ、あんな目に遭わなくて済むのに……!」
わたしには、この少年がひどく窮屈に見えるわ。何だか悔しそうな顔をしている。その様子を見て若亭が、
「弱っちぃ人間は嫌いだ」
「ああ!! なんて痛いお言葉! ズキッときましたぁ!!」
彼はその少年の前に一歩近づいて、
「自亭は心海若葉。クラスは一年山組だ。何かあったら呼べ」
「は……、はい!」
その少年は笑顔になった。嬉しそうだった。
さっきの不良だけど、若亭が捕まえたそうだ。悪人として”ハート警察”の本部に送るつもりらしい。まぁ、わたしには至極どうでもいいこと。
「おい聞こえるか、自亭だ。悪人を捕らえたから、”ハート監獄”にぶち込め」
電話で話してる相手は、”ハート警察”の仲間の人だろうか。
『はぁ!?』
なんかめっちゃ怒ってるな、電話先の人。
『お前なぁ! ハートコントローラー無関係の表社会の悪人連れて来んなって、何回言ったら分かんだよ! うちは”ハート犯罪者”専門だぞ!? 表社会の奴まで連れて来たら牢屋がかさばるだろうが!! だいたいお前の任務は…!!』
「じゃ、後でそっちに送る。じゃあな」
『お、おい! 話聞いてんのか!? ジャック…!!』
ブツッ。切った。
「めっちゃ怒ってたわよ、相手の人…」
「まぁいつもこうだ」
「大丈夫なのそれ、人間関係…」
仲間に対して随分と扱いが雑なのね。
「ときにお前、ここ葉後島で起きてる連続自殺事件を知ってるか」
わたしを見て言ってきた。そういえば彼、目の色が真っ赤だ。わたしは真っ黒だけど、彼は赤。格好いいな…。
「あぁ。今年の3月からあちこちで起きてる事件でしょ。クラスの人から聞いた」
「そうだ」
それから若亭は、その事件についてわたしに語りはじめた。事細かに、丁寧に。
「最初の事件は、3月13日。この日の13時13分、葉後島の三か所で同時に人が飛び降り自殺する事件が起きた。場所はハートハーバーの第三水産市場、ハートビーチのサイドCホテル、心路村の北心路病院。
次の事件は4月13日。時刻は同じく13時13分。場所はハートハーバーの港果物店、ハートビーチのパチスロ店サイCラウンド、そして心路村のマンション心路ノース住宅。もちろん三件とも同時だ。
葉後島という場所、そして日付、時刻。ここまでの偶然が重なるとは考えにくい。それぞれの事件関係者での繋がりはないと判明してるしな。これは何者かが仕組んだ事件。そしてそれができる道具として、ハートコントローラーという一つの可能性が浮かんだ」
事件の話はクラスメイトから聞いてたけど、場所とか時刻までは知らなかった。あいつら途中から市場の魚の話とかしてたもんな…。アジフライがうまいとか何だとか……。
「今から四日後の5月13日、”ハート警察”は葉後島のどこかで自殺事件が起きると見ている。そしてそれを防ぐべく奔走している。事件が起きるのは、或いはここ葉後高校かもな」
「アジフライ……じゃなくて、なぜわたしにそんな話をするの?」
「先日この学校の不良が飛び降り自殺したろ。連続自殺事件と状況が似てることから、この学校が一連の事件に関わってる可能性は高い。
そんな当学校に、自亭は犯人の手掛かりを探すために来た。正直この学校に殺人鬼がいても、おかしくねぇ話だ」
この学校にハートコントローラーを使って人を自殺させる殺人鬼がいる……。確かにあり得ない話ではないけど、だとしたらすごい面倒だぞ…。
「住伏亭って言ったか、お前」
「亭じゃないわ。アン」
「お前さっき、友達を守るって言ったよな」
「あぁ。”ハート探偵”ですから」
正確にはなろうとしてる段階ですが、まだ。
「なら、自亭と組まねぇか」
組む? 一瞬何言ってるか分かんなかったけど、手を組む。協力するってこと?
「今言ったことの意味は分かってるだろ。殺人鬼なんて危険な存在が、お前の友達を狙わないとも限らねぇ。さっきのを見るに、お前戦えるだろ?」
「まぁ、殺人術なら先生に叩き込まれてるから。っていうかあんたあの時…!」
「なら、殺人鬼を捕まえるために力を貸してほしい。そうすれば、自亭はお前の友達を守るのに協力してやる」
ん——、要するに同盟みたいなことか…。
「お互い損はないはずだが?」
若亭、多分いい奴だよな。さっき会ったばかりだけど。じゃあ…、
「殺人鬼捕まえるなんて、面白そうね。よし、やろう!」
彼がわたしの前に手を出してきた。掴めってことかしら。
「なら自亭も、お前に可能な限りの情報を提供する。”ハート警察”、ハート隊三等隊員”ハートJ”。これが自亭の肩書きだ」
わたしがぼけーっとしてたら、彼がむりやり手を掴んできた。同盟成立ね。あっ、いや。別に嫌ってわけじゃないわよ。人の手に触れるなんて慣れてないだけですわ。
目的は葉後島での連続自殺、その元凶を捕まえること。そしてそいつは、おそらくハートコントローラーで人を操って殺すタイプの敵だ。そいつから友達を守ることね。
同盟なんて、なんかぞくぞくするな。
次回は12月15日(日)更新予定です。