第32話 夢は、またキミに会うこと。
(一)
先生から戦い方を教わる日々は続いた。来る日も来る日も。
大岩を持ち上げては潰されたし、砕こうとしては失敗した。
先生に水を飲まされて、何度も腹がダバダバになった。
特訓の中には、細い針の上を歩くという物もあった。バランス感覚を鍛えるための修行だ。
下は針地獄になっていて、落ちたら血だらけになる。そんな地獄のようなメニューだった。
針地獄に落ちるたびに、わたしは、
「ぎゃああああ~~~!!」
と悲鳴を上げたものよ。
そんな修行も続けるうちに、少しずつできるようになっていった。
岩を三つほど持ち上げても、潰されずに耐えられるようになった。
岩にパンチを打ち込むと、少しひびが入るようになった。
そんな成長したわたしを見て、メイさんと先生は、
「すごいすごーい!!」
「やっとここまで、ですね。フフッ…」
と、ほめてくれた。それが、うれしかった。
少しずつでも、自分が強くなってる自覚があったから。
だけど……。
今となっては、そんな日々も無意味だった。
なぜなら、わたしがメイさんを裏切ったから。
(二)
「今日のあなた、面白くなかったです」
これが、わたしがメイさんに言った悪口だった。
卒業が迫る、中三の三月に言った。
きっかけは、些細なこと。わたしが一方的に、思い詰めて言ってしまっただけ。
それを言った後も、わたしはメイさんに謝らなかった。何事もないように、あの人に話しかけ続けたんだ。
「元気?」とか、「最近どう?」だとか、ヘラヘラ笑って。
今なら分かる。
悪口を言っといて、何を自分勝手に……。メイさんの気持ちも知らずに……。
だけど、あの時わたしは、そういう人間だったの。友達を、平気で傷付ける人間だった。自分の考えを押し付けて。
そして、それから一週間もしない内に、わたしは。わたしは……。
(三)
2022年3月9日(水)
この日、わたしは、
「や、やめろ!! お前……! なんでそんな事するんだ!!」
奴に対して、情けない声を出していた。
以前メイさんを連れ去ろうとした、『装壊』という男が。そいつが、また現れたのだ。
「フフ……。今度こそ、メイを連れ去る………。あいつを…燃やし尽くすために……!!」
そう言って奴は、メイさんの肩をズッシリ掴んでいた。メイさんは、そいつから逃げられずにいる。
助けなければ……。わたしは、分かっているつもりでいた。なのに……。
体が動かなかった。装壊のことが、怖かった。
装壊が、メイさんの襟を引っ張っていく。
「早く来い…」
「うぇっ…!」
メイさんが怖い思いをしてるのに、わたしは何もできなかった。
このままじゃ、メイさんが連れて行かれてしまう……。
そう思っていた所に、先生は現れた。
その姿を見てわたしは、
「先生……!」
と、情けなく声を出した。
メイさんを助けるために、装壊と戦う。そんな先生の姿は、強いものだった。
(四)
先生は水の能力を使って、あっという間に装壊を追い払った。そして、メイさんを助け出した。
戻ってきたメイさんは、先生にお礼を言うが、
「は——っ…、ほんとに怖かった……。アオイちゃん、ありがとう…。………、アオイちゃん?」
「…………」
先生は、それに返事をしなかった。黙ったまま、わたしの前に立った。
「——、先生……?」
恐怖で座り込んだまま、わたしは先生の顔を見た。その表情は、まるで怒ってるみたいだった。
先生はわたしにゆっくり近づき、
ドス!!
と、わたしの顔を蹴った。
わたしは言葉が出なかった。え………? と、先生に蹴られたことに、呆然とした。どうして……?
「あ……、アオイちゃん!?」
とメイさんも焦っている。
それに構わず、左足でわたしの顔を蹴りまくる先生。その行動に、躊躇いはなかった。
「友達殺しが……」
と小さく吐き捨てた。
その意味が、わたしには分からなかった。
メイさんが、先生を止める。
「アオイちゃん、やめて!!」
でも、先生は止まらない。
「止めないでください。見てましたよ。彼があなたに、悪口を言ってる所……」
わたしを睨む、その目が怖かった。ゴミ袋を蹴ってるような目だった。
セリフの対象をわたしに変えて、先生が続ける。
「友達を守ると言ってるてめぇが、『友達』に悪口を言うなんざ………虫唾が走る。ましてそれを、何事もなかったように平然と………」
痛い所を突かれて、辛かった。
本当は自覚していたからだ。悪口言っといて、メイさんの前で笑っていた。それは嘘つきだって。
「軽い気持ちで浴びせた悪口の一つで、どれだけその人を傷付けてるか…分かってますよね」
いや……、待って。傷付ける……そんなつもりじゃ……。
先生は最後に、わたしにこう言った。キレてるのに、なぜか彼女が苦しそうに見えた。
「友達のために命捨てる覚悟もないのに、よく”ハート探偵”になるって言えましたね。『友達』に平気で悪口言うような、筋の通ってない奴が……」
そう言う先生の目は、完全にわたしを軽蔑していた。ゴミを見るような目つきだった。
友達を傷付けた上に、助けなかった。そんなわたしを、先生は完全に見放したのだ。
友達に悪口言うような弱い奴は、友達のことを守れない。この一件で、わたしはそれを知った。
(五)
「じゃあ…、バイバイ♪」
中学校で最後に会った時、メイさんは笑っていた。でも、本当はどんな気持ちか分からなかった。
わたしのことが嫌でも、気を使って笑ってたのかもしれない。辛い時でも、無理して笑ってるような人だから。
メイさんと別れた後も、わたしはその場から動かなかった。
自分があの人に言ったことを、心の中で反芻する。
『今日のあなた、面白くなかったです』。
友達って言ってたのに……、こんな悪口を。
嘘つき。
わたしの心には、その言葉が貼り付いて剝がれなくなった。『嘘つき嘘つき嘘つき』。
周りの土も花も、わたしに指を差して、そう言ってるような気がした。『嘘つき嘘つき嘘つき』。
その視線に怯えるように蹲って、わたしは泣いた。
(六)
2023年3月1日(水)
葉後高校の、一年空組の教室。
ミカさんとレイナさんの前で、わたしは言った。
「友達に平気で悪口言うような、筋のない奴は友達を守れない……。メイさんを守れなかった時、わたしはそれを知ったのよ……」
二人には大ざっぱに、メイさんを裏切ったことだけを話した。
『ハート業界』とか、『魔法みたいな力』とか、そういうのは隠したまま。話せることだけ話した。
レイナさんが、合点が行ったように、
「そっか…。それでアン、カナデちゃんやアキちゃんがいじめられた時、あんなにキレてたんだね……」
と呟いた。真面目に聞いてくれてるのを感じると、何だか申し訳ない気分になって、
「つまらない話よ」
と弁解する。友達の前で、こんな話するんじゃなかった……。
ただ……、
「ただ、『友達を守る』ってのを売りにしてる人間が、友達を傷付けるなんて…。死罪に値するわ」
また思ったことを口にしたら、二人が、
「そ、そ、そんな!! 思い詰めちゃあダメだよ!」
「そうでありますよ! アンがいなくなったら、うちらが困るですー!! 友達ですからっ!!」
ってあわてる。あっ、いや……。
「そんな真に受けなくていいよ。今生きてるでしょ、わたし……」
死罪に値するからって、自分から消えたりしない。余計な心配かけちゃったかしら……。そう思って二人に、
「あんた達に何かあっても、絶対守ってやるからさ」
いなくならないって約束。
わたしが生きてたから、”イニシャルキラー”からクラスのみんなを守れたわ。だから、今度も必ず……。
「二年でクラスが離れても、何かあったら呼んでよ。わたしは、あんたらの友達ですからっ!」
えっへん! と胸を張る。
わたしは、この人たちを守るんだ。
わたしの宣言にミカさんは、
「ほへ~~。小っさいのに、頼もしいでありますなぁ…」
そう頭をなででくるのだった。
(七)
2023年3月21日(火)
グラウンドのスミっこにある、ひとりぼっちの桜の木。
休み時間、そいつをわたしは眺めに来た。
花が咲き始めた……。
「メイさん……先生……。今、どこにいるの………」
声に出して呟いてみる。誰が聞いてるわけでもないのに。だから、返事はない。それが物悲しくて、
「馬鹿め…」
今度は自分に対して呟く。
メイさんにあんな事言って、ピンチになっても助けなかった、わたしが悪い。
メイさんも先生も、連絡先を知らないから行方が分からない。だけど先生はどこかで、きっとメイさんを守ってくれてるはずだ。
先生のアジトに行ったら、二人に会えるかもしれない。でも、行かない。
合わせる顔がないんだ。友達のことをちゃんと守れる、そんな強い”ハート探偵”にならないと……。
だけど、もう一度会いたい。メイさんに。
意味もなく涙が落ちた。泣いたって、意味ないんだ。
これは、わたしがやったことだから。わたしがメイさんを傷付けて、逃げ出したせいだから。
わたしが、けじめを付けなければ……。
不意に後ろから、
「あっ、いた! アンー!」
聞きなじみのある声に呼ばれた。わたしを呼んだのは、
「アン、こんな所にいたのか。探したぜー!」
リオンとキョウだった。やばい……。
バレないように涙を拭いて、
「なぁに?」
と振り向く。いつもと同じテンションで。リオンとキョウが、
「ホームルーム始まる! みんな集まってる、行こうぜ!」
「キミも一年空組だから。さぁ行こう!」
催促してくる。そっか、休み時間なの忘れて、ぼーっとしちゃってた……。
「そうね…。行こうか」
頷いて、わたしは歩き出した。
歩きながら考えた。
メイさん。わたし、もっと強くなって、この人たちを守るわ。それで、あんたのことだって、守れるようになって見せるから。
だからその時は……、また会ってほしいの。守りに行くから。
考えながら、わたしは校舎に入った。リオンとキョウを追って。
話のストックがないので、しばらく休ませていただきます。今年の11月3日までに再開予定です。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。