第31話 キリサメメモリー
(一)
わたしは甘高先生から、修行を受けている所だった。
二つ目のメニューは、
「こちらの岩を、片手で粉砕していただきます」
という物みたいだ。先生の前には、二メートルほどの大岩がある。
「こんな感じに…」と先生が、岩に拳を叩き込む。
ドッゴオォン!!
と激しい音を上げて、その右手は岩を砕いた。
その様子にわたしは、
「うおおー、すごい!!」
感動して思わず叫んだ。こんな硬そうな岩を、意図も容易く……。
先生が別の岩を指して、
「やってみてください」
と、わたしに命じた。
「はい! で、できるかな…」
思いきり力を入れて、「うおおりゃぁあっ!!」と岩を殴る。
しかし、その岩には傷の一つも付かない。
わたしの手が、ぺしっとなるだけだった。
メイさんに仰天される。
「えぇー!! かっこ悪いー!」
今のわたしには、パワーが足りない。そう実感した瞬間だった。
「メイさんなら、できる?」
わたしが聞いてみると、彼女は、
「帰ったら何しようかなぁ…」
と話題を逸らすのだった。
そうだよな。
難しいわよね、こんな大岩を……。
(二)
水を操る。そんな魔法みたいな力を、先生は持っていた。
それを知ったのは、彼女との戦闘修行の最中だった。
空中に水滴が現れ、それが集まって巨大な矢になる。
それは、単なる自然現象じゃない。
『6thセンス』という、能力だったんだ。
わたしが先生から聞くのは、もう少し後になる。
先生の出した水のビームを食らって、わたしは、
「うっぷ……」
腹がタプタプの、ボールのような姿になってしまった。
水を飲み過ぎたんだ。
「苦し…。腹いっぱい……」
そんなわたしを見て、メイさんと先生が、
「水風船みたい……」
「やはり変ですね。普通なら、腹がここまで膨らむ前に、破裂するはずなのですが……」
と議論している。
先生のセリフが残虐で、わたしはびびる。
これで腹が裂けた人間が、いるんだろうか……。
わたしもそうなったら、嫌だな……。
「まだまだですね…。よっ」
先生はそう呟くと、バコン! とわたしの腹を傘で殴った。
すると、わたしの腹から、水が一気に逆流してきた。
「ぶぼっ!!」
その衝撃に、思わずうなり声を上げる。
ぶーっと噴水のように、水を吐き出した。
汚い……。自分でそう思った。
腹の中がスカッとして、わたしはいつもの体形に戻った。メイさんも、
「あっ、元に戻った!」
と安心してるようだった。
「いつもの小っこいアンだねぇ~」
そう言って、わたしの頭をなでてくる。
「なでるな。幼稚園児じゃないんだから…」
チビってのは、クラスのいじめっ子からも、よく言われることだったな。
メイさんなら、別にいいけど。
先生の使う、得体の知れぬ能力。
わたしがその存在を知ったのは、この時だった。
(三)
ある日の修行で、先生は教えてくれた。
「”ハート探偵”流・殺人術。その特徴は、『思いをエネルギーに変える』という独自のフォームにあります」
”ハート探偵”流・殺人術の極意。
初めて聞いたこの時は、よく分からなかった。
思いを、エネルギーに……?
「えぇ。全身に散らばっている感情。それを、一部分に集中させるのです。
”ハート探偵”流・殺人術は、友達を守るためにあります。——思いを力に変える。それができれば、鍛え抜いた技が、敵の心臓を撃ち抜くはずです」
先生が容易く岩をパンチで砕く様子は、何度見ても信じがたい物だった。
わたしは全然できないのに、この人は…。
「感情を、この手に………」
自分の右手を見つめて、握ってみる。
ここに、思いを集中させる……。
本当にできるんだろうか。
「うおおおぉりゃああっ!!」
その手で、思いきり岩を殴る。しかし、結果はいつもと同じだった。
岩は、何ともない状態のまま。全然ダメ……。
先生は言う。
「疑うようでは、まだまだ出来そうにはありませんね…。それでは、あの桜姫ちゃんを守れませんよ?」
自分の習熟の遅さが、この日は妙にグサッと刺さった。
心が折れかけるのを、何とか踏ん張って、
「うおお~~~!! もう一回やるーっ!!」
とわたしは、自分を奮い立たせるのだった。
これができなきゃ、わたしは友達を守れない。
そう思ったからだ。
(四)
この日の修行で、わたしは新しい力に目覚めた。
先生との、実戦での修行中のこと。
「あなたを吹き飛ばしても意味がないことは、分かっています。なので、切り刻む攻撃をします」
そう言うと先生は、わたしに技を放った。
「”斬裂雨”!」
大きな、水の塊。その側面は鋭く尖って、まるで刃物のようだった。
わたしは間一髪で避ける。
飛んでいった斬撃は、サクッと岩を真っ二つにした。
「や、やば…!」
今のが当たってたら、わたしが真っ二つになってた。そう思うと恐ろしいわ……。
先生はいつも、修行でわたしを殺しに来るの。
これで消えたら、あなたはその程度の人間ですって。
先生、やっぱり容赦ないなぁ……。
「どんどん行きますよ。よけて反撃してください」
「うわ! とっ…!!」
ズバズバと、次々にぶつけてくる。その内の一本が、わたしの腕を掠める。
「いだっ…!!」
切れ味も、かなりやばい物だった。直撃したら、わたしは一たまりもないだろう。
そこへ先生が、
「うかうかしてたら、殺しますよ?」
と、一際大きな攻撃を飛ばしてきた。
厚さ一メートル・長さ二メートルほどの、水の刃。
このままじゃ、だるま落としみたいに板切りにされるー! そう思った、次の瞬間だった。
「ほっ!!」
わたしは、跳んでいたんだ。高く、それは高く。
攻撃を飛び越えて、すたっと着地する。
ハンマーを構えて、走る。
先生から課されたミッションは、避けた上で反撃を決めること。彼女に接近し、攻撃を仕掛けようとする。
しかし、
「えい」
不意に先生はわたしに、デコピンをしてきた。すると、
「う…」
わたしはなぜか、攻撃しようとする手が止まってしまった。あれ、痛くないのに、どうして……。
その隙を突いて先生が、ダバダバと水を飲ませてくる。
「がぼっ……んがが…!」
結局わたしはいつも通り、水風船になってしまうのだった。
せっかく、避ける方はできたのに……。
(五)
修行の後は先生の家に寄って、振り返りをするのが定番になった。
時々メイさんもついてくるけど、今日は二人だけである。
先生がポップコーンを口にかき込みながら、
「どうやらあなたの強みは、打っても効かない体質と、高いジャンプ力のようですね」
と話す。
今日の夕飯は、キャラメルポップコーンだって。先生が作ってくれた。甘い……。
「ジャンプ…ですか?」
わたしもポップコーンを食べながら聞く。甘い……。
先生が答える。
「えぇ。先程わたしの攻撃を、跳び越えていた。高さはあなたの身長分…、一メートル半って所でしょうか」
この時のわたしの身長は、確か145センチ。それくらいの高さを、わたしは跳んでたようだった。にわかに信じがたいことだった。だって、
「今、そんなに跳べないですよ。50センチくらいしか……、えい! えいっ…!!」
実際にやってみても、一メートル半も跳べない。
それに対して先生は、
「ピンチに無意識で出した物ですから、そう簡単には再現できないと思いますよ。ただ、そういった力があるのは確か…。特訓のメニューを、その方面に強化すべきかもしれませんね」
考えておきます、と付け加える。
独り言のように話すその姿は、何だか頼もしく感じた。
先生がふとわたしを見て、
「あぁそれと…、わたしに攻撃する時に、迷いが出ていましたよ。そういう隙は、実戦では命取りになるので。消し去ってください」
ぎくっと、わたしは気まずくなった。
やっぱりバレてた……。
先生をハンマーで殴ろうとした時、『殴っていいのかな』と抵抗を感じたこと。
だから、痛くもないデコピンだけで、手が止まってしまったんだ。
「しっかりしなさいな。あなたが消えては、あなたの友達の命もないんですから」
先生の言葉に、
「はっ…、はいぃ!」
わたしは返事をする。
先生が何か指導する時は、いつもこんな感じ。大したことないように言われるけど、わたしにとっては一大事だ。しっかり心に命じなきゃならないわ。
わたしが弱くては、メイさんたちを守れないんだから……。
「迷わず殴る。迷わず殴る。迷わず殴る。よし、覚えた。次は勝つ…」
繰り返していると、先生が、
「まぁ避けることができた分、今日の所は及第点でしょうね。フフッ…」
眼鏡を右手で持ち上げ、赤い目を覗かせて言った。
先生は時折、こうやって眼鏡を外して笑うことがある。
癖、なのかしら……。分からないけど、こういう時の先生は、嘘をついてない。そんな気がする。
そんな先生の言葉にわたしは、根拠もない希望を覚えるのだった。
修行の生活は、来る日も来る日も続いた。
次回は6月8日(日)更新予定です。




