第3話 ハートコントローラー
「誰か、こいつを止めろ!」
「先生呼んできてー!」
クラスは騒ぎになっていた。わたしを掴み、頬を繰り返しぶつエイジ。
「だからお前、やめろって! 落ち着けよ!!」
周りの男子たちにまた掴んで止められた所で、その少年は暴走を止めた。ぴたっと。そしてはっと我に返ったように、
「……? あれ…………?」
教室に掛けられた時計を見ると、長針が五分進んでいた。五分経って、効果が切れたんだ。
「あっ、…これは……」
目の前の状況を飲み込めてない彼の元に、先生がやってきた。
「こらぁ!! 何をしている、球本影侍!!」
そうして彼は、どこかに連れてかれてった。結果教室には五分間殴られたわたしと、それを目撃したクラスの人たちだけが残った。みんながわたしを変な目で見てて、居心地の悪い空間だった。
放課後になった。
わたしを殴ったエイジって少年は、やっと教室に戻ってきた。わたしがいくつも授業を受けてる間、ずっと生徒指導室に缶詰めにされてたんだろうな。
「住伏」
「ん、あれ? あんた…」
こいつ、いつの間にわたしの名前なんか覚えたんだろう。
「すまんかった!」
ぼてっとわたしの机に頭を置いた。それを見て妙に気持ちが焦った。
「わっ、やめてよ! 別にいいわよ、わたししか痛い目あってないから。っていうか痛くもなかったし…。人に頭下げられるような身分じゃないわ。顔上げて!」
この少年が好きでわたしを殴ったわけじゃないと知ってるもんだから、気の毒に思った。先公からのお説教で疲れてるだろうに、随分とお人好しなものね。わたしを心配するなんてこいつは…。
「それより少年、なぜ自分があんなことしたのか分かるかい?」
「いや……、分からねぇ…」
あら、やっぱり。ハートコントローラーで操られた奴ってそうなのよ。コントローラーで植え付けられた気持ちってのは中身空っぽで、根拠も理由もないから。
「なんで住伏を殴ったのか……考えても考えても全っ然分かんねぇ…! 分かんねぇから怖ぇんだよ。次はいつこんなことやらかすか……!!」
弱音を吐くエイジ。あの噂話の少年に聞いた事件の加害者も、同じこと言ってるらしい。殴った理由は分からないって。そしてこの少年は五分間ずっと、周りに止められながらもわたしを殴っていたな。これも同じだ。
「まぁ心配しなさんな。またお前が暴走したら、わたしが殺してあげるわよ」
「ほ…、ほんとか……?」
「あぁ。こう見えてわたし、殺人術持ってるのよ。お前のような一般人を殺すくらいわけないわ」
「じゃ、絶対殺してくれよ! オレが暴れ出したら!!」
「わ、分かったわよ…。肩掴まないでよ」
泣きながら殺せって頼まれるなんて、初めての体験だわ。
まぁその前に暴走の元凶を消してあげるけど。この少年はきっとわたしを殴るように操られた被害者だ。そして他の暴力事件も多分そうだろう。なら問題は、ハートコントローラーを使ってる犯人が誰かだが………。
待てよ。そういえばあの時…。一つ思い出したことがあった。
わたしが前の席の少年から噂話を聞いてる時、このエイジって奴は呼び出されてたわ。担任の先生から。こいつがわたしを殴ったのは、そうやって先生と関わったすぐ後だった……。
わたしは彼に、
「少年。あんた、わたしを殴る直前に先生に呼び出されてたよな」
「え…? あぁ、確かにそうだけど………」
「その時何か、変わったことはなかったかい?」
「か、変わったこと…?」
ハートコントローラーには色々とルールがある。まずセンサーから出るHT線をぴったり心臓に当てないと、その人の心はスキャンできない。さらにセンサーの有効範囲は半径一メートル以内しかない。
次にスキャンした人間の心を操れる時間は五分間で、それを過ぎるとコントローラーの効果は切れる。
そして一度操った相手の心にはコントローラーに対しての免疫ができ、24時間操れなくなるということ。
つまりこの少年がコントローラーで操られた結果わたしを殴ったとしたら、その直前にコントローラーのセンサーを心臓に向けられてるはずだ。だから彼と関わってた奴が怪しい。
「あ、そういや…」
「えっ、心当たりがあるの? どんなこと!?」
「わっ、近っ…! えっと、なんかずっとスマホいじってたんだよ、先生。あと何も言われてないのに、もう行っていいって言われたぜ……」
スマホ…。それかも! ハートコントローラーの外見は、スマホにそっくりだから。
よし。
「少年。ちょっと待ってろ…」
「えっ?」
席を立ってわたしは、
「お前をいじめた奴、わたしがぶっ飛ばしてくるから!」
わたしは走り出した。
「おい、どこ行くんだよ。住伏!」
わたしたちのクラスの担任の先生。そいつに話を聞きに行こう。
さてと。
職員室に来てみたはいいものの、どうやって確かめるか……。先生がハートコントローラーを持ってるってこと。
「はぁ、回りくどい方法も思いつかないや。ここは直接先生を呼んで…」
しかし、何の偶然か。
例の担任の先生は職員室から出てきた。スマホをいじりながら。そしてそのスマホの背面には、『HEART CONTROLLER』と書かれている。
間違いないわ。この先生、ソレを持ってる。
ぐいっ! と腕を引っ張ってやった。するとそいつがそれを床に落としたので拾い上げて、
「これ、人の心を操れる道具よね?」
確かめると、やっぱりそうだった。うちのクラスの担任が、使ってたのね。
「小僧……。時計台に来い」
わたしは先生から呼び出しを受けた。
学校の外れにある、てっぺんに時計の掲げられた塔。中に入ることができたのか。
来たのは最上階、時計の裏に設けられた展望スペース。柵に囲まれてるが、それを越えて落ちたら下は海だ。この高さ、普通の人間だと生きては戻れないかもね。
「ここならそう人目に付くことはねぇ。さぁ、話を聞かせてもらおうか」
奴から奪ったコントローラーの使用履歴を開くと、いろんな人に対して『~を殴る』とプログラムしたことが分かる。その数11件。その最新の所に、あのエイジって少年に使ったと思しき物がある。プログラムの送信時刻が、わたしが殴られた直前になってるわ。
「貴様、なぜハートコントローラーの存在を知っている?」
聞かれたことにわたしは答える。
「昔これを使って悪いことする奴と、会ったことがあって。どうせこんな裏社会の道具知ってる奴はそういないだろって、高を括ってたんでしょ? この使用履歴からして、葉後高校の生徒を操って暴力を振るわせてた元凶はお前だな」
「あぁそうだ。理由が知りたいだろう? 教えてやる……」
堅っ苦しい喋り方をするな、このおっさんは。理由とか、別にどうでもいいのに。
「ハートコントローラーの開発者であり、”ハート業界”の創設者であるゲイテ。奴からそれを受け取った時は驚いたもんだ。心を操る道具なんざ、その目で確かめねぇと到底信じられるものじゃねぇからな」
”ハート業界”のホスト。それなら聞いたことがある。そいつの電話番号も知ってる。
「俺がコントローラーで打ち込んだプログラムで、生徒たちが暴力を振るう。そして誰一人俺という元凶の存在に気付くことはなく加害者に罰を与え、そして恐れる…。こんな気分の良いことはねぇ!! なのに貴様が、その楽しみを邪魔しやがった………」
なるほど……。
「要するに、お前がむかつく奴だってことは分かったわ」
ハートコントローラーは、ほとんどの人がその存在を知らない。だからその被害を受けた人は、自分が操られたことも分からぬままその先の人生を生きることになる。
そんな理不尽な運命を背負った友達に対して、わたしができることは一つだ。
「小僧、そいつをどうするつもりだ?」
「こうするわ」
わたしはハートコントローラーを破壊した。バキンと、真っ二つに。
「こんな完全犯罪ツールがわたしの友達をいじめるんなら、とっとと見つけて破壊するべきだったわ」
思い浮かべるのは、わたしに頭を下げるエイジの顔。これでもう、こんな道具は使えなくなったわ。卑怯な手は封じられたってわけだ。
「小僧、ここで殺せという意味か」
奴がナイフを取り出した。
「俺は葉後高校の教師、狂布角刺だ。完全犯罪が封じられたなら、堂々と貴様を消し去ってやる!!」
わたしを殺そうとしてるのか。その後わたしの死体だけ残して、どこかへ逃げるつもりだろうか。
「わたし、強いよ」
「どの程度だ?」
どの程度か。それは………、
「”ハート探偵”、草子愛亜さんをいずれ越えるほどだよ」
わたしの言ったことに、奴はとても驚いていた。
次回は11月24日(日)更新予定です。