第29話 恋文
2023年3月1日(水)
近頃は、風が温かくなってきた気がするわ。もうすぐ春、なのですね……。
”イニシャルキラー”と名乗る奴らと戦って、一か月ほど経った。
「あ! あのアンが…、べ…勉強をしている!?」
わたしが数学の問題集をやってるのを見て、クラスのみんなは変な顔をしている。口をあんぐり開けたり、目を固まらせたり。
「嵐が来るぞ—————っ!!」
と叫ぶ男子たち。人が勉強してるだけで、大げさじゃない……? 学生だぞ、わたしたちは。
だけど、確かにその通りだ。勉強が戦闘よりも嫌いなわたしが、勉強をしている。これには深い事情があるんだ。それをみんなに説明。
「次のテストで悪かったら、留年するぞって、キョウが言うんだ」
すると、その内の一人が、
「そりゃあ、一大事でごわすな!?」
と言った。
来週から、年度末のテストがあるんだ。わたしは成績が悪いから、留年の危機なのだ。
近くの席の、勉強のできる人がわたしに、
「確かにアナタ、毎回20点とか30点ばっかりですもの。次のテストで頑張った感を出しておかないと、まずいですわね……」
現実を思い知らせてきた。うぅー、しんどすぎ。でも、やらなきゃ……。
40点を下回ると、欠点という扱いになる。それを越えなきゃダメだから、10点以上は上げなくては。しかも、全教科だ。
「頑張んなきゃね、住伏くんー!!」
「だから、頑張っているんだ」
問題集の数式を眺めて、テンションを落とす。そして呟く。
「あんたらと違う学年になるのは、嫌だから。勉強して、何とか二年生にならないと…」
軽い気持ちで言っただけ。でも、随分と喜んでくれたらしい。
「よぉっし! オレらもアンを応援するぞー!!」
「ふれー!! ふれー!! アン――!! わっしょい、わっしょい――!!」
と、男子たちが踊り出す。
「いや、迷惑…。気持ちはうれしいけどね」
この教室で勉強しても、進まなさそう……。わたしは、そう思うのだった。
放課後。勉強には、すっかり飽きてしまった。
「なんで一人で、こんなことをしなきゃならんのか……」
机に突っ伏して、ダウンする。興味ないことを一人でやる……。こんなに疲れることなのか。
ぼけーっとしてると、あることを思った。それは、
「メイさんに会いてー…」
声に出して呟いてみる。よく心の中で、わたしが言ってること。
その独り言が聞こえちゃったのか、クラスの人が、
「メイさんって、誰でありますか? もしかして、好きな人のことでありますか!?」
と話しかけてきた。
もう一人の人が、
「ごめんね。勉強つらそうだなーって思ってさ…」
と。なんだ、あんたたちかー。別に謝ることないのに。
この人たちは、ミカさんとレイナさん。
『メイさんって誰?』。その質問に答える。
「わたしの友達よ。中学の時のね」
『友達』。その言い方に、違和感を覚えた。自分で言っておいて、妙に引っかかるの。
だから、
「と言っても、今はもう友達じゃないんだけど」
と訂正する。
「え? なになに?」
「どういうこと……? でありますか?」
不思議がる二人。こんなこと話しても、意味ないのにな……。そう分かってるのに、独り言モードが出る。
「守れなかったのよ。わたし、その人のこと」
思い出すのは、中3の3月のあの日……。
「その人に悪口を言って、挙句の果てには見捨てた……。まぁ、先生が助けてくれたから、その人は無事だったんだけどさ」
『先生』のこと、ミカさんとレイナさんは知らないぞ……。相手に分からない話をするのは、良くないよ。
「そう。わたしは友達を平気で傷付ける、馬鹿な人間……。それを思い知ったのが、ちょうど一年前のことだった……」
相手の気持ちを考えない、勝手な自分語り。わたしは今、それをやってる。
でも、言ってることは、嘘じゃない。
わたしは、メイさんの友達じゃない。だって、わたしは……。
2019年から2021年まで。わたしは中学生だった。その時期の話になる。
中1までのわたしは、しょっちゅう泣く奴で、友達もいなかった。弱っちぃのに、すぐに怒る。そんな性格だったから、いじめられっ子だった。
泣いて、それを見られるのが惨めだったな。
『もう、人前で泣くのやめよう』。そんなことを考えながら、中2になった。
2020年4月6日(月)
わたしの育ちは、葉後島の、心路村。
通ってた中学校は、心路中学校。
その二年虹組の教室にて。
自分の席で突っ伏していたわたしに、メイさんは話しかけてきた。
「ねぇ。元気? 元気? 元気元気元気元気元気元気元気げんき?」
元気って言いすぎ……。当時のわたしは、そう思った。
この時のわたしは、喋り方がきつかったから、
「聞きすぎだろ。元気じゃねぇよ」
と返したっけ。
名前を聞かれたから、住伏暗って答える。
「お前は」と聞き返すと、
「わたしは、櫻花明っていうんだ。なんと! 今日が、誕生日だよ! 14歳になりました!!」
なに、この人。めっちゃ喋ってくるじゃん……。知らん人にこんなに話すこと、自分にはできない。
メイさん——後にそう呼ぶようになったが、会ったばかりの頃は名字の呼び捨てにしていた。——が、
「ずっと寝てたから、元気ないのかなって思ったの」
と。それで何回も『元気?』って聞いてたのか……。
「別に。誰とも話さないから、寝てただけ。友達いねぇから」
説明する。周りがにぎやかなのに、一人だけ机に突っ伏してるのは、浮くんだろうな。メイさんが、
「友達がいないの? じゃあ…、」
お前は孤独だ!! そう言われるかと思ったけど、違った。彼女はわたしに、
「わたしが、最初の友達だね!」
と言った。
「いや、友達になるの、早いな……」
友達がいなかったわたしに、メイさんの言うことは、困惑するものだった。
友達。それが自分にとって、どれほど大切なものか。
この時のわたしは、まだ知らなかった。
2020年10月27日(火)
わたしの目の前で、メイさんは捕まった。『心王』と名乗る、ハートコントローラーを使う男に。
「この娘には、俺の作った世界を、見届けてもらうぞ」
と言って心王は、メイさんを連れ去ろうとした。
わたしは、恐怖で何もできなかった。奴を止めて、メイさんを助けることが、できなかった。
『ハート探偵』と言われる草子さんが、メイさんを助けてくれた。
彼女はわたしを、『ハート業界』という世界に誘った。
「”ハート業界”に興味あんなら、結構やばい所だから、ちゃんと鍛えてから入りな」
草子さんが言うには、その世界では誘拐とか殺人とか、やばいことが行われてるらしい。
”ハート業界”に、行くかどうか。わたしは、一週間悩んだ。
2020年11月3日(火)
家の自分の部屋で、わたしは考え込んだ。
「もう……、メイさんが怖い思いするの、やだよ…」
メイさんは心王に連れていかれる時、笑ってた。『大丈夫だよ』って言ってたけど、顔は泣いてた。
あんな強がりを、もうさせたくない……。
どれだけ長い時間、一人で悩んだか。
「あんな顔で『大丈夫』なんて……、もう言わせちゃダメよね」
わたしは自分に決心を付けるように、立ち上がった。
「よし……………。わたしは、『ハート探偵』になるぞ…!!」
この日わたしは、そう決意した。
強い人間に、なりたいって。
メイさんを守りたい。そう思ったからだった。
2020年11月25日(水)
心王や草子さんとの遭遇から、一か月近く経った。
わたしは『ハート探偵』という物になるために、模索の日々を過ごしていた。
やるって言ったのに、何をやればいいか、分からないの。
だってわたしは、体力もないし、特技もない。悪い奴と戦うための、取り柄がないよ。
「アンが強くなる方法………。ハンマーなんてどう!?」
「校則に引っかかるよ。そんなの持ってたら」
メイさんも、一緒に考えてくれてる。わたしのことなのに、なぜかメイさんまで悩んでる。
彼女が、
「ルミちゃんとかユウカちゃんとか、何か知らないかな…。そうだ、クラスのみんなにも聞いてみたら!?」
と提案するけど、わたしにはそんな友達いないんだよな。
メイさんの机の上には、テスト勉強に使ってる問題集があった。それを見ると、申し訳ない気がして、
「あんた、今勉強してるでしょ。わたしのこと考えてたら、成績落ちるわよ」
そう言った矢先だった。
ザワッ…!
教室が、不穏にざわつき出した。
教室の入り口に、大男がいた。
この学校の生徒じゃない。そう人目で分かる、不気味なオーラの男が。
「お………オオ……」
と唸るそいつは、40代から50代くらいだろうか。屈強な体格を揺らしながら歩き、教室内を見回している。
そしてこっちを見るなり、
「お前が……メイ…」
と、メイさんに視線を定めた。メイさんもそいつを知らないようで、
「誰? あの人…」
怪訝そうに呟いている。それなのに、その男は、
「やっと……。やっと…見つけたァ…」
ゆっくりと、ゆらゆらと歩いてくる。
その姿は、嫌な感じがした。前に会った、心王と似た雰囲気……。まさか……。
メイさんの友達であるユウカさんが、
「め、メメメ、メイちゃん! 危ななな…!!」
慌てながら、メイさんに駆け寄ろうとするが、
「邪魔だ…」
ドスン!!
と、奴に突き飛ばされてしまった。
それを見たメイさんが、逆にユウカさんの元に駆け寄る。
「ユウカちゃん!!」
「ぐ…ぐう…」
そんな二人を、あの男はロックオンしている……。
胸がざわっとした。
「二人を守れ―――――っ!!」
わたしは叫んだ。それに、
「了解ぃ———っ!!」
クラスの人たちが、応じてくれる。みんなが、二人の所に行く。
ここだ……。
友達を守るために、悪い奴に立ち向かう。前はできなかったことを、今こそ……!
わたしは奴に近付いて、その腹を殴ろうとした。
しかし、
「お前は……弱い…」
「ぎっ…!?」
その腕を掴まれ、わたしは、軽く投げ飛ばされた。
「どわぶっ!!」
と床に叩きつけられたわたしに、クラスメイトの男子が、
「アンっ!! 大丈夫か!?」
駆け寄ってくる。
「う、うん。痛くないから…」
答えるわたし。そうだ……。
わたしは、打っても効かない体質だ。ダメージは一切入ってない。
なのに……、その男が大きく見えた。
やばい……。強い、こいつ……。
これが、力の差か。そう実感させられた。勝てないと。
凍てつく目をした奴は、手に何かを持っていた。
それは、スマホのような物だった。わたしは戦慄した。
スマホじゃない……。これって…!
「おい、アラタ逃げろ!!」
わたしを心配したクラスメイトに、言った。でも、遅かった。
ビタッ!! と、わたしは体が動かなくなった。
ハートコントローラーだ。
その男は、ハートコントローラーの使い手だったのだ。わたしの心を、コントローラーで操ってるんだ。動かないように。
そして、
「消えろ…」
ナイフを持って、そいつはわたしに襲いかかる。
「やめて——!!」
メイさんが言ってるのも、奴は聞かない。
もうダメだ、殺される……! そう思った瞬間だった。
ばしゅうぅん!
わたしの前に突如、水柱が舞った……ように見えた。
その水は、きれいな矢を描いて、その男に突き刺さった。そして、奴を教室の外に、ぶっ飛ばしたんだ。
今のは、魔法……? 何が起きたか分からないわたしの前に、その人は現れた。
「お子様相手に、ハートコントローラーを使うとは……。大人げないですね」
大男をぶっ飛ばしたのは、これまた知らない女の人だった。
その人は奴が落としたコントローラーを奪い、
バキッ!!
と片手で握りつぶし、その破片を床にばら撒いた。
「あ……、あの人は………?」
冷静になるために、わたしは呟いた。
草子さんと、似たようなオーラの人だった。もしかして、この人も……。
その予感は、当たっていた。
その人は、『ハート探偵』だったからだ。
次回は5月25日(日)更新予定です。




