第28話 あなたのために
「決着付けるぞ、1A!!」
奴に向かって、わたしは叫んだ。奴はイラついて、何かを呟いている。その声は徐々に大きくなって、
「僕は”イニシャルキラー”の1A…僕を救ってくれた”X”のために…XのためにXのために……!!」
わたしを睨んだ。
「Xのためにっ!!」
来るっ!!
奴が突っ込んできた。速い……、けど見切れる。慣れたから、さっきよりは遅く見える…。
ナイフをハンマーで受け止める。奴は手を休めず、次を仕掛けてくる。読み違えたら殺される、ギリギリの攻防……。心がビリビリするわ…。
「僕はずっと…、一人で生きてきた! 生まれた時から…ずっと……!!」
ドカッ!! と叩きつける力が強い。重い…。
「うっ…!!」
衝撃で後ろに弾かれる。そこに追い打ちで、ブーメランアックスを投げてくる。すかさずジャンプで上によける。
「友達からも、家族からも愛されず…! いじめられてきたんだ!!」
「わっ…!!」
「それを救ってくれたのがあの人、”X”だったのだ!!」
ナイフを持ってない方の手で、首を掴んで拘束される。後ろからはブーメランアックスが返ってきて、このままじゃ挟み撃ちだ…。
「この…!」
上からハンマーで腕を叩いて、捕縛をほどく。
下に抜けてブーメランアックスは避けたが、今度は頭上からナイフが降ってくる。
「”X”のために!!」
「のわっ!!」
横に転がることで回避。
「僕はここで!! お前を!! アンを!! 消すっ!! しくじるわけには行かないんだァ!!」
「んなもん……!!」
下から跳び上がって、奴の顎に頭をぶつける。
「知らねえ!!」
「ぐがっ!! ぐ………」
怯んだ。よし…!
「”心臓”…!」
これで決める! そう意気込んで仕掛ける。
しかし、簡単には行かなかった。
「ぬ……うおおおおおおおお、アン―――――――――ッ!!」
キレた奴は、さっき以上のスピードで飛びかかってきたんだ。透き通ったナイフの残像が、わたしの胸へと近付いてくる…。
「”暗殺”ッ!!」
「うわっ!! 痛だだだ!!」
間一髪、直撃はしなかった。けど完全にはかわせず、横腹を斬られた。痛みで思わず、そこを抑える。そこが、痛むのよ。
「くそ、早くしないと……。倒れたら、絶対立てねぇ…。時間がないってのに…!」
さっき喰らった毒針のせいか、体がバテてきてるんだ。動けなくなる前に、あいつを倒さなきゃ…!
「何が”ハート探偵”だ!? 何が友達を守るだ!? クソくらえだ!! 友達は、利用する物だ!!」
また同じ攻撃パターンだ。正面からナイフを刺しに来る。ただ、速い。
「偉大なる”X”の野望の前に…!! 消えちまえェエ!!」
ここで負けたら、あの人たちに手を出される…。ちゃんと勝たなければ。
「これで終わらせてやる……。”心臓”…!」
わたしも、奴の心臓に狙いを定める。大事なのは、タイミングだ。ちゃんと標的に当たるタイミングで、ハンマーを繰り出せ。全身から手に、感情を集中させて…!
「バース…」
クラッ…。
「えっ…!?」
左足が、よろけた。あっ…、力が……。ハンマーを振れない………。
バランスが崩れたわたしの左胸に、真っ直ぐにナイフが来ている。やば………、こんな時に毒針のダメージが……!
避けきれ……ない…。
「”暗確殺”ウゥッ!!」
グサアッ!! 心臓のすぐ下に、ナイフが突き刺さる。こっ、これは……!
「うわアァあァ…!!」
痛い!!
………………、痛みが…消えていく。やばい……、意識が遠のいていく。
「アン!?」
どうやらわたしは、倒れたらしかった。誰かが心配して駆け寄ってくるのが、微かに聞こえる。多分…レイナさん。
「アン!! そんな……!」
「アン!! 起きてください!! 寝たら起きれなくなるわよ!?」
レイナさんに…ミカさん……? うん。分かってるけど………。体が…起きないんだ…。
「あ、アンを保健室に――!! 治療してもらってくれ!!」
今度はエイジやキョウ、男子たちの叫んでるのが…。
「この悪い奴は、オレらが何とかするから…とにかくアンを助けてくれ!! オレらのために、戦ってくれたんだ!」
「あぁ大丈夫だ! 早く連れてけ!!」
あのバカな男子たち、1Aの前に……? やばい…、助けてやらなきゃ………。
…ダメだ。もう…立ち上がる気力が……無…い………。
「う、うん…! でも保健室よりも、救急車呼びましょ!!」
「保健室にも行ってくる……! 絆創膏とかいっぱい…!!」
みんな………。た、立たなきゃ……。
メイさん……、先生……。なんとか……………。
——————————。
しばらくして。
すっ…と、体が軽くなった。あれ…? 立てる…。なんで……。
立ち上がると、そこには若亭がいた。さっき教室から出ていったけど、戻ってきていた。その手に持ったハートコントローラーの画面には…、『1Aを倒すまで倒れない』とあった。
わたしの心に、ハートコントローラーでプログラムしたんだ…。あいつに勝つように………。心を操って、むりやり気力を引き出した。
若亭がわたしを見る目が鋭い。勝たないと承知しないって、脅されてるみたいだ。
とにかく、体に力が湧いてきた…! 感情が高ぶる………。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
叫んだ。
「アン……?」
突然わたしが立ち上がって、クラスのみんなはびっくりしている。後ろで、若亭が呟くのが聞こえた。
「行け。友達マニア」
わたしを見て1Aは、
「ハートコントローラーで強引に闘志を引き出すとは…余計なことを!! だが、その気合いに身体はついて行けるのか!? もう限界なんだろう!?」
「それくらい分かってるよ…!」
分かってるよ。体はもう限界…、だけど気力があるなら! それがコントローラーの効果なら、保つのは五分だけ。一発で決める…!
もう一度ハンマーを持って、奴に向かってく。
「だけどこの人たちのために!! お前なんかに、わたしは負けねえ!!」
わたしを悪い奴から守ってくれた。殴ったことを謝ってくれた。お話に入れてくれた。わたしと話してて、笑ってくれた。何より、「友達」と言ってくれました。
わたしはこの人たちの友達だから。負けるわけには行かないんだ。
友達がピンチの時に、ちゃんと守れる。そんな強い”ハート探偵”に、わたしは……!
「”心臓”……!」
「思い上がるな!! お前に壊せるような、僕ら”イニシャルキラー”の野望じゃないぞ…!!」
向こうも何か、仕掛けてくる気だ。だけど…、
「僕の勝ちだ!! ”暗確殺”!!」
ナイフが胸に刺さる。でも、
「がっ……! おりゃああああああ!!」
退かずに突っ込むだけ…!
「”破壊”オォ!!」
ハンマーを、奴の心臓にめり込ませる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
両手に握ったハンマーに、全感情を乗せる。夢中で、みんなのために。
リオン、キョウ、セイくん、それからレイナさん、ミカさん、カナデさん、カイ、ナル、ソウタ、コウタ、ミワさん、ルナさん、エミさん、マイさん、リヨさん、ホノカさん、エイジ、コウヨウ、ユウト、レンヤ、ハルキ、シン、イロト、ケンペイ、カイト、ハル、トウジョウ、シュウ、ユリさん、トウカさん、ミオさん、チカさん、アキさん、リツカさん、カスミさん、ミクさん、サクラさん、ハルカさん、フミさんのために!
そしてついに。
1Aの体がわたしの攻撃に押されて、
「オオオオオ……!!」
ドカン!! と宙に舞った。
その体は教室の窓を突き破って、遠くまで、遠くまで、吹き飛んでいった。
「……………はー……はー…は…」
やった…のかな。しばらく見てても、奴はここに戻ってはこなかった。そんな様子を確認して、わたしはやっと「勝ったんだ!」と実感できた。
「は……、」
1Aを倒した。そう思ったことでコントローラーのプロブラムから解放されて、わたしはその場に倒れ込んだ。
「アン!!」
レイナさんたちが来る。
「アン…ひどい怪我…! すぐに何とかしなきゃ…!!」
「…心配性ね……。これくらいで…わたしは、いなくならない……」
「そんなこと言ったって、血ぃめっちゃ出てるし!! どこかにお医者さんとか!!」
「それなら救急車呼ぶぜ!!」
「でも…今から呼んでも、間に合うかな…!?」
「分からんけど、呼ばねぇとアンがやばいだろ!!」
焦るクラスメイトの人たち。そこに、
「お医者さん連れてきたよ——!!」
と女子の人の叫びが入った。
「医者…? どこから…」
不思議がるみんなの前に現れたのは…、
「私が医者です! アンさんの治療、私がやります!!」
この声は、エンマくんだな…。前にわたしも、怪我を治してもらったことがあるんだ。来てくれたのね。
「でも医者さん、傷だけじゃなくて毒もくらってるっぽいんだ…。何とかなるのか………!?」
不安な質問に対しても彼は、
「大丈夫、すぐに解毒剤を作ります。私に救えない患者なんて、いませんから!」
と意気込んでくれてる。頼もしいわね……。
「ほ、ほんとか!? じゃあ…アンを頼むよ!! オレらのために戦ってくれた、大事な友達なんだ…!!」
必死に頼み込んでるのは、エイジか。エンマくんを連れてきてくれた人が、経緯を説明している。
「地組に医者がいるから呼んできてって、音雨くんに言われたの」
音雨くんって、キョウのこと。そうか、キョウが……。彼がわたしの元に来て、
「アン、恩に着るよ…」
と言ってきた。それにわたしは、
「これくらい……当然よ…」
と返した。
「友達だからな」
その辺りからか。徐々にわたしは、意識を失っていった。ここからしばらくのことを、わたしは覚えていない。
2023年2月1日(水)
覚ました目に入ってきたのは、真っ白な天井だった。あれ、ここはどこ…? 思うわたしに声を掛けてきたのは、
「アン…?」
レイナさんだった。眼鏡かけてないせいで見えないけど、声で分かるわ。
「あぁ。あなたね…。ここは、どこだい? それに、今は何日…?」
わたしの質問にも答えずに彼女は、
「よかった………、ほんっとよかったわよー!!」
わたしの手を強ぉく掴んで言った。え…、そんなに泣かなくてもいい……。
「このままずっと起きないかと思ったよぉ———!! アン―――!!」
「い、言ったでしょ…。わたしはいなくならないって。まぁ、心配してくれたのはありがと…」
話を聞くと、あのままエンマくんが治療してくれたらしい。怪我も毒も、ちゃんと克服したんだって。すごいな、彼…。そしてここは、
「学校の保健室か…。四日も寝てたの、わたし…」
「そうよ。あのエンマくんってお医者さんが、夜通し看てくれてたのよ!」
保健室のベッドを一つ占領してたとは、迷惑だったろうな…。まぁでも、エンマくんの家がやってる病院に運ばれなくて良かったか。そしたら、迷惑どころじゃなかったもの。
「あれから、みんな何ともないの?」
クラスのみんなについて聞いてみる。
「うん! 『催眠術』なんて物があるって話に戸惑ってはいるけど、その催眠術師も警察に捕まったみたいだし…。元気にやってるわよ!!」
『催眠術』。そういえばコントローラーの操りを、そう表現したのはわたしだっけ。
「アンが起きたって知ったら、みんなもっと元気になるわよー?」
「そ、そんな心配されてると思わなかった……」
「するわよ! 友達だからっ!!」
話しているといきなり、
「あぁ————————っ!!」
と部屋の入口から声がした。
「アンさんっ!! 起きたんですねー!?」
「あっ、エンマくんに若亭…」
二人揃って来るなんて。そういやこの二人、仲がいいんだっけ。エンマくんがわたしに近付くなり、
「うぉわあぁあん、良かっだでずぅ~~~~~!!」
と大声で泣き出す。え。
「な、なんでお前が、一番泣いてるの…」
「だっで!! だっでぇ!! アンさんは私にとっても、大切な人なんですよお~~!!」
横で見てるレイナさんが引くじゃないか…。
「病み上がりの所悪いが、話したいことがある。友達に外してもらっていいか?」
そう言うと、若亭はじーっとレイナさんを見る。しばらくして彼女が、
「え………えぇ!? わたし…!?」
急に『出ていけ』って空気を出されて、困惑している。
「すまねぇな」
「い…いえ! お構いなく…」
何の話か気になるだろうけど…、彼女は部屋の出口に向かいはじめた。そこにエンマくんが、
「みんなもアンさんに会いたがってるはずです。後で連れてきてあげてください!」
と。
「はっ…、はい!」
返事してレイナさんが出ていくと、若亭は早速、
「さて……。話ってのは他でもない。あの”イニシャルキラー”と名乗る連中のことだ」
秘密の話を始めた。
「その話だと思った…。若亭が探してた奴らだもんね」
「えぇ……。葉後島で起きている連続自殺。それを引き起こした元凶ですもの…」
そう。この葉後島では昨年の三月から、不可解な自殺が続いている。若亭がこの学校に生徒として潜入してるのも、その元凶を見つけるため。
そしてやっと、犯人と名乗る奴らを見つけた。
「待ってー!」
ガラッと窓が開いてそこから、
「”ハート業界”の話なら、オレも入るぜー!」
「なんで窓から入ってくるんだ」
蒼男が来た。こいつ、生きてたのか…。
「おぉ、アン起きたんだな! よーっす!」
「あーっ、はいはい…」
人数が増えてきた所でエンマくんが、
「とにかく一度、情報を整理しましょう!」
と、手を叩いた。
「じゃあ改めて言うが………。先日この葉後高校を襲ってきた、1A・2A・3A・4Aと名乗る殺し屋たちの話だ。奴らは自分たちを、”イニシャルキラー”という組織に所属していると言っていた。
そいつらは住伏亭のクラスメイトをコントローラーで殺そうとし、さらに自亭たちをも殺そうとしたが、いずれも失敗に終わった……。
さらに葉後島で毎月起きてる事件も、自分たちが仕組んだと言い張っている……」
若亭のまとめた情報。一気に言われると、頭の中がこんがらがるなぁ…。結局、そいつらが人をいっぱい殺してるって話だけど。
「若亭があいつら捕まえて、”ハート警察”に送ったんだろ? 何か手掛かりとか、聞き出せなかったのかよ?」
「あぁ。”ハート監獄”にぶち込んで、仲間がいろいろ問い詰めてる所だよ」
蒼男の問いかけに、答える若亭。
「拷問で聞いた所によると、”イニシャルキラー”は毎月13日に葉後島内の三か所に分かれて、コントローラーで人を自殺させてる。とのことだ。13時13分という同時刻に合わせてな。
だが、それ以上の情報はない。その組織の実態は? 目的は何か? それらを吐く気配はないらしい。ただ…、”イニシャルキラー”が見せる悪夢は、まだ始まったばかり………とのことだ」
なぁんだ。知ってる情報ばっかり…。組織のことは吐かないつもりのようね、そいつら。
「悪夢の始まり…。1Aが崇拝する”X”という者が、組織のボスなんでしょうか? だとしたら、彼は何を企んでいるのでしょう……」
「う~ん。むむむ……」
いろいろ分かんないことがあって、みんな不安そうね。だけど。
「そんなのわざわざ考えなくても、直接来るんじゃないの?」
「え…?」
蒼男とエンマくんが、こっちを見る。だから、
「現場に送った下っ端が帰らないってなったら…、その”X”って奴がさ!」
ここ、葉後高校にね。わたしの言ったことに若亭が、
「まぁな。1Aたちが計画の下見役だったなら、次の一手を仕掛けてくるだろう。奴らの目的は、葉後高校への『復讐』…。であるならば、その標的は、この学校の生徒も…教師も…全員かもな」
「それって、あの人たちも狙われるってこと…」
思わず呟いた。一年空組のみんなのこと。気が滅入るわ。やっと守ったばっかりなのに…。もっと厄介な敵が来るかもしれない、ここに……。
「嫌ー!! 来てほしくなーい!!」
「同じくです~~!! 怖いです~~っ!!」
びびりな蒼男とエンマくんには、頭を抱えるような話らしい。
まぁでも、来るんならやるしかないわね。誰が来ても、あの人たちに手ぇ出すんなら容赦しないわ。
わたしは心の中で、そう決め込むのだった。
次回は5月18日(日)更新予定です。