第25話 ヒーローの証
シーンと静寂に包まれた教室には、緊張が漂っていた。見つめ合うハートJと2Aの早撃ち対決。
2Aがレーザービームのボタンを押し、若亭の身体を貫くのが先か。それとも若亭が銃を取り出して、2Aの胸を撃ち抜くのが先か。
「おいどうした2A! 早くその手を掛けてるレーザーのボタン、押しちまえよ!!」
3Aの急かしに2Aは、
「分かってるさ。だが焦るな。100パーセント勝てる勝負だからこそ、油断は禁物だよ」
と、にやついている。勝利を確信しているね。
「あぁ~若亭…! 頼むから勝ってくれ……!! 悪霊退散、悪霊退散~!」
そう言って旗を振ってる蒼男にわたしは、
「なぁ蒼男」
「え………?」
あることを頼んだ。彼はびびりながらも、それを承諾してくれた。いや、何か嫌な感じがしたから…。
「ハートJ、破れたり…!」
2Aの表情に、力が入る。
パン! と乾いたクラッカーのような音が、風情もなく鳴った。この緊張感の中で拍子抜けするような、ちっぽけな音が。
それと同時、わたしは、
「アンか……」
「お前はわたしを殺るんじゃなかったのか?」
1Aと武器を交えていた。
「おい、邪魔すんなよ蒼神ィ!!」
「若亭を殺させはしないよ!!」
声が聞こえる。どうやら彼も、3Aを止めてくれたらしい。こいつら、若亭にブーメランアックスを投げようとしていた。
今響いたのは、発砲音を小さく改造された若亭の銃の音。つまり……。
「…!! な…ぜ………?」
苦しそうな声は、2Aの物。勝ったのは、若亭だった。彼が2Aの付けた”キラーファウント”の隙間から、奴の胸を狙撃した……。
「2A!?」
「馬鹿な!! …そんなはずは!?」
それに気付いて、1Aと3Aは血相を変えた。若亭が小さく呟く。
「拳銃くらい扱えて当然だろ。”警察”だからな。…あー足痛ぇ……」
すごい…。わたしはテンションが上がった。
若亭が腰のホルダーから銃を出して、狙いを定めて撃つまでの動き。2Aがボタンを押すまでのわずかな時間で、それを全部やったんだ。若亭、すごい…!
「2A!!」
1Aが叫ぶ。2Aは若亭の早撃ちスキルのすごさに、負けたんだ。
「はぁっ、疲れた…」
凍ってない右足と両腕を使って、立ち上がる若亭。
「住伏亭、自亭はこの足を解凍してくる。いいな? 早くしないと、足が死にそうなんだ」
「あぁ、行って!」
凍傷の片足を引きずって、教室の窓から外に出ていく。あの状態で戦ったんだから、気力も失せるよね……。
「あとは、わたしたちが!」
「なぁアン、オレも逃げても…」
「いいわけないでしょ! 馬鹿!!」
「だ、だよね!」
残る敵は、1Aと3Aの二名。倒れて動かなくなった2Aを見て奴らは、
「マイハ。こいつはよく戦った。こいつに代わって、僕たちがアンたちを殺すぞ。3A!」
「おう!!」
切り替え早いな…。そもそも何とも思っちゃいないか……。
「殺されるのは、お前らだよ」
「ギャ――ッ! キレてるぞ、あいつら——っ!!」
だがこの状況に水を差すように、何者かが教室の窓を割って入ってきた。
「誰だ!? また窓ガラス割って……!!」
見ると、そいつの顔は何だか見覚えのある物だった。高飛車な殺し屋……。
「待って、1A!!」
「! 4Aか……。てっきりアンにやられて、死んだ物と思っていたよ…」
4A? 何だ、わたしがさっき倒した女…。わたしの友達を殺すって言うから。そういえば、こいつは”キラーファウント”って鎧を着けてないな……。
「あぁ…。あの程度、痛くも痒くもないわ。見ていてちょうだい、アンはわたしが殺る!!」
意気込む4A。何だ、また来るのか!? そう思って構えた。しかし、それを1Aが止めた。
「待て! そんな話をしているんじゃないんだ、4A。…いや、サラ」
4Aの表情が不機嫌な物に変わる。さっきの『マイハ』といい、奴らの本名だろうか?
「ちょっと…あんた何のつもり!? 敵の前で…!」
いずれにしろ、あまりバラされたくない物らしい。怒る4Aに、1Aは一つ質問をした。
「なぜキミは今、”キラーファウント”を付けていない? 僕はキミにアンを殺してくるよう指示したが、その時も生身のまま挑んだのか?」
4A の表情が曇る。戸惑った様子で、
「は…はぁ? そんなの決まってるじゃない。アンを殺すのに、”キラーファウント”なんて使うまでもないからよ!」
「そうか。だが、その油断によってキミはアンに敗けた。分かってて、同じ失態を繰り返すのか……?」
何だか変だな、1Aの態度。二名の会話は続く。
「つ…次は勝てるわ!! あんなチビなんかにあたしが、二度も敗けるはずない…!」
「この葉後高校に一年近く潜伏し、奴らを観察した僕が言ったんだ。アンは油断ならないと。
サラ…。キミには敵の実力を、根拠も無く見限るという悪癖があった……」
また本名で呼んだ。
「そんなキミは我々”イニシャルキラー”の計画にとって、邪魔でしかない…。自分がどうなるべきか、分かるな……?」
数秒思考停止した後、4Aの表情が恐怖に染められた。
「まさか…!!」
「殺れ。3A」
「了解!」
3Aが”キラーファウント”の左手部分のボタンを、カチッとプッシュする。
直後、ビュン! と4Aの胸部に向けた左掌から、一本の細いレーザービームが発射された。
「アァッ!!」
苦しむ姿を見せた後、4Aは倒れた。ビームによって胸を焼かれて。あいつら、仲間を始末したんだ…。
「2Aは全力で戦った上で、ハートJに負けたんだ……。あいつの想いを無駄にしてはならないんだ! 油断するなよ、3A」
「あぁ……」
どがっと蹴って、4Aの体を教室の端に追いやる。その傷から焦げて煙が上っている。同じく、彼女の体を貫通してレーザーが当たった壁からも。
「まずは、蒼神をぶっ殺してやる!!」
3Aの視線が、蒼男の姿をロックオンした。しかし、
「あ…わわ……、」
当の蒼男は、パニックのようだった。敵がレーザーで殺られる所を目撃して、自分がそうなったらって考えたんだろうか。逃げ出した。
「もう無理!! こんなとこで死にたくねぇよ!」
腕を大きく振って、割れた窓へと一直線。
「馬鹿、敵を前にして逃げるなよ蒼男!! 殴るよ! ハンマーで!」
「嫌だ! オレは弱ぇんだ! こんな奴らに勝てねぇよお!!」
蒼男の奴、こんな時にびびり発動かよ…!
「背を向けてるほど隙だらけの奴ぁいねぇぜ―――!! ブーメランアックスゥ!!」
そんな彼へ投げられる斧。くるくる回転しながら、それは彼の背中を切り裂いた。ザックリと。そしてまた、持ち主の手に戻る。
「うっ…………、うわああぁああっ!!」
痛みで上げる彼の悲鳴が、悲痛なものだった。
「臆病者に逃げ場なんか、あるわけねぇだろう?」
3Aが彼の元へと近付く。そして言った。
「蒼神……、本名を春風天人。お前の慕っていた家族の奴らは、あの『マネキン事件』の被害者らしいな」
「え、家族…!? なんでそれを……」
『マネキン事件』のことを言われて、蒼男が驚く。彼の家族のことは前に聞いた。どういう仕組みか、ある日心の無いマネキンになってしまったと…。でもそれを、奴が知ってるなんて。1Aが、それも盗み聞きしてたのだろうか…。
「知ってんだぜ!? マネキン人間の話は、表社会でも散々報じられた!! その中に、お前の家族もいるんだろう!?」
「ぐわあっ! あぁ…!!」
蒼男の背中の傷を、足でつつく3A。さらに罵る。
「お前がここで逃げ出す弱虫なんだ。春風家の奴らは皆そうなんだろう? 父親も、母親も、弟も、妹も。弱くて卑怯な人間ばっかりなんだろ? 心王にマネキンにされちまって、正解だったんだよ!」
「…!! やめろお前! あの人たちのこと悪く言うな! がっ…!!」
反論しようとするも、蹴られる蒼男。彼の家族が、馬鹿にされてる。
「見ろ見ろ! 蒼神の家族の真似ー!! ………」
3Aがにやつきながら1Aに言った後、わざとらしく無表情になる。感情を持たなくなった、マネキン人間のものまね。
「ハハハ! 全然似ていないぞ、3A!」
「いや、テレビで見たマネキンどもは全部こんなだった! ほら。………」
体の力を抜いて、虚ろな目をしながら歩いてみせる。
「アッハッハッハ!! 確かに特徴は捉えているかな…? 面白い…ハハハハ…!」
笑う1Aと3A。マネキンになった人たちを茶化し、笑う。ガッと両手の拳を床に叩きつけ、蒼男は立ち上がる。
「ハハハハハ!」
「ハハハハハハハ!!」
笑う奴らに対し彼は、
「やめろォこのカタカナ野郎どもオ!!」
ぶるぶると体を震わせながら、叫んだ。
「あぁ!?」
「うっ……!!」
睨まれるとびびって、足がガタガタしている。
「お……オレにとって、あの人たちは誇りだ!! 親父たちを馬鹿にする奴は…、絶対に許さねぇ!!」
恐怖で泣きながらも、これが蒼男の叫びである。突然逃げるのをやめた彼を、奴らは怪訝な顔で見ている。だが、彼がキレてる理由なら分かるわ。
「確かにオレはお前の言う通り臆病者だけどな!! 背中に逃げ傷作っても…みっともなくても!! 通さなきゃいけねぇ意地があんだよ!!」
蒼男が家族の話をした時の、あの顔。彼は家族を守れなかったことで、心から悔いていたんだ。
「あの人たちを笑ったことも! この島の人たちを殺したことも!! 絶対許さない!! お前は必ず…、ここでぶっ飛ばしてやる!!」
服のポケットから、何かを取り出した。青い布……。何かの柄が入った。バンダナだ。涙の浮かんだ顔をしたまま、ぎゅっと頭に巻く。
「ハッ、それでパワーアップしたつもりかよ…?」
「親父がくれた。ヒーローの証だ!」
「ヒーロー? ふん、幼稚な家だな!」
「もう馬鹿にすんな。親父は…、」
両手で剣を持って、向かっていく。
「オレのヒーローだぞ!!」
ヒーローの証をまとった彼は、さっきよりも見違えて勇敢だ。気合いを入れる時に、あのバンダナを付けるのか。だが、
「レーザービィ――――ムッ!!」
「わわぅわあ———っ!!」
ビームがギュンギュン飛んできて、どうしようもない。泣きながら逃げ回る蒼男。
「どわ————!! ぎゃ——!!」
「何だそりゃ! 結局何も変わってねぇじゃねぇか!!」
「ぐおぉ―――っ!! ぬぅあ――――っ!!」
いや、変わったはずだよ。だって、あんなに気合い入ってたんだもん。何か手があれば………。
「このライフルで蜂の巣にしてやらぁっ!! オラァ!!」
3Aが”キラーファウント”の両肩のボタンを押した。二つの発射口から大量の銃弾が、太い直線をかくように撃ち出された。蒼男の胸を狙って、
「…!! 変わったさ! この時を待ってたんだ!!」
彼が逃げるのをやめた。何かをする気だ…。
腰を落として頭を伏せながら、銃弾の来る高さに横向きに剣を構えた。刃で銃弾を受け止める気? でも何のために……。
「ふん!! まずその目障りな剣をへし折ってやれ。ライフル弾よ!!」
蒼男の頭上を通過するライフル弾。その内の何発かが、剣の刃の部分に当たった。だがそこでわたしたちは、驚くべき光景を見ることになる。
「今だ!! バウンドしろ! ”神勝”!!」
彼は自分の剣に、そう語りかけた。すると。
剣にぶつかった銃弾が、逆方向に跳ね返ったんだ。勢いそのままに…いや、さらに加速して。
「何ぃ…!?」
驚く3Aに向かって、きれいな直線を描く。そして、
「”神鏡”! 行っけぇーっ!!」
キュン! と鎧の穴を通り抜けて、銃弾は3Aの胸にヒットした。
「ぐああああっ!!」
3Aが叫んだ。胸を抑えようとするが、鎧越しでは手が届かない。
「な…、なんで……!!」
その場に奴は蹲る。どうやら、今のだけで致命傷をくらったようだった。
息を切らして倒れた蒼男が説明する。
「はぁ……はぁ…、オレの剣は…刃の部分が動くように、バネが仕込んであるんだ…。衝撃を受けたら刃が引っ込んで、それが戻る勢いで……倍の力を跳ね返すんだ………。ぜー…」
バネ。そういえばこの前、「バネ付きの剣」って言ってたな。刃がバウンドして、受けた攻撃を倍にして跳ね返す…。かっこいい!
「お…俺が……こんな奴に………! くそっ…!! ……」
自分の敗北に納得できぬ様子のまま、3Aは気絶した。それを確認して蒼男は、
「か……、勝った………? …やっ……………やっっったあ~~~!! 勝ったぞ~…!」
両手を宙に突き上げて、絞るように叫んだ。そしてその後、すっかり気が抜けて寝落ちしてしまった。
「ぐう……、ぐう…」
何となくわたしは、
「お疲れ。蒼男」
と呟いた。さっき聞いたテントって名前がよぎったけど、「蒼男」の方で呼ぶことにした。わたしたちに名乗ってるのはそっちだから、多分そっちが正しい。
若亭と蒼男がそれぞれ一人ずつ倒して、残ったのは…。
「…………」
「あとはお前だけ? 仲間が三名もやられたな」
一人になった1Aの前に立つ。これはもう、わたしがこいつをぶっ倒す流れ…!!
奴のセリフがフラッシュバックする。わたしを怒らせるには、わたしの友達を傷付けるのが手っ取り早いって。よく調べてるな、わたしのことを…。
「あの人たちを守るには、お前をぶん殴ればいいんだな!」
廊下にいるあの人たちを思ってハンマーを構えると、奴に笑われる。
「まさか……この”キラーファウント”の防御を、ハンマーで破るつもりか? 今までの戦いを見た上で…?銃弾のように、ハンマーを隙間に通すことはできないぞ?」
確かに、この”キラーファウント”って鎧は硬い。”スタークリスタル”っていうので出来てて。若亭の殺人術のパンチでも、傷一つ付かなかった…。
さらに硬さだけじゃない。鎧の上にいろんな武器が付いてる。確か武器は六種類って言ってたな。その内判明してるのは、ライフル、火炎放射器、レーザービーム、アイスボール…。まだ出てない武器もありそうだが……。
「行くぞ!」
変に考えても意味ないわ。どうせ想定外なんて起こる物。ドッ!! 地面を強く蹴り込んで、真正面から突っ込む。
あの”キラーファウント”の、ど真ん中を叩き割れ!! 奴の心臓への道を開けるために。
奴が肩のボタンに手を置く。その腕のスピードが速い。さっきの若亭の早撃ちとも、引けを取らない。正面からライフル弾が来る! 軌道は直線…、右上にジャンプで避ける。
着地したとこに、休む暇もなくレーザーが。こいつ、速い…。わたしの行動を先読みして、攻撃を打ってきてる。強いよ、2Aや3Aよりも……。
頭狙いのビームを伏せてかわし、そのままゴロゴロ転がって移動。その先にブーメランアックスが放たれていたから、左手で床を叩いて寝たまま前に跳ぶ。ギリギリでブーメランの下をくぐった後、両足で加速を付けて奴の懐に突撃。
「速い……!!」
驚く奴の胸は空いている。”キラーファウント”の心臓部分に、下から頭突きをかます。
ゴオォォ……ン!! 甲高い金属のような音が鳴り響いた。奴の体が、鎧ごと壁まで吹っ飛ぶ。その衝撃で動かなくなった、今がチャンス…!
「…! くっ………!!」
1Aもびびっている。
突き破れ―――!!
走りながら思いっきり振り被って、ハンマーを叩きつけた。
次回は4月27日(日)更新予定です。