第23話 一年空組デスゲーム
血を大量に吸ったナイフの刃が、わたしの肩から抜かれる。その赤さを目の当たりにして、そいつは、
「住伏暗を刺したぞぉ————いよっしゃあ—————!! うおおおおおお!!」
と雄叫びを上げた。刃先から零れる滴を見せびらかすように、ナイフを突き上げて。
「あ………。あ…、アンが刺されたぁ———!!」
リオンが大声を出して、みんなに状況伝達する。痛みで血の気が引いて、わたしはつい座り込んでしまう。
「アン! おい…、お前大丈夫か!?」
「お前…!! 一体何のつもりだ!?」
わたしを心配して寄り添う人と、1Aにキレて問い詰める人に分かれる。それに当の1Aは、
「何って、僕は最初からアンを消すことが目的なんだよ! 我々”イニシャルキラー”の計画に、アンが邪魔になってるんでね…。アンの心を乱すために、友達である『セイちゃん』の自殺を仕向けたのさ!! ま、それは失敗に終わったがな」
やっぱり、『イニシャルキラー』。わたしを殺すために、わたしの友達を狙った………。
「アン、大丈夫…!? 大丈夫じゃないよね! ごめんね、いつもキミにばっか無理させて…!!」
「みんな——! アンを守れ―――っ!!」
「了解ーっ!!」
「こ、怖ぇー!! こいつ殺し屋だぞー!!」
1Aをわたしから守るように立つ男子たちに、叫ぶ。
「離れろみんな!!」
痛たたっ! 声を出すと、傷が開いてしょうがない。けどこいつは、おそらくハートコントローラーを持ってる。みんなの心をスキャンでもされたら、大変なことに……!
「そいつは催眠術の使いだ! 半径一メートル以内に近付いたら、自殺するように操られる!! 早く離れて!!」
わたしが指示すると、
「えっ、催眠術…!?」
戸惑いながらも男子たちは離れて、そいつから距離を取る。この際、不自然なんて気にしてられない。危険が分かるように言わなきゃいけないよな。
「フッ…、フフフ……。ハハハ…! あくまで催眠術として押し通すか。…いいだろう。その話に付き合ってやる」
「わたしを殺したいなら、わたし一人を時計台に呼び出せばいいだろ」
あの時計台の展望台なら、そう人目には付かない。なぜこんな教室で……。
「アン、もういいよ! 無理しちゃダメよ!!」
立ち上がるが、レイナさんに心配される。奴が、
「ふん。そうは行かないなぁ」
と笑った後、わたしの肩の傷を殴ってきた。
「ぅえっ…!!」
「アン!!」
またも地面に崩れるわたし。こいつ、移動スピードが速い…。攻撃を避けらんない……。
「キミを怒らせるには、キミの友達を傷付ける。それが一番手っ取り早いのさ!」
奴がナイフを、教卓の上に置いた。木目の上に、赤い染みが付着する。そして、
「この教室には今、一本のナイフがある。そしてクラスメイト39人全員が、それを知っている。おっと、正確には38人か? 一人は今気絶しているからな……」
長台詞をわたしに向けて話す。その様子はまるで、デスゲームか何かの主催者のようだ。
「この状況で僕が全員に自殺を仕向けたら…、どうなる?」
微笑む奴を見て、ゾクッとした。
まさか…!! いや、本当にやる気だ…!! こいつは。
「させるか、そんなこと! …うげっ!!」
「アン…!!」
殴って止めようとするが、軽くあしらわれる。やばい、体が痛くて力出ない……。
「さぁ、始めようか! ”ハートコントローラー地獄”!!」
ポケットからコントローラーを出し、それを持って教室を走り回った1A。その挙動は速くて、目で追えない物だった。
そして、気付いた時には…遅かった。
わたしを心配して駆け寄ろうとしてた人たち。その人たちが、足を止めた。表情を失った。
やられた………。
「くっそ、やりやがった…!!」
奴がわたしの耳元に寄って、
「あぁそうだ…。我々の使うハートコントローラーは、専用に改造してあってね。センサーで人の心をスキャンすれば、自動でプログラムが送信されるようになっている。プッ…!」
嬉しさを隠しきれず、にやけた様子で、
「『自殺する』とな…!!」
と言った。
1年空組のみんなが、コントローラーの手に落ちた………。
「分かるか!?凡人の考える死に方など、ありきたりで楽な物ばかりだ! ここは一階で飛び降りは不可能!! すると、どうなるか!? こいつらに残された死に方は、ナイフしかない!! 一本のナイフに群がり、我先にと身体を貫くのさ!! ハハハハ!」
つまり今クラスのみんなが、コントローラーの生んだ衝動で自殺をしようとしている。
「”一年空組デスゲーム”、開幕だ!!」
宙を見上げ、声高らかに奴が宣言する。デスゲームだと………? ふざけるなよ。
エイジが、卓上の凶器に手を伸ばす。血が付いてるのに、何の迷いもなく取ろうとする。
「危ない!!」
力を振り絞って飛び込み、わたしはナイフを回収。床に叩きつけられる。
「このナイフを破壊すれば……! いや、壊さずに持ったまま逃げるべきか…」
このナイフという手段が消えたら、次はどんな自殺方法を使うか分からない。わたしはどうすべきか、一瞬決めかねる。しかしそれすら、奴は見透かしてたようだった。
「あぁ、そうそう。そのナイフは超硬素材、”スタークリスタル”で出来ていてね。破壊することは不可能だよ」
「えっ?」
奴に言われて焦るわたしは、無色に透き通った刃をハンマーで叩いてみる。ゴチ!! と乾いた音が響くだけ。
「割れない……!」
その通りだ。このナイフ、硬すぎる………。何なんだよ、スタークリスタルって…!
そうこうしてる間に、操られたみんなが襲ってくるわ。そのナイフを奪おうとして。
「ぅわっち!!」
一番手に向かってきたエイジに、首を掴まれる。もう片方の手は、わたしが持ったナイフに照準を定めている。
「うわっ…、ダメ! これを取ったらお前死んじまうよ!! って言っても効かないんだよな…!」
この人たち、さっきまでわたしを守ってくれてたのに……。どんないい人でも、逆らえない。それがハートコントローラーの嫌さだよ。
伸ばしてくる手先から、必死にナイフを遠ざける。やばい、このままじゃ取られちゃう…。
「さぁっ…、どうする!?」
急かしてくる1A。どうするって…! いや、まだ方法はある。
「”ハート探偵”流・殺人術…、」
先生から学んだ殺人術は、攻撃だけじゃないのよ。”ハート探偵”流は、友達が操られた時のことも想定して作られてるわ。限界以上の脱力で体のまとう摩擦力を減らし、捕縛から抜け出す回避技…!
「”柔流脱外”」
スルッと手を滑らせることで、エイジの手から離れることに成功。
次は男子二人から、挟み撃ちでパンチが飛んでくる。これも殺人術の防御技で……。
「”硬止内守”!!」
二人の攻撃を、両手を突き出して受け止める。手先に感情を込め、衝撃を呑み込む。無力化した上で、軽く払う。これでピンチを脱出!
「あくまで攻撃技は使わず、防御だけで対処するか……。だが、それも長くはもたない…」
友達に手を出さないわたしに、奴はつまらなそうだった。
その後も危機は続く。何たって、数の暴力だ。どの角度から奪いに来るのか、まるで予測がつかない。跳び越えたり仰け反ったり、きりがないわ。
わたしの持ってるナイフの先端に向かって、ダイブしてくる人も。
「やべっ…!!」
慌ててナイフを、明後日の方向に投げる。そして白刃取りの要領でキャッチする。転んでナイフを放したら、またそれを奪おうとしてくるので、急いで拾い直して逃げる。
しかしその先には、外の景色の映った大きな窓枠。窓際に大人数で、わたしは追い込まれてしまったのだった。
「フフフ…。40近い数の人間が、同時に自殺を図っているんだ。いくらキミが並外れた身体能力を持っていても、一人じゃどうしようもない……」
窓の外に逃げる…? いや、外に出たらどうせ別の自殺方法があるよ。かと言ってこのままじゃ、押しかかってナイフを取られちゃう。そうなったらみんなは……!
「うっ…! 痛たたたっ……!!」
左肩にズキッと、鈍い痛みを覚える。逃げてる間に、傷が開いたらしい。
「もう……、終わりだ!!」
「…!! ぐっ………!」
奴が勝手に終わりを告げる。くっそ、冗談じゃないわ。
ハートコントローラーに動かされた人間は、絶対にそれに逆らうことはできない。この人たちは今、何の恐怖もなく自分を殺そうとしている。
くそ…!!
「ふざけんな! この人たちに自殺なんてさせるか……!! 友達を守れる”ハート探偵”に、わたしはなるんだ…! あの人にそう言ったんだ……!!」
友達の一人も守れなくて、何が”ハート探偵”だ…! 何とか、みんなを止める方法…。何とか……何とか………!!
そうだ……!
わたしは思い付いた。あいつのハートコントローラーを破壊すれば、きっとみんなを元に戻せる……! このまま逃げて効果切れを待つより、そっちの方が早いよ。
「フフッ…、キミが何を考えているかは、手に取るように分かる。だが無理だ。僕に近付いただけで、キミは強制的にその手のナイフで、自分を殺すことになるのさ」
「うるせぇ!!」
言いたいことは分かる。奴のコントローラーは、相手が近付いた瞬間に『自殺』をプログラムする。
それを狙って奴は、こちらにコントローラーのセンサーを向けてる。わたしがセンサーに近付いたら、破壊する前に操られてしまう。だからコントローラーは壊せない。だが……、
「どうせこの人たちに懸けてる命だ…。こいつらを殺すくらいなら、わたしが捨ててやるよ!」
それっ! とジャンプして、天井にナイフを刺す。その柄にぶら下がりながら、ぐるぐるとわたしは回転した。
「”ハート探偵”は!! 友達を守るスターなんだぞ!」
壁を両足で蹴ることで、ドギュン!! と凄まじい速度で身体を打ち出す。狙う的は、1Aが手に持ってるハートコントローラー。
「”ぐるぐるバウンドロケット”ォ―――――!!」
速すぎて前が見えないまま、感覚のままに突っ込む。ドカァンと、何かにぶつかった感覚はある。どうか、それがコントローラーであってくれ…。
わたしの策はコントローラーに心をスキャンされる前に、一瞬でコントローラーを破壊すること。それは、成功したのか……。
パキッ!
体を起こしてわたしは、奴のコントローラーが真っ二つになるのを見た。
「…はー…はー……、止まった…」
コントローラーが、壊れた……。みんなにかかった自殺プログラムが………止まった。
「なんで……」
呟くみんなの表情は、もう元に戻っている。コントローラーに操られてる狂気が、もう顔にない。エイジが、
「オレ、今の感覚に…なったことある……」
と。それは初めてじゃないからよ。お前がコントローラーで操られるの。
「もう…わたしたちは自由よ。こいつはもう、催眠術は使えないんだから…」
1Aは、教室の端までぶっ飛ばされてた。どうやらわたしの試みは、成功したようだ。これで一年空組のみんなが自殺させられることは、無くて済む。今のでコントローラーへの免疫ができてるからね。24時間はプログラムが効かない心になってるよ。
それに、そもそもコントローラーを破壊してやったんだもの!
「アンめっちゃ血ぃ出てるよ!?」
レイナさんが、顔真っ青にして言ってきた。あっ、そういえば肩から…。さっき暴れたので、めっちゃ傷が広がったみたいね。
「あぁ、大丈夫。ケチャップだよこれ…」
「嘘でしょ!!」
うん。みんなの突っ込みも、心が通っている。わたしは安心した。
「ごめんね、うちらが余計なことしたせいで、こんなに…!!」
「え、なんで泣くのよ。みんな生きてるのに…」
レイナさんが泣いてるのが、不思議だった。わたしを心配して? だとしたらバカね…。まぁ元に戻ったから良かったけど…。
「早く手当てしなきゃ!」
「いや、その前にあいつを消すよ。大丈夫、これくらいでわたしは死なないわよ」
今はあの『催眠術師』を、大人しくしないと。じゃなきゃ平穏は訪れない。”ハート業界”に関わるわたしが、やらなきゃいけないわよね。
「キョウ男、みんなを廊下に! 邪魔になるから」
わたしはキョウ男にお願いする。彼なら事情を知ってくれてる。
「あぁ分かった。気を付けるんだぞ」
「うん」
やっぱり、飲み込みが早くて助かる。これで、みんなを避難させてもらえるわ。
「わたしの友達に手を出したらどうなるか、あいつに分からせるわ!」
手の指の関節をパキキッと鳴らして、気合いを入れる。
「だ、ダメよ! アン一人じゃ…」
「そうだよアン、こいつらは一体何なんだよ! お前一人じゃ危ないだろ!?」
「そうよ! わたしたちもここで…!!」
視界がゆっくりと、赤く染まっていく。
「邪魔よ」
「…! 目が…」
みんなが驚いてる。また変になってるのかな、わたしの目…。またこの感覚だ。視界もそうだし、それに……。奴への憎さが、力になる気がするわ。
「気持ちだけで十分だよ。行け! みんな!!」
言いながらハンマーを構える。1Aが、
「これ以上、我々の計画の邪魔はさせない……。ここでキミを消してやる! 住伏暗!! …この葉後高校への復讐の為にな」
復讐…? 知らない、そんなの。こいつはわたしの友達を、みんな殺そうとした……。
こいつだけは許さない!! 必ず倒してやるわ。
わたしは奴と向かい合った。
次回は4月13日(日)更新予定です。