第19話 クラスメイトの〇〇さん
「この学校を出てくって、本当…? ヨツハちゃんは、ほんとにそれでいいのかい?」
「はい。赤ちゃんのこと考えたら、そうせざるを得ませんから。髪を染めたせいで、友達もいませんし」
心配そうに聞く蒼男に対しての、ヨツハさんの答え。彼女、この学校を辞めるって。昼の光が、彼女の白い髪の毛を焼いているわ。
「別に殺したっていいのよ?」
「殺しませんよ!!」
冗談半分で言ったら、本気で怒られた。子どもを殺してもいいなんて、洒落にならないわ。
「必ずこの子を産んで、ちゃんと育ててみせます。『生まれてきてよかった』って、心から思えるように…!」
子どもが眠るであろう腹を見つめて、決意を固める。ふーん…。
「『生まれてきてよかった』か……。それは羨ましいわねぇ。その言葉通りに育てたら、その子幸せになるかもね」
「そうだよー! 絶対幸せになれるよその子ー!! うおおおお!!」
蒼男がわんわんと喚くのがうるさい。
「……。なんでお前が泣くのよ」
「だってぇー!! 子どものことだけ考えてて立派だよぉー! オレ感動した! この人のこと好きだ!! よし決めた、ヨツハちゃんのためにできることあったら、オレ何でもするぅー!!」
「あの…、」
ヨツハさんの方は全然泣いてないな。何か言おうとしてるわ。
「ハートコントローラーや”ハート業界”のことは、蒼田さんから聞きました。それで…。私が前にハヤシさんと付き合っていた時に、聞いた話なんですが……」
え。あのハヤシって奴の話…?
「あの人、母親がいないそうです」
何とも急展開な話に、わたしは置いて行かれそうだ。あの男はもう若亭に捕まえてもらったから、どうでもいいのに。
「それで家に父親しかいない環境で育ったのですが、その父親が毎日家に女性を連れ込んで手を出していたそうです」
蒼男を見ると、結構真剣な表情で聞き入ってた。顔も知らない、どこぞの最低男の話。
「高校入学前に父親が警察に捕まり、それからは親戚の家で煙たがられながら過ごしてきたそうです。その話が本当なら……。男が女より偉いって歪んだ考えになったことと、因果がないとは思えない…」
彼女が語ったのは、ハヤシの生い立ち。奴が嘘の話をしてたとしたら、その生い立ちすら嘘になるわけだが。
「…そうだったのか」
蒼男は何か思うことがあるらしい。そういう顔をしているわ。
「まぁどんな事情があったとしても、わたしの友達を泣かせたのは変わんないわ」
「…、そうですね」
わたしの呟きに、彼女は寂しそうに笑って頷いた。
「私…! 悲しくて涙が止まらないんです…」
笑ったまま、声を震わせて泣いた。その涙は留まることは知らず。
「生きるのって、辛いです…」
「えぇ。真面目に生きてたら、そりゃあね」
悲しいのは自分が好きと思ってた心が、ほんとは操られてたことかしら? ”ハート警察”に送られたあの男と、ほんとはいたかったことかしら?
やがて、
「決めました」
涙を拭いた彼女は、真っ直ぐな目でわたしたちに言った。
「私、”ハート業界”で戦います」
「そう。じゃあ、また会うかもしれないわね」
”ハート業界”でね。
「ヨツハちゃん、何かあったらすぐオレに連絡してよー!! あんま無理しないようにねぇー!」
彼女の両手を握って、ぶんぶんと振る蒼男。この人、誰に対しても馴れ馴れしいのね。しかも今パンツ一丁だし…。彼女はどう反応したらいいか困ってるわ。
「子どもって無理しないと生めないと思うけど…? そういや、蒼男の服は戻ってこないの?」
彼に突っ込んだ後、彼女に聞いたわたし。
「あ、服は……ごめんなさい。奪った後で、バラバラに引きちぎってしまいました…」
との回答に蒼男は震えた。
「お、恐ろしい人だ……」
引きちぎったということは、蒼男の剥がされた身包みはもう戻ってこないってこと。制服ないのに、二学期から学校来れるのか。
「じゃ、私そろそろ行きます」
「あぁ。ヨツハちゃんも元気でやってよ!」
「はい……」
彼女が行こうとしたのを一度立ち止まって、蒼男のことを見た。そして、
「ありがとう」
と言った。その笑顔はさっきまで見てたのと違う。子どものような笑顔だった。
「へ……?」
急に言われたから、蒼男は呆然としてた。
「それじゃ…!」
「ちょ、ちょっとヨツハちゃん!」
そして腹に宿した子を連れて、ヨツハさんは葉後高校を去った。
彼女が出た門を見つめて立ち尽くす蒼男の姿は、どこか寂しげ。彼がわたしに、
「なぁアン。オレ、あの人のために何かしてやれたかな…」
「んー?」
何だ、急にそんな。今日会ったばかりの人のことで。
「ハヤシを止めて、ヨツハちゃんを助けてくれたのはアンだ……」
「別にあの人を助けたわけじゃない」
「オレは奴に斬られて喚いてただけで…。何にもできちゃいなかったよ。オレじゃあの人を助けれなかった。オレは……………」
オレは弱いのかな、的な? 何をそんな、思い詰めてるのやら。
「わたしも帰るわ」
「ちょっと、聞いてー!!」
めんどいから立ち去ろうとしたら、肩にビンタされた。
「オレは本気で悩んでんだぞ、自分が弱いのー!!」
ムキ―ッと怒る。
「お前はほんとうるさい奴だなぁ…。あの人、お前にありがとうって言ってたでしょ」
何かしたから、そう言われたのよ。それでも不満なら、もっと強くなればいいわ。
「わたし帰る」
教室に荷物を取りに行こうとするわたし。もうカナデさん、帰ったかしら……。すると彼が、
「お……、オレはもっと強くなるぞォ!!」
と叫んだ。
「うるさいってば」
わたしは突っ込んだ。
2022年9月15日(木)
二学期が始まって少しして、来ましたわ。文化祭本番の日が。
一年空組では、お店をやってる真っ最中だ。みんなわーわー言ってて、大変そうである。それを遠くから眺めながら、わたしはキョウ男と話してるとこだ。
「うちのクラスのお店、お客さん沢山来てくれてて良かったねぇ」
「えぇ。この文化祭ってイベントの存在意義は分かりかねるけど…、うちのクラスの人たちもみんな来たものね」
このクラスの人たち、みんな優しいから好きだ。バカも多いけど。
「で、その男は鋸を持ってるから大変だったの」
「鋸かぁ。そりゃあ棘グローブに勝るとも劣らない大変さだな…」
このクラスの友達でハートコントローラーのこと知ってるのは、今の所キョウ男だけだ。他の友達には言えない事件のことだが、彼には結構教えるようにしている。何となくで。この前の事件のことも、今話してるとこよ。
「で、教えなくていいのかい? あの人たちに、”ハート業界”のこと」
キョウ男が聞いてきた。あ、レイナさんとミカさんとカナデさんのことね。前の事件に居合わせた人たち。
「えぇ。余計な不安を与えずとも、わたしが守れば済むんだから話してないわ」
「ふーん、そうか…」
あの人たちにはハヤシがハートコントローラーって言ってる所を聞かれたけど、上手いこと誤魔化してるつもりよ。まぁ、わたしが何か怪しいことを隠してるのは、悟られてるだろうけどな。
「なんでその人を助けたんだい?」
またもキョウ男の問い。あ、カナデさんのことね。
「変な聞くのね。友達を助けるのに理由なんて…」
「いや住伏くんってめんどくさがりだからさ。なんであの人は友達なのさ」
「そうねぇ。うーん……」
友達って言う理由なんて、何となくだけど…。強いて言うなら……、
「笑った顔が優しい人に、悪い人はいないから!」
彼女と初めて話した時に感じたことよ。この人優しいって。
あの人もそうだったし。まぁ、あの人はあの人だけども。カナデさんとは別人なんだけども。
「ふーん……」
「いや…、あんたが聞いたんだから、もう少し興味持ってよ」
そんな話をしていると、
「ちょ――っと住伏くんにキョウ男くん————!! あんたらもお店の手伝いしなさいよー!!」
ミカさんが飛んできた。他の人にも言えることだが、準備頑張ってたからか随分と楽しそうな顔をしてるなぁ。
「えーわたし今当番じゃないわよ…」
「今人手が足りないのよ! 早く来てくださぁい!!」
「えぇ? 人手が足りない、ですかい…?」
まぁお店が盛況してるようだし、楽しそうだから何よりである。わたしとキョウ男は、仕事に駆り出されることになった。
スマホのカメラの撮影ボタンを押すわたし。パシャッとシャッター音が鳴るが、みんな気付いてないようだ。
「もう撮ったわよ」
と知らせると、
「えっ、もう!?」
「アン、撮る前にちゃんと言ってー!!」
「うち半目になってるかもしれないよ――!! わぁあー!」
口々に突っ込まれて、わたしは反応に困る。
文化祭の閉店後、うちのクラスでは集合写真を撮ることになりまして…。わたしがスマホで撮ってあげたんだけど、この通りである。撮る前にちゃんと撮るって言わないからってさ。
「だってあんたら、全然カメラを見てくれないもの…」
「オレ、猿のモノマネしてたよー!!」
「知らないわよー。文句言うなら、クラスメールに送ってあげないわよ?」
後で写真を、クラスのグループメールに送ることになってるの。文句言ってる人たちに言い返してると、レイナさんとミカさんが、
「住伏くん、ほんとに入らなくていいの? 一人だけ写ってないの嫌じゃなぁい?」
「もしアレだったら、撮り直しますよー!」
やっぱり。この人たちは、あれこれ言ってくる男どもとは違いますわ。
「いいの。思い出を写真に残すことには興味ないの、わたし」
わたしは答える。写真に残さずとも、思い出は作っていけばいいからね。それにわたし、写真写り悪いし。
「そうかい?」
「うん。それよりあなた。この文化祭の企画のリーダー的立場の一人なんだから、みんなに一言お願いしますよ」
「え……」
ミカさんに振ると、彼女はてんぱりながら、
「み、みんなのおかげで楽しいことできました! ありがとうございます!」
ぺこりとみんなに礼しながら言った。クラスのみんなに。
「なんか、普通ね…」
わたしが文句付けたら、
「じゃ、じゃあ住伏くんが言ってみなさいよ!」
とわたしに振り返してきた。
「え? あっ、えーと…」
「ほら、早く!」
困ったなぁ。何て言おうかしら。考えてふと、
「……あっ! みんなといたら、何してても楽しいわね…。別に文化祭じゃなくても!」
思ったことをそのまま口にしたら、みんなきょとんとした。
「え、何…?」
何か悪いこと言った…? そう思ってびびったけど、違ってたわ。誰からともなく笑い出した。みんなに大笑いされたわ。
「え、なんで笑うの…?」
なんで? なんかみんな楽しそうだな……。
「な、中々いいこと言うでありますな…」
「そ、そうでありますか…?」
ミカさんに褒められて、わたしは首を傾げた。いいことって、何だろ…。わたし、そんなの言ってないわよ?
わたしが撮った写真見たら、一年空組でのわたしの友達はみんな写ってるわ。このクラスのみんな、今日ここに来たから。わたしを抜いて39人、写ってますわ。
友達がみんな来たのが、嬉しかったわ。偶然、誰も風邪引かなかっただけにしても。
このクラスのみんな、優しいから好きだ。別に『クラスメイトは全員友達』なんてことじゃなくて。偶然友達と思う人が、同じクラスに39人いるだけよ。
わたし、これからもこの人たちを守るために戦うわ。そう思った日でした。
次回は3月16日(日)更新予定です。