表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハート探偵  作者: 住伏暗
19/32

第19話 クラスメイトの〇〇さん


「この学校を出てくって、本当…? ヨツハちゃんは、ほんとにそれでいいのかい?」

「はい。赤ちゃんのこと考えたら、そうせざるを得ませんから。髪を染めたせいで、友達もいませんし」


 心配そうに聞く蒼男に対しての、ヨツハさんの答え。彼女、この学校を辞めるって。昼の光が、彼女の白い髪の毛を焼いているわ。


「別に殺したっていいのよ?」

「殺しませんよ!!」


 冗談半分で言ったら、本気で怒られた。子どもを殺してもいいなんて、洒落にならないわ。


「必ずこの子を産んで、ちゃんと育ててみせます。『生まれてきてよかった』って、心から思えるように…!」


 子どもが眠るであろう腹を見つめて、決意を固める。ふーん…。


「『生まれてきてよかった』か……。それは羨ましいわねぇ。その言葉通りに育てたら、その子幸せになるかもね」

「そうだよー! 絶対幸せになれるよその子ー!! うおおおお!!」


 蒼男がわんわんと喚くのがうるさい。


「……。なんでお前が泣くのよ」

「だってぇー!! 子どものことだけ考えてて立派だよぉー! オレ感動した! この人のこと好きだ!! よし決めた、ヨツハちゃんのためにできることあったら、オレ何でもするぅー!!」

「あの…、」


 ヨツハさんの方は全然泣いてないな。何か言おうとしてるわ。


「ハートコントローラーや”ハート業界”のことは、蒼田さんから聞きました。それで…。私が前にハヤシさんと付き合っていた時に、聞いた話なんですが……」


 え。あのハヤシって奴の話…?


「あの人、母親がいないそうです」


 何とも急展開な話に、わたしは置いて行かれそうだ。あの男はもう若亭に捕まえてもらったから、どうでもいいのに。


「それで家に父親しかいない環境で育ったのですが、その父親が毎日家に女性を連れ込んで手を出していたそうです」


 蒼男を見ると、結構真剣な表情で聞き入ってた。顔も知らない、どこぞの最低男の話。


「高校入学前に父親が警察に捕まり、それからは親戚の家で煙たがられながら過ごしてきたそうです。その話が本当なら……。男が女より偉いって歪んだ考えになったことと、因果がないとは思えない…」


 彼女が語ったのは、ハヤシの生い立ち。奴が嘘の話をしてたとしたら、その生い立ちすら嘘になるわけだが。


「…そうだったのか」


 蒼男は何か思うことがあるらしい。そういう顔をしているわ。


「まぁどんな事情があったとしても、わたしの友達(だち)を泣かせたのは変わんないわ」

「…、そうですね」


 わたしの呟きに、彼女は寂しそうに笑って頷いた。


「私…! 悲しくて涙が止まらないんです…」


 笑ったまま、声を震わせて泣いた。その涙は留まることは知らず。


「生きるのって、辛いです…」

「えぇ。真面目に生きてたら、そりゃあね」


 悲しいのは自分が好きと思ってた心が、ほんとは操られてたことかしら? ”ハート警察”に送られたあの男と、ほんとはいたかったことかしら?

 やがて、


「決めました」


 涙を拭いた彼女は、真っ直ぐな目でわたしたちに言った。


「私、”ハート業界”で戦います」

「そう。じゃあ、また会うかもしれないわね」


 ”ハート業界”でね。


「ヨツハちゃん、何かあったらすぐオレに連絡してよー!! あんま無理しないようにねぇー!」


 彼女の両手を握って、ぶんぶんと振る蒼男。この人、誰に対しても馴れ馴れしいのね。しかも今パンツ一丁だし…。彼女はどう反応したらいいか困ってるわ。


「子どもって無理しないと生めないと思うけど…? そういや、蒼男の服は戻ってこないの?」


 彼に突っ込んだ後、彼女に聞いたわたし。


「あ、服は……ごめんなさい。奪った後で、バラバラに引きちぎってしまいました…」


 との回答に蒼男は震えた。


「お、恐ろしい人だ……」


 引きちぎったということは、蒼男の剥がされた身包みはもう戻ってこないってこと。制服ないのに、二学期から学校来れるのか。


「じゃ、私そろそろ行きます」

「あぁ。ヨツハちゃんも元気でやってよ!」

「はい……」


 彼女が行こうとしたのを一度立ち止まって、蒼男のことを見た。そして、


「ありがとう」


 と言った。その笑顔はさっきまで見てたのと違う。子どものような笑顔だった。


「へ……?」


 急に言われたから、蒼男は呆然としてた。


「それじゃ…!」

「ちょ、ちょっとヨツハちゃん!」


 そして腹に宿した子を連れて、ヨツハさんは葉後高校を去った。

 彼女が出た門を見つめて立ち尽くす蒼男の姿は、どこか寂しげ。彼がわたしに、


「なぁアン。オレ、あの人のために何かしてやれたかな…」

「んー?」


 何だ、急にそんな。今日会ったばかりの人のことで。


「ハヤシを止めて、ヨツハちゃんを助けてくれたのはアンだ……」

「別にあの人を助けたわけじゃない」

「オレは奴に斬られて喚いてただけで…。何にもできちゃいなかったよ。オレじゃあの人を助けれなかった。オレは……………」


 オレは弱いのかな、的な? 何をそんな、思い詰めてるのやら。


「わたしも帰るわ」

「ちょっと、聞いてー!!」


 めんどいから立ち去ろうとしたら、肩にビンタされた。


「オレは本気で悩んでんだぞ、自分が弱いのー!!」


 ムキ―ッと怒る。


「お前はほんとうるさい奴だなぁ…。あの人、お前にありがとうって言ってたでしょ」


 何かしたから、そう言われたのよ。それでも不満なら、もっと強くなればいいわ。


「わたし帰る」


 教室に荷物を取りに行こうとするわたし。もうカナデさん、帰ったかしら……。すると彼が、


「お……、オレはもっと強くなるぞォ!!」


 と叫んだ。


「うるさいってば」


 わたしは突っ込んだ。



 2022年9月15日(木)


 二学期が始まって少しして、来ましたわ。文化祭本番の日が。

 一年空組では、お店をやってる真っ最中だ。みんなわーわー言ってて、大変そうである。それを遠くから眺めながら、わたしはキョウ男と話してるとこだ。


「うちのクラスのお店、お客さん沢山来てくれてて良かったねぇ」

「えぇ。この文化祭ってイベントの存在意義は分かりかねるけど…、うちのクラスの人たちもみんな来たものね」


 このクラスの人たち、みんな優しいから好きだ。バカも多いけど。


「で、その男は鋸を持ってるから大変だったの」

「鋸かぁ。そりゃあ棘グローブに勝るとも劣らない大変さだな…」


 このクラスの友達でハートコントローラーのこと知ってるのは、今の所キョウ男だけだ。他の友達には言えない事件のことだが、彼には結構教えるようにしている。何となくで。この前の事件のことも、今話してるとこよ。


「で、教えなくていいのかい? あの人たちに、”ハート業界”のこと」


 キョウ男が聞いてきた。あ、レイナさんとミカさんとカナデさんのことね。前の事件に居合わせた人たち。


「えぇ。余計な不安を与えずとも、わたしが守れば済むんだから話してないわ」

「ふーん、そうか…」


 あの人たちにはハヤシがハートコントローラーって言ってる所を聞かれたけど、上手いこと誤魔化してるつもりよ。まぁ、わたしが何か怪しいことを隠してるのは、悟られてるだろうけどな。


「なんでその人を助けたんだい?」


 またもキョウ男の問い。あ、カナデさんのことね。


「変な聞くのね。友達を助けるのに理由なんて…」

「いや住伏くんってめんどくさがりだからさ。なんであの人は友達なのさ」

「そうねぇ。うーん……」


 友達って言う理由なんて、何となくだけど…。強いて言うなら……、


「笑った顔が優しい人に、悪い人はいないから!」


 彼女と初めて話した時に感じたことよ。この人優しいって。

 あの人もそうだったし。まぁ、あの人はあの人だけども。カナデさんとは別人なんだけども。


「ふーん……」

「いや…、あんたが聞いたんだから、もう少し興味持ってよ」


 そんな話をしていると、


「ちょ――っと住伏くんにキョウ男くん————!! あんたらもお店の手伝いしなさいよー!!」


 ミカさんが飛んできた。他の人にも言えることだが、準備頑張ってたからか随分と楽しそうな顔をしてるなぁ。


「えーわたし今当番じゃないわよ…」

「今人手が足りないのよ! 早く来てくださぁい!!」

「えぇ? 人手が足りない、ですかい…?」


 まぁお店が盛況してるようだし、楽しそうだから何よりである。わたしとキョウ男は、仕事に駆り出されることになった。



 スマホのカメラの撮影ボタンを押すわたし。パシャッとシャッター音が鳴るが、みんな気付いてないようだ。


「もう撮ったわよ」


 と知らせると、


「えっ、もう!?」

「アン、撮る前にちゃんと言ってー!!」

「うち半目になってるかもしれないよ――!! わぁあー!」


 口々に突っ込まれて、わたしは反応に困る。

 文化祭の閉店後、うちのクラスでは集合写真を撮ることになりまして…。わたしがスマホで撮ってあげたんだけど、この通りである。撮る前にちゃんと撮るって言わないからってさ。


「だってあんたら、全然カメラを見てくれないもの…」

「オレ、猿のモノマネしてたよー!!」

「知らないわよー。文句言うなら、クラスメールに送ってあげないわよ?」


 後で写真を、クラスのグループメールに送ることになってるの。文句言ってる人たちに言い返してると、レイナさんとミカさんが、


「住伏くん、ほんとに入らなくていいの? 一人だけ写ってないの嫌じゃなぁい?」

「もしアレだったら、撮り直しますよー!」


 やっぱり。この人たちは、あれこれ言ってくる男どもとは違いますわ。


「いいの。思い出を写真に残すことには興味ないの、わたし」


 わたしは答える。写真に残さずとも、思い出は作っていけばいいからね。それにわたし、写真写り悪いし。


「そうかい?」

「うん。それよりあなた。この文化祭の企画のリーダー的立場の一人なんだから、みんなに一言お願いしますよ」

「え……」


 ミカさんに振ると、彼女はてんぱりながら、


「み、みんなのおかげで楽しいことできました! ありがとうございます!」


 ぺこりとみんなに礼しながら言った。クラスのみんなに。


「なんか、普通ね…」


 わたしが文句付けたら、


「じゃ、じゃあ住伏くんが言ってみなさいよ!」


 とわたしに振り返してきた。


「え? あっ、えーと…」

「ほら、早く!」


 困ったなぁ。何て言おうかしら。考えてふと、


「……あっ! みんなといたら、何してても楽しいわね…。別に文化祭じゃなくても!」


 思ったことをそのまま口にしたら、みんなきょとんとした。


「え、何…?」


 何か悪いこと言った…? そう思ってびびったけど、違ってたわ。誰からともなく笑い出した。みんなに大笑いされたわ。


「え、なんで笑うの…?」


 なんで? なんかみんな楽しそうだな……。


「な、中々いいこと言うでありますな…」

「そ、そうでありますか…?」


 ミカさんに褒められて、わたしは首を傾げた。いいことって、何だろ…。わたし、そんなの言ってないわよ?



 わたしが撮った写真見たら、一年空組でのわたしの友達はみんな写ってるわ。このクラスのみんな、今日ここに来たから。わたしを抜いて39人、写ってますわ。

 友達がみんな来たのが、嬉しかったわ。偶然、誰も風邪引かなかっただけにしても。

 このクラスのみんな、優しいから好きだ。別に『クラスメイトは全員友達』なんてことじゃなくて。偶然友達と思う人が、同じクラスに39人いるだけよ。


 わたし、これからもこの人たちを守るために戦うわ。そう思った日でした。


 次回は3月16日(日)更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ