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ハート探偵  作者: 住伏暗
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第16話 四葉とマネキン


「オレ、ヨツハちゃんを助けたい…」


 パンツ一枚で、顔がパンパンに腫れた蒼男は言った。そんな奴が突然現れて、ミカさんとレイナさんも目を疑ってるようである。


「ど…、どういう生き方をしてる人かな?」

「変態?」

「変態じゃないわ。わたしの知り合い。ある人に殴られた上で、衣服を全て奪われたのよ」

「えぇ~物騒…」


 また一年空組の教室に戻ってきたわたしだったが、それに蒼男もついて来たのだ。一体何の用だか……。


「なぁアン。オレは……、」

「これ、ダンボールだけど良かったらどうぞ…」

「あっ、ありがと…」


 ミカさんがくれたダンボールを服として着る蒼男。なんかすごくアホっぽい格好になったけど………。


「オレは何とかして、ヨツハちゃんを助けてやりてぇ…」


 へぇー。あんなボコボコに殴られたのに、まだ助けたいって思うのか…。


「ふーん。頑張って」

「ゲームすんな!!」


 またゲームしてたら怒られた。


「お前、あの人が泣いてるの見て何とも思わないのかよ!」

「あ、ゲーム機…!」


 ゲーム機を取り上げられてしまった……。


「好きだった人に裏切られて、しかも子どもの命だって抱えてる…。あの人が今どんな気持ちか考えたら、胸が潰れそうだ……!」

「じゃ、考えなきゃいいわ」


 むかっ!としたようで蒼男は、


「可哀想じゃねぇか!!」


 と反発してきた。全く、しょうがないもので…。


「じゃ聞くけど…、可哀想って思ったらあの人のこと救えるのかい?」


 言ったら彼が止まった。わたしの友達の前で、暗い話はよしてほしいわよ。


「あの人の気持ち考えたら、あの人は笑顔になるかしら? 辛い気持ちなんて、その人自身にしか分からないわよ。わたしは、お前がどうしたいかを聞いてるの」


 あと「ゲーム機返して」も付け加える。わたしがもう15周はクリアしたゲームが入ってるのよ。


「オレは………、オレは目の前で泣いてる人を…見捨てたくねぇ!」


 蒼男はそう答えた。


「何とかしてさ、ヨツハちゃんのためにできることはねぇかなァ!?」


 肩を掴んでゆすられる。もう、うるさい奴ね…。


「いや、できることたって…。あの人が子ども生むか殺すかを支えることと、あの人裏切った男をぶっ飛ばすことしかないんですけど」


 あの白い髪を泣かせてる男。ハヤシっていったかな。まぁ、わたしはそいつの顔を知らないけど。


「ハヤシを、ぶっ飛ばす………」


 あぁただ、びびりな蒼男にはそんなことできないかな…? 言ってから思った。この前こいつ、若亭に泣きついてたからな……。



 三週間ほど前。わたしと若亭が、初めて蒼男に会った日。


「見逃してくれ————!! オレはまだ”ハート業界”でやらなきゃいけないことあるんだ! お願いだよぉ~~~!!」


 泣いて頼んでくる彼に、若亭は尋ねた。


「蒼神亭。その”ハート業界”でやらなきゃいけないことって何だ?」

「それは…、」


 わたしとしてはびびりな奴は嫌いだから、


「若亭、こいつはびびりだから捕まえましょうよ!」

「まぁ待て。まず話を聞こうじゃねぇか」


 問答無用での豚箱送りを勧めたのだが、若亭がそうしないのは意外だった。こいつ、”ハート犯罪者”ならすぐ捕まえそうなのに…。何か見出したのか?


「マネキンになった人間を、見たことあるか?」


 蒼男が突拍子もないことを言い出した。その話に、わたしは思考が追いつかない。え、何よ急に…マネキン?


「! マネキン、人間……?」

「若亭、どうしたの? っていうか何の話…?」


 若亭は何か知ってるような感じである。彼はわたしに言った。


「能天気な住伏亭は知らねぇだろうけど、この世にはあるんだよ。人が心を失い、マネキンになるって怪奇現象が」

「え?」


 分からない。心を失い、マネキンになる。どういうこと?


「四年前の話になるんだけどさ…」


 蒼男は語る。四年も前の話を、なぜ今…。


「その時オレは、ベジタルって町の高校に通ってたんだけどさ……。ある日家に帰ったら、家族がみんなマネキンになってた」


 わたしがぽかんとしてると、それを見て彼は苦笑いした。


「信じられねぇよな…。でもあるんだよ、そういうこと。何も喋らなくなって、ただ物を食べて生きてるだけで……。最初はそんなマネキンたちが家族のみんなだなんて、信じなかった。だから、何日も何日もみんなを探した。でも、帰ってこなかった………。それでみんなにそっくりなマネキンたちを見て、それがみんなだって気付いたんだ」


 ある日家族がマネキンになった。信じられない話だ。だけど実際、彼は悲しい顔をしている。嘘をついてる顔、じゃない。


「どうしてそんなことになったのか分かんなかったけど、その後すぐだったよ。”ハート業界”のホスト、ゲイテと出会ってハートコントローラーのことを知ったのは……。そして言われたんだ。家族がマネキンになったのは、ハートコントローラーのせいだって」


 ハートコントローラーが、人をマネキンにする……? そんな性能があるなんて、聞いたことない。


「びびりなお前が嘘つくとは思わないけど…、それ本当?」


 わたしが聞くと、彼の代わりに若亭が答えた。


「こいつが嘘をついてはいないだろ。四年前、ジャポンのあらゆる場所でマネキンと化した人間が現れる事件が起きた。そいつらは『マネキン人間』と呼ばれ、表社会でも大きな騒ぎになった。マネキン人間たちは化け物として、国中から追い回され迫害されたが…。お前の家族は?」

「オレの家族は……、無事だよ。仲間たちが匿ってくれてるからさ」


 どんどん話が進むな…。四年前っていったら、2018年(今は2022年だから)。わたしが小六くらいの時の話か。『マネキン人間』なんて話、聞いたかしら。昔からニュースとか、わたしはあまり見ないからな。


「仕組みはまだ解明されてねぇが……ハートコントローラーを使って何らかの方法で、人の心を破壊する技術は存在する。自亭が所属する”ハート警察”にも、一人マネキン人間にされた奴がいる。そいつは心が壊れ、今は一切の感情を持っていない。

 そして、その元凶はたった一人の男だ。そいつの名は…、」


 ここで若亭が上げた名前に、わたしは驚くことになる。


「心王。現在確認されている全てのマネキン人間は、心王という”ハート犯罪者”が生み出した物だ」

「シンオウ………?」


 驚いた。わたし、そいつのことを知ってる……。

 思い出しただけで、腹の底から悔しさで煮え返るようだ。二年前、わたしの友達であるメイさんをハートコントローラーで操って攫おうとした。あの男は、シンオウと名乗っていた。

 あの時”ハート探偵”のあの人が助けてくれなかったら、メイさんはどうなってたか……。あの時、何もできなかったわたしは。


「シンオウ…!!」


 唇を噛む。


「何だ、心王のことは知ってるのか住伏亭」

「オレもハート新聞で、心王とマネキン事件のことは知ってる。オレが”ハート業界”に入ったのは、ハートコントローラーのデータを集めて、心を失った家族を元に戻す方法を見つけるためさ」


 ”ハート業界”でやらなきゃいけないことって、それか。家族か。


「マネキンになってからオレの家族は…、笑うことも泣くことも無くなっちまったんだ……。もう一度…、みんなの笑顔や泣き顔が見てぇんだ…! だから!! それまでオレは、捕まるわけには行かねぇ!!」


 彼は腰に下げた鞘に刺してある、剣らしき物に手を掛けた。


「お前がオレを捕まえるつもりなら…オレは、ここでお前を倒す!」


 若亭と向かい合う彼は、びびりながらも凛々しい顔をしていた。それを見て若亭は、


「ふっ………、ハハハハハ…!」


 突然笑い出した。


「自亭に戦いを挑んでも、お前が死ぬだけだよ」

「な、何…!?」

「だがお前、ここで殺すには勿体ねぇな蒼神亭」


 若亭は彼に言った。


「よし。お前、自亭と組め」

「え?」


 呆気に取られる彼に対して、


「確かに、自亭とお前が立場は違うが………利害は一致するはずだ」


 若亭が彼に提案した条件はこうだ。


「自亭たちは、葉後島で起きてる連続自殺事件の元凶を探してるんだ。蒼神亭、お前も手伝え。そうすればお前の必要な情報を、自亭が提供してやる」


 こうして若亭と蒼男は、同盟として協力することになったのだった。



 ハヤシをぶっ飛ばす。びびりな蒼男には、まだ早いかな?


「ハヤシをぶっ飛ばしたら、ヨツハちゃんは笑顔になるかな…」

「知らん。お前がそうしたいなら、そうすりゃあいいわよ。その気がないなら、何もしなくていいし」


 わたしが答えた後、さっきのゲームの続きをしてると彼は、


「よし。決めた! オレ、ハヤシをぶっ飛ばしてくるよ!!」

「そう」

「そいつは確か…、ヨツハちゃんと同じクラスって言ってたな。よし、三年生の教室を探してみよう!」


 そう言うと、すぐに彼は教室を飛び出した。


「行ってくるー!!」

「い、行くってキミ、その格好で行くのー!?」


 ミカさんの言葉にも振り向かずに走っていった。無鉄砲ね。


「…行っちゃった……」

「なんか深刻そうな話してたけど、大丈夫? 住伏くん、一緒に行かなくていいの?」

「友達絡みの話じゃないもの。めんどくさいわよ」


 あの女の人とは、友達ってわけじゃないから。面倒事には関わりたくない性分なのよ。こうやって床に座ってゲームしてるのが…。って、


「あっ、ゲームしてないで文化祭の準備しなきゃ!」


 わたしがゲームをやめると、ダダダッと後ろから足音が近付いてきた。そして次の瞬間ズドッと、すごい勢いで背中を蹴られた。


「うげぶっ!!」


 い、痛くないけど…びっくりしたわ。誰か来たようだが……。


「あっ、ごめん…!」

「あれ、あんた……」


 その声は、カナデさん? さっき話した。


「そんな息切らして教室に駆け込んできて、何かあったでありま………」


 彼女、教室に慌てて入ってきて、その勢いでわたしの背骨を蹴ったらしい。ミカさんとレイナさんが急に言葉を失ったから、何かと思って彼女を見ると、


「え…」


 背筋が嫌に冷えた。カナデさんの左頬に、切り傷があった。ざっくりと、そこから血が流れている。


「どうしたの!? その怪我……!!」


 二人が駆け寄る。


「は、は……の…!」


 怯えた声で何か言おうとしてる彼女を見て、わたしは嫌な予感がした。さっきこの人は、男にナンパされてた。

 教室の入り口を見ると、そこに彼女を追うように現れた。あいつが……。


「そいつが悪いんだぞ」


 彼女をナンパしていた男が。


「この伊藤(いとう)速志(ハヤシ)の誘いを断った、その女がな!!」

「! ハヤシ…?」


 その名前には聞き覚えがある。だけど、そんなことどうでもいい。奴はその手に、大きくて分厚い鋸を持っていた。カナデさんの顔にある大きな傷……。考えるまでもないわ。

 こいつ、許さん!!

 服の中から取り出したハンマーで、そいつを殴り飛ばした。廊下の壁に叩きつけられた奴に、すかさずダイブしながら追撃。奴はそれを、鋸で受け止めた。


「お前がやったんだろ、なあ? あの人のことナンパしてたもんな…」

「そうだ。カナデちゃんはなぁ…、あの女は! 俺のことを先公にチクりやがったんだ!! 俺の誘いを無下にして、俺のことを馬鹿にしやがったんだよ!!」


 鋸でわたしのハンマーを弾き返してきた。立ち上がって、こっちに向かってくる。


「たかが女が、俺という男の悪口を言いやがったんだよォ!!」


 わたしの顔を狙って、鋸で突いてきた。それをかがんで避けて、


「それはお前が……、実際に馬鹿だからだよ!!」


 奴の横腹を弾き飛ばす。倒れた拍子に奴の胸ポケットから、スマホが落ちた。それはカランカランと転がり、誰かの手に拾われた。


「これって………」


 拾ったのは、蒼男だった。さっき出ていったけど、戻ってきたのか。


「ハートコントローラー…?」

「え?」


 蒼男の言葉に、わたしの耳が反応した。


 次回は2月23日(日)更新予定です。

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