第15話 白い髪の女の人
2022年8月22日(月)
夏休みも終盤。今日も今日とて、文化祭準備の手伝いに出てるわたし。その途中、
「好きな人?」
「うん! 住伏くんにはそういう気になる人とか、いるでありますか…? もぐもぐ……」
お前には好きな人がいるかって質問。もぐもぐと、おにぎりを頬張るミカさんに聞かれた。
「やめなさいよミカちゃん。そういうの聞くもんじゃないわよ」
今日はレイナさんも来てるわ。
「なんでそんなことをわたしに…」
「うちは高校生だから、恋のお話は大好きであります♫」
「何その感覚、分かんないんだけど…」
他人の恋の話に目をキラキラさせる気持ちは、理解に苦しみますが……。ふむ、好きな人ね。
「いたわよ。昔だけど」
「え、ほんと!? だれだい!?」
レイナさんがこっちに食いついてくる。
「近いわよ。食いつきすぎよ…」
結局レイナさんも興味あるみたいよ。するとミカさんが、
「うちかな…」
「違うわよ」
ずーんと落ち込むミカさんをレイナさんがなぐさめてる。肩をぽんと叩いて。
「中学で同じクラスだった人よ。中学出てから会ってないけど」
「どんな子?」
「そりゃあもう、わたしなんかよりもず――っと………まぁ、分かんないけど」
「あ、分かんないんだ…」
あの人のこと知ってるような言い方するんじゃないわよ。自分で自分に思った。でもほんとに知らないもの、あの人のこと。
「はぁー、会いたいなぁ……。でも会えないわ」
「え、どうして…?」
へこんでたミカさんが聞いてきた。
「わたしがその人に悪口言ったせいで、会えなくなったのよ。まぁ、多分元気だとは思うけどね。あの人友達いっぱいいるし、それに………先生だっているし」
わたしは答えた。でもこれ、二人にはよく分からない話だな…。要するに最近会えてないよってことだけど。すると誰かにぽんと肩を叩かれた。見るとミカさんが、
「………」
「いやいや、憐れみの目で見るのやめなさいよ! かえって傷付くわよ!」
失恋の話なんて、するもんじゃないなぁ。聞いてきたの、この人たちだけど。
別にそんな気ぃ使ってくれなくて良かったのに。そんなこと考えながら自販機にジュースを買いに行った帰り。教室に戻ろうと中庭を歩いてると、
「ね、ね、ね。カナデちゃん」
と、甘ったるい男の声が聞こえた。何だと思ったら、
「ね、ね、ね。カナデちゃん。今日空いてる? 遊ぼうよ」
にやついた男が、女の人にナンパをしている最中だった。背が高くて、髪を後ろで二つ括りにしている男。どこかで見たような……。
誘われてる側の人、わたしと同じクラスの人だ。あの静かな人。わたしは喋ったことないけど、前に見たことあるから。
無視して何も言わずに行こうとする彼女にそいつは、
「ねぇ、待ってよ」
と乱暴に手を掴んだ。そして、
「俺と一緒に来いよ」
と言った。その様子たるや、筆舌しがたい気持ち悪さだった。わたしはそのナンパ男の右腕をハンマーで叩き落とした。スコーンと、彼女の手から引きはがす。
「ぎゃああ~~~!! 手が…手がぁ~~~!! うあぁあああ~~~~!!」
「男が女の人びびらしてんじゃねぇよ。大丈夫、あんた?」
男が絶叫した。その後わたしを見たそいつは、
「くっ、化け物!! チッ、邪魔が入った…!」
化け物って言われて思い出した。この男、前にわたしをいじめてきた奴だ。目が真っ黒だからって。ナンパなんかする奴だったのか、最悪…。
「お前もこの女を狙ってるのか化け物が! だが、次は必ずカナデちゃんを落とすからな!! 覚悟しろぉ~~~~~~!!」
わたしに指を差して言った後、そいつは走って逃げていった。
「逃げた…。何なのあの男……」
彼女のこと、『この女』なんて言ってたし。なんて考えてると彼女が、
「ありがとう」
ぺこりと頭を下げてきた。
「え、あぁ…。気にしないでよ。女の人をいじめる男は嫌いなのよ」
なんだ、こんないい人なんだ。そう思った。ありがとうって言ってくれるし。話したことなかったから、分かんなかったけど。
「ごめん、変なこと言われてたよね。わたしが出てきたせいで」
「うん、大丈夫」
首をゆっくり横に振りながら答える彼女。よくよく話を聞くと、
「えっ、二か月も前からぁ!?」
それほどの長い期間、彼女は何度も言い寄られてるらしい。6月の下旬から目を付けられて。夏休みからは、どんどん執拗になってると。
「度重なるナンパですか……。あんな気持ち悪い男から」
「うん…」
「それは…、嫌ね。絶対」
——次は必ずカナデちゃんを落とすからな!!
そんなことほざいてたの、思い出したらイラついてきた…!
「わたしがぶっ飛ばしてこようか、あのナンパ男! 殺人術持ってんのよわたし!」
ハンマーを手に叩いてカンカンと鳴らす。だけど彼女は、
「あっ、いや、大丈夫……!」
と止めてきた。あわてた様子で。
「なんでさ! あんな奴放っといたら、何されるか分かんないわよ!?」
少し考え込んだ後で彼女は、
「先生に相談してみる…!」
笑顔を作って、そう言った。
「……そう?」
平和主義なのね、カナデさんは。
この前出会った、蒼神って人。あの暑苦しくてびびりな、”ハート犯罪者”。わたしは蒼男って呼んでるんだけど。どうしてそんな話をするかというと……。
昼の一時頃。わたしが教室でまた準備の手伝いをしてたら、
「ぎゃあ———————!!」
と彼の叫び声が、聞こえたんだ。体育館の裏辺りから。
「たった今、誰かの悲鳴が聞こえなかったかい…?」
ミカさんが言うから、
「したわよ。わたしの知り合いの」
「え…」
「殺人鬼の手に落ちたのかしら。蒼男の奴、家族を救う前に殉職か…」
「冗談に聞こえないわよ! 大丈夫なの!?」
レイナさんに怒られたから、わたしは彼の様子を見に行った。そしたら体育館裏で、彼は倒れていた。
パンツ一丁で。
「………なんで…?」
ぐーすかと、いびきかいて寝てる。こいつ、こんな趣味が………? だとしたらわたしは、こいつと縁を切らねばならないが…。
「その方が悪いのです」
誰かが話しかけてきた。白い髪をした女の人が、わたしたちの前にいた。地べたに体育座りして、蒼男を眺めてる。
「え…、どなた……?」
コミュ症のわたしは、この状況に困り果てた。
「どうして、彼の身包みを剥がしたの?」
わたしが聞くと彼女は、
「何の面識もないその方が、私に話しかけてきたからです。ナンパかと思いました」
とのことだった。蒼男は自分から服を脱ぎ捨てたのではないらしい。
「しかしあんた、何もパンツ一枚にすることないじゃないの…。で、なんで寝てるのこいつは」
「それは分かりません。急に悲鳴を上げたと思ったら、気絶してしまいました…」
とりあえずまず、このバカを起こして話を聞いてみよう。カッターシャツの中に隠し持ってるハンマーを取り出して、
「おい。蒼男。起きろ。おい。起きろ。おい」
ゴンゴンと鼻を殴る。すると、
「痛っ、あがっ…、ふがっ!!」
鼻血を出して起き上がった。よかった、目ぇ覚まして…。彼の語る所によると、
「で、身包み剥がされて…。そう! その後その人が、めっちゃ怖い顔で見てきたの!! 蛇に睨まれたような気がして、そのまま気絶しちゃったんだ!」
何だ、そんなことか。
「この人びびりだから。あんたの凍るような目つきが怖すぎて、気絶したんだって」
彼女に説明する。蒼男がびびるのは分かるわ。彼女が今、実際に凍るような目つきをしているからよ。
「じゃあお前はこの人が泣いてるから心配して声掛けて…、その結果服を引っぺがされたのか。面白いわね」
「そうそう! そういうことだな!」
そう。蒼男がこの人を見つけた時、泣いてたらしい。それで彼は面識もないけど話しかけたようだ。
「キミ、名前は? 何か悩んでるなら、力になるぜオレら」
「ら……?」
彼は真面目だな。ついさっき会ったばかりの人に対してこれだ。なんかわたしも巻き込まれてるのが納得いかないけど。それに対して彼女は静かに、そして冷たく、
「なら…。全部話すから、何もできないって分かったら立ち去ってください」
そう前置きした上で、話しはじめる。
「私、車輪四葉です。三年生です」
「あっ、オレ蒼男だよ! ヨツハちゃんか…」
彼女はふーっと息を吐き淡々と、
「三年生になったばかりの4月。私に好きな人ができました。同じクラスの、ハヤシさんという方です。私なんかよりもずっと明るくて、優しくて。私が彼に想いを伝えたら、それを受け止めてくれて…。私たちは付き合うことになりました」
何だ、恋愛の話か……。わたしには無縁だな。
「一緒に映画を観に行ったり、手料理を食べてくれたり……。私が風邪を引いた時には、家に来て一緒に居てくれました。何より、『キミを一生大切にするよ』と言ってくれた。それが一番嬉しかったです。
そして昨日、私は自分が妊娠したことを知りました。彼との間に、赤ちゃんが生まれたんです。それを彼に打ち明けたら…」
あぁ。何となく、話の結末が分かったわ。
「振られました。今朝のことでした」
やっぱりね。蒼男は驚いてるようだけど、そりゃあそうなるわよ。胡散臭い男と付き合ったら。
「『ごめん。他に好きな子ができたから』って。それと………」
少し息を詰まらせるように黙った後、
「『堕ろせ』と…! そう言われました……!!」
泣きながら言った。そんな彼女を見て蒼男は、
「男が女の人を弄ぶなんて…!!」
と怒りをあらわにした。
「…、……!!」
「……ヨツハちゃん」
彼女が泣き続ける中、わたしは……、
「だぁあああ、負けたあ———!!」
「何やってんだよお前はぁ!!」
ビデオゲームをしてた。蒼男には顔を殴られた。
「なんか、見たことない攻撃が出てきて、それくらって負けた…」
「知らないよ! ちゃんと話聞けよお前!!」
「だって、わたしには関係ないもん………」
わたしと蒼男が言い合ってると、ゴゴゴ…と後ろから気配がした。
「何よ……」
「んっ…?」
「真面目に聞く気がないなら………!」
彼女がすごく悔しそうな顔して、
「関わらないでくださあい!!」
「えっ、ちょ…うわぁああ!!」
と、蒼男をボコボコにした上で服を引っぺがした。
たまらず逃げ出して、蒼男は壁に隠れてこっそり彼女の様子を見ていた。彼女は一人で泣いているわ。
「あの人…」
「あんた、服着なさいよ」
わたしは子どもを持ったことないし、振られたこともないから。あの人の気持ちは分からないわ。怖い、悔しい、悲しい、寂しい………。でも、それってただの想像。
わたしは、一年空組の教室に戻ることにした。特に、わたしのやることもなさそうだったから。
次回は2月16日(日)更新予定です。