第13話 悪魔警察
わたしがハンマーで殴り飛ばしたクラナリは、時計台の下の海に沈んでいった。
「勝った!」
ブイ! わたしの友達を傷付けた不良を、わたしは倒すことに成功。その後時計台を降りて外に出てきて、ここは海辺の一角。
そこにキョウ男とエンマくんもいた。キョウ男は手当てを受けた跡がいっぱいある。
「勝ったって、あのクラナリって人はどうしたんだ」
「海に落とした。キョウ男、無事でよかったわ」
エンマくんが、キョウ男の怪我を治療してくれたんだ。彼によると、
「時計台の中間展望台で手当てをして、ここに降りてきました。幸い傷は浅かったので、安静にしていれば治りますよ」
「ほんと? ありがとエンマくん」
立派な医者ね。おかげで助かったわ。
「っていうか何ですかこの怪我ぁ!! アンさんも治療しないと!!」
「後でね。でさ、若亭が怒ってさ…」
わたしが説明しようとした所にちょうど、
「ぶべっ!!」
と若亭が海面から顔を出した。
「なんでてめぇはクラナリを海に落とすんだ住伏亭!」
「あ、ワカバさんご無事で! でもアンさんがひどい怪我で、わぁ———っ!!」
「あ、若亭。ほんとにソレ、引き上げてきたのか」
抱えているのは、気絶しているクラナリの体。海に落ちたのを、わざわざ彼は拾ってきたってわけ。
「こいつは自亭が捕まえるから、死体は置いとけって言ったはずだぞ…?」
そう言いながら奴の手足に錠をはめる。そういえば、そんなことを言ってたような…。
「てめぇは約束の一つも守らねぇのか、この馬鹿亭がぁ!!」
「あぁー! ワカバさん、アンさんに乱暴しないで! 怪我人なんですよぉー!!」
「つ…捕まえたんだからいいじゃないか…。つ…捕まえたんだからいいじゃないか…」
若亭に掴みかかってゆさゆさしながら怒られる。こんなぶちギレられるとは、わたしと若亭は気が合いそうにない…。
「あのさ…」
「何だよ!!」
話に割って入ってきたキョウ男にキレる若亭。
「心を操る道具の話、詳しく聞かせてくれないか? もう一度ちゃんと聞いて理解しないと、気持ちを整理できそうにない……」
なるほど。それは確かにそうね。わたしも初めてコントローラーの存在を知った時、そうだったし。
「……そうだな。ハートコントローラーなんて物があると知った以上、その周りの話も知っといた方がいいだろう。変に隠して、いろいろ口出しされる方が迷惑だ」
どうやら若亭も、分かってくれたらしい。隠しても無駄だってこと。
「教えてやるよ。自亭が入界してる、”ハート業界”のことを」
「わ、若亭放して…。頭に血ぃのぼってきた…」
「ただその前にお前ら、早くこの時計台から離れるんだな」
わたしを投げ飛ばしながら、若亭が言った。ここを離れろって?
「え、なぜ?」
「人が来る前にだ。確かにここは人があまり来ない場所のようだが、全く来ないとも限らない。展望台の中含め、後始末は自亭がやっておく」
「後始末って?」
「血痕を消したりだ。ここで事件が起きたって形跡を消しておく。もし誰かが来てもいいようにな。あとさっき校舎裏で戦った跡も消しとかねぇと…。忘れてたぜ」
要するに、わたしたちがあの不良と戦った証拠を消すってことらしい。
「なんか、悪いことしたみたいで嫌ね…」
「いやいや、住伏くんはよく戦ってくれたよ。友達のためにね。立派……!」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで自亭の言うこと聞け!!」
なんか若亭、今日は機嫌が悪いのよ。
「そ、その前にアンさん、この腹の怪我を治さないと…制服真っ赤になってますよぉ!?」
「忘れるなよ、住伏亭。自亭もお前も、表社会から見れば立派な犯罪者なんだ。心を操る奴らの社会に加担し、違法な武器を持ってる戦闘狂ってとこか…」
そういえば、こういう話を先生からも聞いたことがある。わたしへの言い聞かせ方も、あの人に似てるわ若亭は。
「”ハート業界”の存在がバレたら、それに関与してる全員が犯罪者になる。そしたらいろいろと面倒だろ。心に命じとけよ?」
気絶中のクラナリの傷を指でつつきながら、若亭はわたしに説いた。
「………分かった!」
わたしは元気に返事した。
ハートコントローラーを持って、人に悪い事する”ハート犯罪者”。それを取り締まる”ハート警察”。そしてわたしが目指す”ハート探偵”。その全員が、”ハート業界”という裏社会の構成員。つまり犯罪者である。
”ハート業界”における正義も悪も、表社会から見れば全て悪。だから、”ハート業界”の存在が表沙汰になってはならない。”ハート業界”のホストであるゲイテって奴も、そう言ってるらしい。
教室ではまだ授業がやってるから、見つからないようにわたしたちは校舎の屋上にやってきた。
「どうしてハートコントローラーを持たないんだ?」
「どうしてって、どうして?」
一通りわたしの話を聞いたキョウ男は、変な質問をしてきた。ハートコントローラーを使わない、わたしのことが変なんだと。
「だって”ハート業界”って悪い奴がいっぱいいる裏社会で、お前は戦うんだろ? もしそういう奴らに狙われた時、コントローラーを持ってないと不利になるぜ?」
「ふーん。お前って真面目な割にバカなのね」
「殴られてるのに抵抗もしないお前に言われたくねぇよ!」
キョウ男に話したことはいろいろ。まずハートコントローラーという物の存在と、その詳しい性能。次にそれを使う奴がいっぱいいる裏社会、”ハート業界”。そしてわたしがそこで戦う、”ハート探偵”という物になろうとしていること。
「で、どうしてだ?」
「うーんとね…まぁ何ていうか…」
キョウ男の問いかけにわたしは、
「嫌いなのよ。ハートコントローラーって物が」
そう答えた。
「それのせいで、わたしの友達は嫌な目に遭ってるのよ。今回のあんたのようにね」
例えば中学の時のメイさんとか、この前のエイジとか。
「人の心を操る道具なんか、存在してほしくないわ。無い方がいいと思う物を、わざわざ持たないわよ」
「んー、どうもお前は変な奴だな…」
「なぁに、まだ文句あるの?」
どうも彼は、まだ納得してないようである。
「それはお前、戦争する国が武器を持たないような物だぞ! 自分の気持ちがどうであれ、敵が持ってる物を自分は持たないなんて危ねぇだろ」
「よしてよ説教なんか。今疲れてるのに」
ややこしい話は嫌いよ。よく分からんけど、何やら意味のあることを言ってんだろうな…。
「それに武器ならあるわよ。わたしにはこの、鍛え抜いた腕っぷしがあるから!」
友達を守るには、これだけ持ってれば十分ってわけよ。
「で、キョウ男はこれからどうするんだ?」
「! オレは…?」
「こんな裏の世界があるって知って。わたしや若亭のように深入りするつもり? それとも表社会で一般人として生きてく?」
「オレは……。今の所、”ハート業界”に関わる気はないよ。表社会でやりたいことあるしな」
「まーそれはあんたの自由だわ」
キョウ男の選択は、一般人ルート。”ハート業界”には行かずに、表社会で生きてくつもりだ。まぁ今の所はね。
「じゃあもし”ハート業界”の奴に目ぇ付けられても、わたしが守るから。安心して表社会で生きてくだされ」
「ほんとか? 心強いな。ありがとう」
「わたしはそのためにいるんだ」
じゃ、キョウ男はそうとして……。
「じゃ、エンマくんは?」
「え、私…ですか?」
「これからどうするのよ。キョウ男はもう決めたわよ」
「…わ、私は……」
なんだ、何か思ってるような感じだなエンマくん。ちょっとの間黙った後、
「私、友達がいないんです…」
そう話しはじめた。寂しそうな顔で。
「アンさんが言うような友達が、私にはいません。一人も……。昔からそうだったんですけどね。この高校に入学したばかりの頃、クラスで暴力事件を起こしました。なぜだか分からないけど、突然隣の席の人を殴りたくなって…。その人のことを深く傷付けました。そんな乱暴者と誰も仲良くするわけもなく、私はクラスで孤立してしまったんです…」
エンマくんは語る。なぜわたしとキョウ男に、そんな話を…?
「でも、あのワカバさんは…。”ハート警察”のハートJさんは……私を友達と言ってくれて、私のために命を懸けて危険な相手と戦ってくれました。こんな私なんかをあの人は、友達と言ってくれたんです…。私は…あの人のようになりたい……。私は………」
バタン! と屋上の扉の開く音がした。そっちを見ると、
「おい住伏亭!!」
若亭が来ていた。現場の片付けを済ませてきたようだが、今お話し中なのよね…。
「てめぇクラナリのコントローラーぶっ壊すってどういうつもりだ!? あれがねぇと”ハート警察”に送る時にいろいろ面倒だろうが!!」
「わ、若亭。掴むのはやめてください……」
わたしがゆすられてるとエンマくんが、
「ワカバさん! 私は…、」
何か言おうとしていた。
「私は…”ハート警察”になりたいです……!」
若亭の顔を見て、歯を食いしばって言った。
「私は…!! ワカバさんのような強い”ハート警察”になって!! 私のような困っている人を一人でも多く助けられるような! そんな”ハート警察”に、私はなります!!」
両手を握って、彼は”ハート警察”になるって。若亭がしばらく黙ってると、
「だ、ダメですか!? あなたに憧れちゃ…」
「いやぁ。自亭がダメと言ったらやめるか? 引内亭の人生くらい、引内亭が決めたらいいよ」
「なら私は…!!」
「ただ、一つ言っとくぞ」
若亭はエンマくんをからかうように笑って、こう答えた。
「自亭に憧れると、苦労するぞ?」
え、なぜ…。わたしは気になったけど彼は、
「はっ…、はい! もちろん、苦労してでもなりますよ!!」
どうやら彼は”ハート警察”になって、”ハート業界”で戦うみたいだ。果たしてその言葉は叶うのか…。どうだろうね……。
エンマくんは病院で、本格的に手当てをしてくれた。わたしが鞄を背負って帰ろうとしていると、彼が声を掛けてきた。
「アンさん! ありがとうございました!」
「え、何が…」
「あなたのおかげで、私も”ハート業界”で戦う決心が付きました」
なぁんだ。そんなことのために、わざわざ話しかけてきたの。
「あぁ、気にすんな。わたしは友達のために戦っただけだから。こっちこそ怪我治してくれて、感謝してるわよ」
「あっ、また傷が開いちゃいけないから安静にしててくださいね!」
「分かってるわよ。じゃあね」
帰ろうとしたその時、彼が、
「アンさんはすごいですね…! 友達を守るっていう、その一つだけのことに真っ直ぐで…。あの友達に手を出さないっていうの、胸を打たれました……!!」
…、そっか………。この人にはそう見えてるわけだ。
「わたしは真っ直ぐではないわ。わたしは人殺しの息子よ」
「え…?」
突拍子もないことを言い出して、彼は呆気に取られたようだった。この病院に来てその人に会わないか、ずっと気が気じゃなかった。わたしは別に、すごくないですわよ。
「友達に悪口言ったことだってあるしな。わたしを過大評価したら、損するわよ」
大切と言う人に対して、悪口を言ってはならない。そして不必要に人に悪口を言ってはならない。普通の人なら分かる、これ常識。これを破ると、痛い目に遭う。
「じゃ、また明日ね。クラス違うから、明日会うかは分かんないけど」
にしても若亭に憧れるなんて、彼は悪魔にでもなるつもりだろうか。さっきクラナリを捕まえた後の、若亭のことを思い出す。
キョウ男とエンマくんが現場を去って、わたしも行こうとした時のことだった。若亭とクラナリの会話が耳に入ってきたんだ。
「一つ、聞きたいことがあるぞ。ハートJ…」
両手両足を拘束されて、身動きを取れないクラナリ。わたしに倒されてすぐなのに、もう目を覚ましたのか。
「二か月前、俺様の仲間だった不良が不可解な自殺をした。おそらくハートコントローラーで操られたせいだ。あれはハートJ…貴様がやったのか?」
おそらく奴が言ってるのは、四月末にこの学校で起きた自殺事件。三年の不良が原因不明の飛び降り自殺をした、あの事件。わたしのクラスでも、話題になっていた。
「残念ながら、自亭はその事件の犯人を探すためにこの学校に来てんだ。お前の仲間を殺した犯人は、自亭とは別にいる」
若亭が答える。
「とぼけるな!! 貴様の他に誰が…!!」
「ただ、もう片方の仲間には”ハート監獄”で会えるんじゃねぇか?」
「なに、も、もう片方…だと……?」
もう片方の仲間という言葉に、奴は凍り付いた。そこに若亭が、ダメ押しでさらに加える。
「お前の仲間、片方はその自殺者で、もう片方は行方不明だろ。なぁ? 葉後高校最強不良トリオの一人、小田切倉成よ」
青ざめた顔をするクラナリ。疑いは確信に変わったらしい。
「ま、まさか……! 貴様、俺様の仲間をあの”ハート監獄”に送ったのか!?」
”ハート監獄”というのは、”ハート警察”が管理する刑務所のことだって。わたしはよく知らないけど。
「そうだ。あいつは、人に暴力を振るって苦しませていたからな」
クラナリの二人の仲間というのは、一人は二か月前に自殺した三年生の時差遂也。そしてもう一人は、前にわたしたちがぶっ飛ばした名栗大也のことだろう。あの時若亭は、彼を”ハート警察”に送るって言ってたから。そこから名栗大也は、”ハート監獄”に収容された。
「ふざけるな! ”ハート監獄”は、ハートコントローラーを使って”ハート界法”に背く悪事を起こした”ハート犯罪者”に拷問を与える施設だろう! 俺様の仲間はコントローラーは持っていなかった!! ”ハート犯罪者”ではないあいつを、貴様は”ハート監獄”という地獄に送ったと言うのか!?」
怒りに震え、奴は若亭に食ってかかろうとする。手足を縛られてるせいで、その場に崩れてしまったが。
「俺様の仲間に不当な罰を受けろと言うのか!? 人を殴っただけだ! ”ハート監獄”に入れるほどの罪じゃないだろう!! どうにか言ったらどうなんだ、あぁ!?」
「うるせぇな…」
キレるクラナリに、若亭は心底不愉快だという表情をした後で言った。
「何だよ。悪人を地獄に送って何が悪い」
それを見て奴は、悔しさに顔を歪ませて叫んだ。
「こ………こ…!! この悪魔野郎がぁ~~~~~~~!!」
その様子には、若亭への深い恐怖が感じられた。
「もう少しだけ寝ててもらうか」
うるさい悪人の胸に拳銃を向け、彼は撃った。”ハート業界”では拳銃も、表社会にはない高性能な物が流通してるらしい。パン。とクラッカー程度の射出音で、目の前で吠える”ハート犯罪者”を黙らせることができる優れ物だ。
クラナリは再び気を失った。この後若亭は奴を”ハート警察”に送り、”ハート監獄”に入れるための手続きをするという。使用履歴の残ったコントローラーをわたしが壊したせいで、面倒になるみたいだけど。
血に染まったクラナリの姿を見下ろす若亭の表情は、それはそれは悪魔のような残忍さを帯びていた。
次回は2月2日(日)更新予定です。