表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハート探偵  作者: 住伏暗
13/32

第13話 悪魔警察


 わたしがハンマーで殴り飛ばしたクラナリは、時計台の下の海に沈んでいった。


「勝った!」


 ブイ! わたしの友達を傷付けた不良を、わたしは倒すことに成功。その後時計台を降りて外に出てきて、ここは海辺の一角。

 そこにキョウ男とエンマくんもいた。キョウ男は手当てを受けた跡がいっぱいある。


「勝ったって、あのクラナリって人はどうしたんだ」

「海に落とした。キョウ男、無事でよかったわ」


 エンマくんが、キョウ男の怪我を治療してくれたんだ。彼によると、


「時計台の中間展望台で手当てをして、ここに降りてきました。幸い傷は浅かったので、安静にしていれば治りますよ」

「ほんと? ありがとエンマくん」


 立派な医者ね。おかげで助かったわ。


「っていうか何ですかこの怪我ぁ!! アンさんも治療しないと!!」

「後でね。でさ、若亭が怒ってさ…」


 わたしが説明しようとした所にちょうど、


「ぶべっ!!」


 と若亭が海面から顔を出した。


「なんでてめぇはクラナリを海に落とすんだ住伏亭!」

「あ、ワカバさんご無事で! でもアンさんがひどい怪我で、わぁ———っ!!」

「あ、若亭。ほんとにソレ、引き上げてきたのか」


 抱えているのは、気絶しているクラナリの体。海に落ちたのを、わざわざ彼は拾ってきたってわけ。


「こいつは自亭が捕まえるから、死体は置いとけって言ったはずだぞ…?」


 そう言いながら奴の手足に錠をはめる。そういえば、そんなことを言ってたような…。


「てめぇは約束の一つも守らねぇのか、この馬鹿亭がぁ!!」

「あぁー! ワカバさん、アンさんに乱暴しないで! 怪我人なんですよぉー!!」

「つ…捕まえたんだからいいじゃないか…。つ…捕まえたんだからいいじゃないか…」


 若亭に掴みかかってゆさゆさしながら怒られる。こんなぶちギレられるとは、わたしと若亭は気が合いそうにない…。


「あのさ…」

「何だよ!!」


 話に割って入ってきたキョウ男にキレる若亭。


「心を操る道具の話、詳しく聞かせてくれないか? もう一度ちゃんと聞いて理解しないと、気持ちを整理できそうにない……」


 なるほど。それは確かにそうね。わたしも初めてコントローラーの存在を知った時、そうだったし。


「……そうだな。ハートコントローラーなんて物があると知った以上、その周りの話も知っといた方がいいだろう。変に隠して、いろいろ口出しされる方が迷惑だ」


 どうやら若亭も、分かってくれたらしい。隠しても無駄だってこと。


「教えてやるよ。自亭が入界してる、”ハート業界”のことを」

「わ、若亭放して…。頭に血ぃのぼってきた…」

「ただその前にお前ら、早くこの時計台から離れるんだな」


 わたしを投げ飛ばしながら、若亭が言った。ここを離れろって?


「え、なぜ?」

「人が来る前にだ。確かにここは人があまり来ない場所のようだが、全く来ないとも限らない。展望台の中含め、後始末は自亭がやっておく」

「後始末って?」

「血痕を消したりだ。ここで事件が起きたって形跡を消しておく。もし誰かが来てもいいようにな。あとさっき校舎裏で戦った跡も消しとかねぇと…。忘れてたぜ」


 要するに、わたしたちがあの不良と戦った証拠を消すってことらしい。


「なんか、悪いことしたみたいで嫌ね…」

「いやいや、住伏くんはよく戦ってくれたよ。友達のためにね。立派……!」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで自亭の言うこと聞け!!」


 なんか若亭、今日は機嫌が悪いのよ。


「そ、その前にアンさん、この腹の怪我を治さないと…制服真っ赤になってますよぉ!?」

「忘れるなよ、住伏亭。自亭もお前も、表社会から見れば立派な犯罪者なんだ。心を操る奴らの社会に加担し、違法な武器を持ってる戦闘狂ってとこか…」


 そういえば、こういう話を先生からも聞いたことがある。わたしへの言い聞かせ方も、あの人に似てるわ若亭は。


「”ハート業界”の存在がバレたら、それに関与してる全員が犯罪者になる。そしたらいろいろと面倒だろ。心に命じとけよ?」


 気絶中のクラナリの傷を指でつつきながら、若亭はわたしに説いた。


「………分かった!」


 わたしは元気に返事した。

 ハートコントローラーを持って、人に悪い事する”ハート犯罪者”。それを取り締まる”ハート警察”。そしてわたしが目指す”ハート探偵”。その全員が、”ハート業界”という裏社会の構成員。つまり犯罪者である。

 ”ハート業界”における正義も悪も、表社会から見れば全て悪。だから、”ハート業界”の存在が表沙汰になってはならない。”ハート業界”のホストであるゲイテって奴も、そう言ってるらしい。



 教室ではまだ授業がやってるから、見つからないようにわたしたちは校舎の屋上にやってきた。


「どうしてハートコントローラーを持たないんだ?」

「どうしてって、どうして?」


 一通りわたしの話を聞いたキョウ男は、変な質問をしてきた。ハートコントローラーを使わない、わたしのことが変なんだと。


「だって”ハート業界”って悪い奴がいっぱいいる裏社会で、お前は戦うんだろ? もしそういう奴らに狙われた時、コントローラーを持ってないと不利になるぜ?」

「ふーん。お前って真面目な割にバカなのね」

「殴られてるのに抵抗もしないお前に言われたくねぇよ!」


 キョウ男に話したことはいろいろ。まずハートコントローラーという物の存在と、その詳しい性能。次にそれを使う奴がいっぱいいる裏社会、”ハート業界”。そしてわたしがそこで戦う、”ハート探偵”という物になろうとしていること。


「で、どうしてだ?」

「うーんとね…まぁ何ていうか…」


 キョウ男の問いかけにわたしは、


「嫌いなのよ。ハートコントローラーって物が」


 そう答えた。


「それのせいで、わたしの友達は嫌な目に遭ってるのよ。今回のあんたのようにね」


 例えば中学の時のメイさんとか、この前のエイジとか。


「人の心を操る道具なんか、存在してほしくないわ。無い方がいいと思う物を、わざわざ持たないわよ」

「んー、どうもお前は変な奴だな…」

「なぁに、まだ文句あるの?」


 どうも彼は、まだ納得してないようである。


「それはお前、戦争する国が武器を持たないような物だぞ! 自分の気持ちがどうであれ、敵が持ってる物を自分は持たないなんて危ねぇだろ」

「よしてよ説教なんか。今疲れてるのに」


 ややこしい話は嫌いよ。よく分からんけど、何やら意味のあることを言ってんだろうな…。


「それに武器ならあるわよ。わたしにはこの、鍛え抜いた腕っぷしがあるから!」


 友達(だち)を守るには、これだけ持ってれば十分ってわけよ。


「で、キョウ男はこれからどうするんだ?」

「! オレは…?」

「こんな裏の世界があるって知って。わたしや若亭のように深入りするつもり? それとも表社会で一般人として生きてく?」

「オレは……。今の所、”ハート業界”に関わる気はないよ。表社会でやりたいことあるしな」

「まーそれはあんたの自由だわ」


 キョウ男の選択は、一般人ルート。”ハート業界”には行かずに、表社会で生きてくつもりだ。まぁ今の所はね。


「じゃあもし”ハート業界”の奴に目ぇ付けられても、わたしが守るから。安心して表社会で生きてくだされ」

「ほんとか? 心強いな。ありがとう」

「わたしはそのためにいるんだ」


 じゃ、キョウ男はそうとして……。


「じゃ、エンマくんは?」

「え、私…ですか?」

「これからどうするのよ。キョウ男はもう決めたわよ」

「…わ、私は……」


 なんだ、何か思ってるような感じだなエンマくん。ちょっとの間黙った後、


「私、友達がいないんです…」


 そう話しはじめた。寂しそうな顔で。


「アンさんが言うような友達が、私にはいません。一人も……。昔からそうだったんですけどね。この高校に入学したばかりの頃、クラスで暴力事件を起こしました。なぜだか分からないけど、突然隣の席の人を殴りたくなって…。その人のことを深く傷付けました。そんな乱暴者と誰も仲良くするわけもなく、私はクラスで孤立してしまったんです…」


 エンマくんは語る。なぜわたしとキョウ男に、そんな話を…?


「でも、あのワカバさんは…。”ハート警察”のハート(ジャック)さんは……私を友達と言ってくれて、私のために命を懸けて危険な相手と戦ってくれました。こんな私なんかをあの人は、友達と言ってくれたんです…。私は…あの人のようになりたい……。私は………」


 バタン! と屋上の扉の開く音がした。そっちを見ると、


「おい住伏亭!!」


 若亭が来ていた。現場の片付けを済ませてきたようだが、今お話し中なのよね…。


「てめぇクラナリのコントローラーぶっ壊すってどういうつもりだ!? あれがねぇと”ハート警察”に送る時にいろいろ面倒だろうが!!」

「わ、若亭。掴むのはやめてください……」


 わたしがゆすられてるとエンマくんが、


「ワカバさん! 私は…、」


 何か言おうとしていた。


「私は…”ハート警察”になりたいです……!」


 若亭の顔を見て、歯を食いしばって言った。


「私は…!! ワカバさんのような強い”ハート警察”になって!! 私のような困っている人を一人でも多く助けられるような! そんな”ハート警察”に、私はなります!!」


 両手を握って、彼は”ハート警察”になるって。若亭がしばらく黙ってると、


「だ、ダメですか!? あなたに憧れちゃ…」

「いやぁ。自亭がダメと言ったらやめるか? 引内亭の人生くらい、引内亭が決めたらいいよ」

「なら私は…!!」

「ただ、一つ言っとくぞ」


 若亭はエンマくんをからかうように笑って、こう答えた。


「自亭に憧れると、苦労するぞ?」


 え、なぜ…。わたしは気になったけど彼は、


「はっ…、はい! もちろん、苦労してでもなりますよ!!」


 どうやら彼は”ハート警察”になって、”ハート業界”で戦うみたいだ。果たしてその言葉は叶うのか…。どうだろうね……。



 エンマくんは病院で、本格的に手当てをしてくれた。わたしが鞄を背負って帰ろうとしていると、彼が声を掛けてきた。


「アンさん! ありがとうございました!」

「え、何が…」

「あなたのおかげで、私も”ハート業界”で戦う決心が付きました」


 なぁんだ。そんなことのために、わざわざ話しかけてきたの。


「あぁ、気にすんな。わたしは友達(だち)のために戦っただけだから。こっちこそ怪我治してくれて、感謝してるわよ」

「あっ、また傷が開いちゃいけないから安静にしててくださいね!」

「分かってるわよ。じゃあね」


 帰ろうとしたその時、彼が、


「アンさんはすごいですね…! 友達を守るっていう、その一つだけのことに真っ直ぐで…。あの友達に手を出さないっていうの、胸を打たれました……!!」


 …、そっか………。この人にはそう見えてるわけだ。


「わたしは真っ直ぐではないわ。わたしは人殺しの息子よ」

「え…?」


 突拍子もないことを言い出して、彼は呆気に取られたようだった。この病院に来てその人に会わないか、ずっと気が気じゃなかった。わたしは別に、すごくないですわよ。


「友達に悪口言ったことだってあるしな。わたしを過大評価したら、損するわよ」


 大切と言う人に対して、悪口を言ってはならない。そして不必要に人に悪口を言ってはならない。普通の人なら分かる、これ常識。これを破ると、痛い目に遭う。


「じゃ、また明日ね。クラス違うから、明日会うかは分かんないけど」


 にしても若亭に憧れるなんて、彼は悪魔にでもなるつもりだろうか。さっきクラナリを捕まえた後の、若亭のことを思い出す。



 キョウ男とエンマくんが現場を去って、わたしも行こうとした時のことだった。若亭とクラナリの会話が耳に入ってきたんだ。


「一つ、聞きたいことがあるぞ。ハート(ジャック)…」


 両手両足を拘束されて、身動きを取れないクラナリ。わたしに倒されてすぐなのに、もう目を覚ましたのか。


「二か月前、俺様の仲間だった不良が不可解な自殺をした。おそらくハートコントローラーで操られたせいだ。あれはハート(ジャック)…貴様がやったのか?」


 おそらく奴が言ってるのは、四月末にこの学校で起きた自殺事件。三年の不良が原因不明の飛び降り自殺をした、あの事件。わたしのクラスでも、話題になっていた。


「残念ながら、自亭はその事件の犯人を探すためにこの学校に来てんだ。お前の仲間を殺した犯人は、自亭とは別にいる」


 若亭が答える。


「とぼけるな!! 貴様の他に誰が…!!」

「ただ、もう片方の仲間には”ハート監獄”で会えるんじゃねぇか?」

「なに、も、もう片方…だと……?」


 もう片方の仲間という言葉に、奴は凍り付いた。そこに若亭が、ダメ押しでさらに加える。


「お前の仲間、片方はその自殺者で、もう片方は行方不明だろ。なぁ? 葉後高校最強不良トリオの一人、小田切倉成よ」


 青ざめた顔をするクラナリ。疑いは確信に変わったらしい。


「ま、まさか……! 貴様、俺様の仲間をあの”ハート監獄”に送ったのか!?」


 ”ハート監獄”というのは、”ハート警察”が管理する刑務所のことだって。わたしはよく知らないけど。


「そうだ。あいつは、人に暴力を振るって苦しませていたからな」


 クラナリの二人の仲間というのは、一人は二か月前に自殺した三年生の時差(じさ)遂也(ツイヤ)。そしてもう一人は、前にわたしたちがぶっ飛ばした名栗(なぐり)大也(タイヤ)のことだろう。あの時若亭は、彼を”ハート警察”に送るって言ってたから。そこから名栗大也は、”ハート監獄”に収容された。


「ふざけるな! ”ハート監獄”は、ハートコントローラーを使って”ハート界法”に背く悪事を起こした”ハート犯罪者”に拷問を与える施設だろう! 俺様の仲間はコントローラーは持っていなかった!! ”ハート犯罪者”ではないあいつを、貴様は”ハート監獄”という地獄に送ったと言うのか!?」


 怒りに震え、奴は若亭に食ってかかろうとする。手足を縛られてるせいで、その場に崩れてしまったが。


「俺様の仲間に不当な罰を受けろと言うのか!? 人を殴っただけだ! ”ハート監獄”に入れるほどの罪じゃないだろう!! どうにか言ったらどうなんだ、あぁ!?」

「うるせぇな…」


 キレるクラナリに、若亭は心底不愉快だという表情をした後で言った。


「何だよ。悪人を地獄に送って何が悪い」


 それを見て奴は、悔しさに顔を歪ませて叫んだ。


「こ………こ…!! この悪魔野郎がぁ~~~~~~~!!」


 その様子には、若亭への深い恐怖が感じられた。


「もう少しだけ寝ててもらうか」


 うるさい悪人の胸に拳銃を向け、彼は撃った。”ハート業界”では拳銃も、表社会にはない高性能な物が流通してるらしい。パン。とクラッカー程度の射出音で、目の前で吠える”ハート犯罪者”を黙らせることができる優れ物だ。

 クラナリは再び気を失った。この後若亭は奴を”ハート警察”に送り、”ハート監獄”に入れるための手続きをするという。使用履歴の残ったコントローラーをわたしが壊したせいで、面倒になるみたいだけど。


 血に染まったクラナリの姿を見下ろす若亭の表情は、それはそれは悪魔のような残忍さを帯びていた。


 次回は2月2日(日)更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ