第10話 けじめ
五分経って、キョウ男にかけられたハートコントローラーの効果は解除された。その瞬間ぴたっと彼はわたしを石で刺すのをやめて、その後青ざめた。
「おい! しっかりしろ!! 住伏くん!!」
「うるさいなぁ。心配性だな、お前…」
この程度の怪我で、死ぬわけでもないわ。鍛えてるから。
「なんでお前、わたしに気付いたの?」
「そのハート形の寝癖は、住伏くんしかいないだろ! お前、なんでオレにやり返さなかったんだよ!! オレはお前を傷付けたんだぞ!?」
わたしは髪の毛が、ハートを描くように跳ねている。その髪型を見て、気付かれたか…。
「お前がわたしに、友達と言ったことがあった。友達は殴らないってので、わたしはやってるんで……」
「んなこと言ってる場合か! 馬鹿かお前は!!」
なんか、めっちゃ怒られてるな。わたし、何もしてないぞ?
「くっそ、あの時急に住伏くんを痛めつけたくなった…。どうして……!」
キョウ男の奴、文字通り頭を抱えてら。まぁそりゃそうだわな。自分の友達を蹴って、切って、そうしたくなった理由は分からない。自分どうかしたのかって、考えるのが普通。
「ワカバさん!! しっかりしてください!」
「馬鹿、騒ぐな。お前の蹴りなんざで死にゃしないよ。まぁあの不良にやられた所は、結構効いてるが…」
どうやら、あの二人も生きてるらしい。
「私は……! 自分を助けてくれた恩人を…、苦しませてしまった…!!」
エンマくんもかなり堪えてるようだ。
「うわぁぁああぁ私は最低だぁ——!! 私なんて死んだ方がいい!! いない方がいい———!! あぁあぁぁ!!」
泣き叫んで地面に頭を打ちつける彼。若亭が怒る。
「馬鹿やめねぇか! てめぇが生きても死んでも何も変わんねぇよ!!」
キョウ男とエンマくん。この二人がそれぞれ友達を傷付けた理由を、本人たちは知らない。自分がおかしくなったのかと、きっと不安でいっぱいだ。もう、言っちゃった方がいいんだろうか。そう考えてわたしが、
「気にすることはないわよ、エンマくん。あんたもキョウ男も、わたしたちを攻撃するように操られてたんだから」
そう言うと、二人とも「えっ?」となった。ぽかんと。
「住伏亭…!」
「いやぁ、こいつらには多分隠しても無駄だよ。若亭、コントローラーを出せ」
ハートコントローラーのことを周りの人に口走んなって、先生から何度も言われたな。ハートコントローラーは誰にもバレずに人を操れる道具。”ハート業界”は平気で人を殺す奴らの社会だから、そこに友達を巻き込んじゃいけねぇって。
若亭が出したそのスマホのような物を指して、
「これ、ハートコントローラーって物でね。人の心にプログラムを送信して、その通りに動かす。要するに、人を操れる道具だよ」
やっぱり初めて見た人は驚くんだ。キョウ男とエンマくんの顔色を見て思う。確かに、わたしもそうだったわ。ハートコントローラーなんて物、最初は信じられなかった。さらに、
「何の前触れもなく何かをしたくなるのは、このコントローラーのせい。服脱いで体操したり、友達を蹴ったりね。あの不良も、これと同じ物を持ってたでしょ」
と説明する。
「そ…そんな物が…? 本当ですか?」
「信じられないかもしれないけど、あんたらが今体験したこと。だから、気に病むことはないのよ。何をしたのも、ハートコントローラーのプログラムによるものだから」
しかしそれを聞いてもなお、キョウ男は不満そうにしている。
「だが、それでもオレが君を痛めつけたことに変わりはない……。どうけじめを付ければいいのか………」
真面目ね、キョウ男は。それなら…、
「ふーん。じゃあ、わたしと一緒に来るか? あの不良をぶっ飛ばしに!」
「え?」
目を丸くするキョウ男。
「か、勝てるんですか!? アンさん、あの人に…!!」
「分からん。ただあいつは、わたしの友達に悪い事したんだ…。痛い目遭わせなきゃ、気が済まねぇ!」
キョウ男は戸惑ったように黙ってる。迷ってるのかい?
「友達を傷付けた、お前のけじめを付けるんでしょ! 来なさいよ!」
「無茶ですよアンさん!! あのクラナリって人はすごく強くて、しかも人の心を操るなんて…! 強すぎます!! ぶっ飛ばすなんて絶対に無理ですよ!!」
エンマくんがわたしの肩をぶんぶんと揺らして、そう言ってくる。しかしキョウ男は、
「……行こう!」
「よし、決まり! じゃあ行こう」
彼は来るって。わたしを傷付けたことに、けじめを付けるんだって。じゃあ、あのクラナリって不良に仕返しに行こう。
「それじゃあ自亭も」
「おいおい、若亭は無理しない方がいいわよ…」
重傷な彼をわたしが止めてると、エンマくんが、
「ま、待ってください! それなら私も行きます! ワカバさんを傷付けたけじめを付けなきゃ…!! でもその前に手当てを…!!」
言われて改めて見てみると、確かにみんな怪我してるわ。ボロボロだ。
「確かにそうねぇ」
先に絆創膏とか、貼った方がいいか。
「保健室に行くかい? って言っても、住伏くんとか病院行かねぇと…」
わたしたちが話してるとエンマくんは、
「いえ。私は、医者ですから!」
「え」
そう言った。き……、聞いてないぞ? そんなこと。
校舎の玄関、靴箱の前で。
「痛たたたたてて! 沁みる、沁みる!!」
「我慢してください。手首に傷が…!」
傷口を消毒される。それで色々すれば……、
「おーすげ——! 怪我なおったー!!」
「バカ、これくらいで治ったわけねぇよ」
「えぇ、あくまでも応急処置です。戦いが終わったら、うちの病院に来てください。ちゃんと治療しますから!」
「そうなのかー。ありがとう」
どうやらエンマくんは、医者としての腕があるらしい。唐突にそんなことを言われてびっくりしたけど、わたしたちの傷に処置をしてくれた。
「靴箱に医療道具を置いてて良かったです…」
「引内亭のママ、医者だったのか。知らなかった」
「はい。母から医術を教えてもらって、私もある程度なら使えるんです」
若亭と彼の会話。あまり聞いてて良い気分はしないわ。どうやら母親さんはちゃんと生きてるようだが……。
キョウ男が彼の救急箱を見て、
「しかしこんな物をよく、学校の靴箱に入れてたもんだね…」
「私はよく人に殴られて、怪我をするので…。医療道具はすぐ使える場所に常に置いてるんです」
「あぁ。納得…」
確かにこの人じゃガーゼやら包帯やら、いくらあっても足りなそうだものね。日常的に誰かしらに殴られてるらしいから。
「まぁでもキョウ男さんは軽傷なので、あとは安静にしていれば大丈夫ですよ!」
「そうか、ありがとう。キョウだ」
「尤も今から、更なる大怪我をするかもしれねぇが…。……どうした?」
エンマくんが、明後日の方向を見てぼーっとしている。何か考えてるみたいだった。ん、何だ?
「…どれだけ医術を身に着けても、治せない怪我もあるんですよ……」
何かを語り出した。
「何だ?」
「心の傷です」
そう言いながら、すっごく空しい顔をしてるな。この人。
「なぁ、あんたのママさんってもしかして」
「えぇ、そうです…。心に怪我を負ったんです」
…。この人、やっぱり。さらに続ける。
「私には兄がいたらしいのですが、私が物心つく前に自殺したらしくて…。母はそれで、慢性的に心を病んでるんです……。医者は体は治せるけど、心を元気にさせることはできない。心を病んだ人を、医者は救えないんです………」
愚かですよね…。と。引内家の長男の自殺。その話なら、わたしも知ってる。なんたって、その自殺の原因になったのは………。
「私の…、ママなのに……」
「行くわよ」
わたしはべしっと、彼の背中を叩いてやった。
「痛ぁっ! ちょっと、傷が開いたじゃないですかぁ!!」
「元気になったわね。行こう」
「いや! 痛くて動けないです!! 血ぃ出たし!!」
じゃあ、クラナリにリベンジに行くぞー!!
「お前が一番病んでるじゃないの」
わたしが言ったことの意味、分かったらしい。彼は元気になった。
「待って、この傷だけ閉じてから! ちょっと待ってくださいってば!! アンさん! ワカバさん!」
彼はわたしたちに、自分の家の病院に来いって言ってるが…。この人の母親さんには会いたくないなぁ………。住伏家の子どもとして、合わす顔がないからな。
奴の所に向かうために、歩き出したわたしたち。だがその前に…、
「見つけたぞ!! ハートJたちよ!!」
聞き覚えのある威圧的な声が、玄関に轟いた。そう、奴が現れたのだ。
「く…、く……、」
そこに立っていたのは、両手に棘の手袋を付けて臨戦態勢のクラナリだった。
「クラナリぃ~~~~~~~!?」
エンマくんがびびって叫んでるわ。
「屍が見つからなかったんでな。改めて始末しに来てやった。ハートコントローラーは、誰にも知られることのない完全犯罪ツールだ。それを知った貴様らを、生かしてはおけんのだ……」
わたしたちの口を封じに来たのか。
「何より”ハート業界”という裏社会の存在が、世間にバレてはならない。その原因となった者は、」
「消される。”ハート業界”の創設者、ゲイテによってな。それにびびって自亭たちに加え、引内亭たちをも殺しに来たってわけか」
「ぎゃ———ぎゃ————!!」
「相手の方から来た……」
「何びびってるのよ。探す手間が省けたわよ」
どのみち倒すつもりの相手よ。向こうから来てくれたのは、ありがたいことだわ。
「ではまずはお友達から……、消してゆこうか」
光を反射させて、ギラッと光る棘の塊。
「俺様の腕っぷしの前に、ひれ伏せぇ!!」
「げ…!」
グローブを振りかざして、奴はキョウ男に向かってきた。彼が『終わった!!』って顔する。ここが、わたしの出番…!!
その顔を狙う棘を、わたしは回し蹴りで止める。
「わたしの友達に、そんなもん向けんな」
「ほぉ…。足で受けるとは、中々の物だな。俺様の棘グローブを……」
今度はもう、負けないわよ。この学校の中で、思いっきり悪い奴をぶっ飛ばせる場所。そんなの一つしかないわ。
「場所を時計台に変えようぜ。あそこなら、そう人目に付かないと聞いたわ」
学校の外れにある時計台。その最上階にある、展望スペース。わたしは来るの二度目だけど、キョウ男は初めてのようだ。
「この時計台、中に入れるなんて知らなかった…」
「えぇ。わたしも前に悪い奴に、ここに連れてこられてね。あまり人が来ない場所みたいよ」
この学校に入ったばっかの頃にね。さてと。
「ここなら、お前は存分にぶっ飛ばせる」
「…確かに。”ハート業界”の者同士が決闘する場としては、悪くねぇな」
やっぱり悪い奴はこういう場所、気に入るみたいね。にぎやかな学校を見下ろせる、直径五メートルほどの四角い無機質な空間。
「ぎゃぁあ—————!! 何なんですかここぉ! 校舎の屋上の倍くらい高いですよ!?」
「時計台の最上階展望台だ」
「海に囲まれてますし、落ちたら一たまりもないですよあぁああぁあー!!」
エンマくんが真っ青になって泣き叫んでる。高い所苦手…? そんな彼に対して若亭は、
「うるせぇな。じゃ落ちなきゃいいだろ」
「エンマくん……、高所恐怖症か…」
キョウ男が言うには恐怖症。高所恐怖症ね。まぁわたしも、あまり高い所は好きではないが……。
「だってこんな薄い柵一枚飛び越えたら、海に真っ逆さまですよぉ!!」
「じゃあここでじっとしてろ。自亭があいつを倒してやるから」
戦おうとする若亭にキョウ男が、
「若亭くん、背中の怪我大丈夫かい…?」
と心配している。
「あぁ、なおった」
「治るか! エンマくんがしてくれたのは応急処置だけだぞ!!」
まぁ、治ってるわけはないか。
「”ハート犯罪者”がいるんだ。自亭はそれを捕まえるのが仕事」
手ぇパキパキ言わせて、気合い満点のようだが……。
「その前に若亭」
「何だ?」
ちょっとわたし、彼にやっとかないといけないこと…あるのよね。
次回は1月12日(日)更新予定です。




