表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日は愛人のところ? じゃあ夕飯いらないね  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞
溺愛編(妻視点メイン)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/14

溺愛③

「ねぇ、忠。もし、私がパート辞めるって言ったらどうする?」

「はぁ?」


 夕食をとりながら明里が話を振ると、忠は不機嫌そうに声を上げた。


「何だそれ。お前がやりたいって言ったんじゃん」

「うん、そうなんだけどね。ちょっと、居辛くなるかもしれなくて」

「なんかやらかした?」


 平然と聞く忠に、何故この人の思考はこうなのだろう、と溜息が出る。普通に何かあったのかと聞けないのだろうか。


「上司がね、男の人なんだけど。ちょっと……セクハラ? みたいなの、されちゃって」


 冗談めかして笑ってみせる。それに忠は思い切り顔を顰めた。


「そんなの気のせいじゃない? 二十歳そこらの新入社員ならまだしも、その歳で自意識過剰だって」


 ずきりと、胸の奥が刺されたように痛んだ。

 こういう回答がくるって、わかっていたはずなのに。


「そもそも、そんくらい受け流すのが社会人だろ。パートだからって仕事なめてんじゃないの? ま、専業主婦だったし無理ないか。いいよなー女は。ちょっと嫌なことがあったら、旦那の稼ぎをアテにして辞めちまえるんだから」

「……忠が、専業主婦になれって言ったんじゃない」


 言い返した明里にむっとして、忠は乱暴に食器の音を立てた。


「そりゃ結婚したんだから、夫の世話するのが最優先に決まってるだろ。お前は要領悪くて仕事と両立なんかできっこないから、専業主婦で()()()()()()んじゃないか」

「ならパートを辞めることも許してくれればいいじゃない。どうして今になって駄目なの?」

「お前もいい加減、主婦の仕事に慣れただろ。家事ごときで一日終わるわけないんだし、暇してるくらいなら少しは家計を助けろよ」


 だったらその()()()()()を、一度でいいから私と同じレベルでやってみせてよ。

 そう言いたくなったのをぐっと堪えて、なるべく穏便な言葉を選ぶ。

 

「だから、パートを始めたじゃない。いずれ子どもができた時のために、少しでも貯めておこうって。でも、働きながら忠の要求するレベルで家事をこなすのはしんどいの。二人とも働くなら、少しでいいから手伝ってもらると助かるんだけど」

「働きたいって言い出したのお前だろ。やりたいことやらしてやってんのに、何でその負担を俺が背負わないといけないんだよ」

「忠が自分の稼ぎだけじゃ子どもは無理って言ったからでしょ。仕事もして、家事もして、育児も私だけがするの? 忠は子どもができても、全部私にやらせる気なの!?」


 子どものことを持ち出した明里に、忠は一層不機嫌になり席を立った。


「母親なんだったら、全部できて当然だろ。それができないと思うなら、お前は母親になる資格なんかない」


 言い捨てて、忠はダイニングを出て行った。ドアが強く閉まる音がしたので、自室に籠もったのだろう。都合が悪くなるとすぐ逃げる。

 もう駄目だ。忠と話し合いで解決することは不可能に近い。それでも、明里は少しだけすっきりしていた。心臓がうるさく音を立てているが、嫌な感じではなかった。ついに言ってやった、という気持ちがあった。

 こんなに強く自分の意見を言ったのは初めてだった。ずっと夫に従順な妻を演じ続けてきたから。

 自分の意見はどうせ全部潰される。だったら黙って従った方が傷つかない。

 それ以外に生きる術がなかった。忠に捨てられたら、自分の未来は真っ暗なのだと思っていた。

 そんなことはないと。ほんの一瞬でも、思えたから。


 明里は()()()を取り出して、スマホのキーパッドを一つずつ押す。


「――もしもし。ご相談が、あるのですが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ