03 国の様子を見て回る。
町には活気があった。とても魔物で困っているようには見えない。
商品も潤沢にある。何の肉かわからないが、串に刺した肉が売られていたので値段を聞くと銅貨二枚だった。
銅貨一枚が百円くらい?
他人のふりをしているが、前後左右にゾロゾロと引き連れている。
ルカとカナカが私の両脇を固めているし、ちっともコソッとじゃない。
これは仕方ないと諦めるべきなのだろう。それはわかる。
聖女様ってなんなんだろう?
露店に並ぶ商品の値段を見ながら思考する。
遥か昔にいたとされる伝承の沢渡円さん。実在した日本人らしい。
私と同じ経験をしている。
沢渡さんは十八歳で召喚され、体も自分のままだったようだ。そこは記載されていないのではっきりと判らないんけど、自分の体じゃなかったらそう書くと思うんだよね。
私と同じようにアイエス一世の次代に頼まれ三十四年間、祈りを捧げ続けた。
死ぬまで祈り続けていたみたいだ。
ここで、既に嘘をつかれている。
期限がわからないと言っていたのだから、嘘とは言えないのか?
代償があったのか、無かったのかよく判らないと書かれていた。
ただ、日本人にしては早く亡くなっている。五十二歳頃だと思われる。
「ルカ、この世界の平均寿命って何歳くらい?」
「平均寿命・・・?」
「何歳くらいで死ぬことが多い?」
「早くて五十代かな?この国で一番の長生きとされたのは七十二歳だったと言われている」
「そう・・・」
本人が没後に書けるわけがないので五十二歳の誕生日を迎えた直後で記された紙束は終わっている。
書く気が無くなって止めた可能性だってある。
聖女の力は自分自身にも効いていた。
時計のベルトを縮めている時に突いた指先は治っていた。
病は治せない可能性もある。まだ試していないので解らないのだ。
寿命が来ても癒しを掛ければ寿命が伸びるのか?
私の体はどうなっているのか?
この体の中身の子はどうなっているのだろうか?
子供の精神で、大人の体になって、いいことなど何一つ無いだろう。
私はどうすれば正しい道を選べるのか?
「ミサキ、考え事?」
スルツに声を掛けられてハッとする。
「そう、ちょっと考え込んでいたわ」
「何をと聞いてもいい?」
「答えが出ない彼是を止めどもなくね」
「そう・・・」
「ミサキは買い物に来たんだろう?欲しいものはないのかい?」
ルカが露店の商品を指さしながら聞いてくる。
「ねぇ、凄く活気があるよね?本当に魔物に困っているの?」
私の声が届く範囲にいた人達がビクッと体を震わせた。
「ここは国の中心部だから、魔物の出現は今のところ無いよ」
ルカが温和な笑みを浮かべて答える。
「なら魔物が出現しているところに連れて行って。本当に困っているのか確認したいわ」
「それは無理だよ!!危ないから」
「でも、あなた達が言っていること何も証明されていないんだもの。こんなに平和。私の力が必要だと思えない。あ、私が魔力を使えることは証明されたわね」
「魔物が出現して本当に困っているのは地方の村人なのでしょう?その人達を助けているの?」
「騎士団は派遣しているが、着いた時にはほぼ村は全滅している」
「それでも、ここはこれだけ活気があるのね。不思議だわ・・・」
「・・・・・・」
不信感だけが募っていく外出だった。
「聖女ミサキ。一度教会に行ってみるのはどうでしょう?」
「私の希望は魔物を見ることで、教会に行きたいとは思ったことはないわ」
「そうですか・・・」
「私利私欲ではない証明がほしいの。それから教会に行くかどうかは決めさせてもらうわ」
この世界に来てから一ヶ月が経ったが、来た日から何も変わること無く、私は私のことを聖女とは認めず、日々を過ごしている。
なのに、この国が困っているようには見えないのだ。
この国の人達を信用できない。
このままでは前にも後ろにも進めない。
沢渡円さんの手記にも、やっぱりこの世界の人達が信用できないまま亡くなっている。
聖なる力は本当に必要なのだとは思っていたみたい。
本当にこの国に必要なのか不信を持っていた。
帰還魔法かもしれないというものが書かれていたが、日本に帰った時、浦島太郎になっていない保証がなくて、試すことができなかったと書かれていた。
試してはいないけれど帰る方法がある可能性があるかもしれない。
この国の人達は帰る方法はないと言っている。
ただ祈るだけでなにか代償があったように思えないが、王都から出してもらえず、本当に困っている人が救われているのかは判らないまま、祈り続けたと記されている。
「ナイカ、前に私がお願いした、魔物が出現する場所へ連れて行ってもらう話がどうなっているか確認してきてくれるかしら?」
「・・・聞いてまいります」
戻ってきた時にはナイカだけではなくポールとアナカも一緒に部屋へとやって来た。
アナカが「どうしてそこまで魔物のいる所に行きたいんだい?」
「どうして魔物も見ていないのに私が祈ると考えるの?今のままでは私は単なる厄介者でしょう?」
「そんなことはないよ。ただいてくれるだけでもこの国では感謝しか無いよ」
「この体の持ち主のことはなにか解ったのかしら?」
「どこにも召喚されたと思わしき人は居ないと報告を受けているよ」
「そう・・・とりあえず魔物と接触したいわ。私をそこに連れて行って」
「許可がおりない。ミサキの身の安全が一番大事なんだから」
「堂々巡りはもう飽きたわ」
「そうだね」
「先に進むためにも魔物を見ることは必要なのよ。誰も困っていないのに祈れと言われても、それは無理だわ。私が目にしたものは平和そのもので、幸せそうな人達ばかりなのだもの」
ポールが嫌そうな顔をしている。
「もう、いい加減堂々巡りはやめて。教会で私が祈るとどうなるの?」
「聖なる結界が張られるんだ」
「伝承なのよね?」
「それは・・・聖女が書いたとされる書にはなんと書かれていたのですか?」
「この世界の人に騙されているのではないかと」
「そんなっ!!」
「私達は騙したりなんかしていないっ!!」
「前の聖女も誘拐されて死ぬまで祈りを捧げさせられたと書かれているわ」
「死ぬまで・・・本当に?」
「ええ」
私より、この世界の人達のほうがオロオロしているように見える。
「私に死ぬまで、この国に尽くす理由は無いと思うのだけど」
「それは・・・」
「一宿一飯の恩義すらないわ。誘拐されたんだもの」
アナカが一歩前に出てきて、私の視線に合わせる。
「ミサキは私達に力を貸すのは嫌なのかな?」
「当然でしょう?ずっとそう言っているよね?」
「本当に危険なんだけど、魔物に襲われた村を見に行きたいんだね?」
「ええ」
「解った。話し合ってくるよ」
それからはトントン拍子に話は進んだ。
聖女巡礼と銘打って、各地を回ることになった。
贅の限りを尽くしているけれど、乗り心地の悪い馬車にルカと一緒に乗せられて、騎士が三十人と魔法師団十人が同道した。野宿と、質素な宿に宿泊して、国の一番外側に到着した。
そこは廃村になっていて、生きているものは誰もいなかった。
家の壁や、床に赤黒い血液の後があったことが生々しかった。
村の奥にある森からは聞いたこともないような獣の鳴き声が聞こえる。
当然地球の獣とは違うだろうから、聞いたことのない鳴き声で当たり前なのだけど。
亡くなった方が、天国に行けるようにと私は掌を合わせて冥福を祈った。
それだけで、この村の結界が出来たのか?居づらくなったのか?獣の声が聞こえなくなった。
付いてきていたアナカが私が何に祈ったのかしつこいくらいに尋ねてきた。
「ミサキは気が付かないかもしれないけど、結界が張られているよ。森から魔物達は出てこられなくなった」
「一つ聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「隣の国は何ていう国なの?」
「ここの隣はアリーシュ共和国といいます」
「魔物がこちらの国に来なくなったということはアリーシュ共和国に出没することになるんじゃないの?」
アナカは何度か瞬きを繰り返し、口元を手で押さえた。
「魔物を殲滅することを、近隣の国で話し合うべきではないの?」
「私を誘拐したこの国だけを守るなんて嫌だわ」
祈らないように気をつけなければいけないと思った。
次の村も、その次の村も廃村になっていた。
それはかなり前に廃村になっていたような気がするものもあった。
「ここはいつ廃村になったの?」
「二十年くらい前です・・・」
「廃村になった理由は?」
「・・・・・・高齢化だと聞いています」
「魔物は関係ないのよね?」
「はい・・・」
廃村になっていない村で、騎士十人と魔術師団五人が待っていた。
騎士と魔術師団を入れ替えるのだと言っていた。
村は高齢化が進んでいて、若者が居なかった。
村の人達と言葉をかわすと、都会に憧れて、若者は出て行ってしまうのだと言った。
魔物の脅威を聞いたところ、この辺りに魔物が出るとは聞いたことがないと言っていた。
最初に訪れた村も、もしかしたら魔物ではなく人に襲われたのかも知れないと思い至った。
旅は三ヶ月目に入ったが、獣の声は聞こえるけれど、姿を見ることも襲われることもなかった。
「獣に襲われることもありませんね?」
ルカもアナカも何も返事をしない。
アナカが「聖女様が巡礼するだけでも効果があるのかもしれません・・・」と言い出した。
「本気で言ってる?」
「・・・・・・」
可能性は零ではないだろう。
けど、城で聞いていた話とは違いすぎた。
七ヶ月が経ち、国の外周の半分強を見て回った。
「そろそろ城に戻っていただかなければなりません」
比較的栄えている町で軍務大臣のポールが私を待ち構えていて、私に帰るように促した。
私はそれには逆らわず、言われるがまま城へと戻った。
スルツが満面の笑顔で「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」と私を出迎えた。
「危険なことはなかったかな?」
「何一つ危険なことはなかったわ」
「えっ・・・?」
「過疎化で廃村になった村を見て回っただけだもの。危険なんて全く無かったわ。村人たちも魔物に襲撃されたことはないと言っていたわ」
スルツが戸惑いアナカを見た。
「一体どこの村が魔物に襲われたの?」
アナカも複雑そうな顔をして、スルツに頷いている。
ナイカが私の側にやってきて「お疲れになったでしょう?お風呂の準備が整っています」
そう言って、私が居た部屋へと連れて行った。
三日ほどのんびりとした時間を過ごし、私は魔法の本や、この国の歴史書を読んで過ごしていた。
私はこの国で祈りを捧げる気は既に微塵もなかった。
ルカが私の部屋にやって来て、教会で聖女の祈りをしてくれないか?と聞いてきたが、私は必要があるように見えなかったと言って、断った。
そして私は「他国へ視察に行きたい」と言ってみた。
その案には誰も賛成しなかった。
「聖女の力をこの国だけが持っていることがおかしいでしょう?」
と言ってみたが、全く相手にされなかった。
私が視察から戻ってきて半月ほど経つと城の中が慌ただしくなっていた。
ナイカに尋ねると、来月隣国の王族が訪ねてくるのだと言った。
城がことさら丁寧に清められ、古いものは新しいものに替えられていたが、私には一切関わりのないことなのか、私の日常は何も変わらなかった。
嫌々ながらも王族と一緒に食事を取らされ、それ以外の時間は本を読むか庭を散歩するしか、することがなかった。
次話24日UP予定です。