54
「いつから気が付いていた?」
「ん? いや、いくら変装をし、魔法の水差しを使っていても、手元に現れているしわまでは隠せないからね。コップに水を注いだ時点で嫌でもバレるさ」
「ヤなとこまで見てやがるね。あんた、女に嫌われるよ。けど、そうじゃない。なぜ、あたしが闇ギルドのギルマスと?」
「ああ、そっちか」
俺がにっこり微笑みかけながら、つかんでいた手首を放してやる。ようやく手首を解放され、さすりながら、油断なく俺のこと観察しているようだ。
「そりゃ、あの愚か者はまわりの人間のだれに対しても、傍若無人に振舞い、だれかれ構わずボロクソにののしりの言葉を浴びせ続けていた。なのに、ガムバさん、あんたにだけはそういった振舞いを決してしなかった。だれだって何かあると気が付くさ」
「なるほどね」
「それに、リチャードが死んだときにパニックにもならずに冷静に判断し、行動していたのもわかっているからな」
「……ああ、マリナスから聞いたのか。あのおしゃべりめ」
「いいや。もっとも、世の中には、本人に記憶を残さない形で自白させる方法なんていくらでもあるがね」
「なるほど……」
実際には、あの時期、トドロキの部下をリチャードの影の中に潜ませていて、監視をし続けていたからで、あの場面を影の中から直接目撃していた部下から報告を受けていたというのを説明したりはしないが。
なにしろ、リチャードと関係の深い闇ギルドでは高位のメンバー同士が念話で情報のやり取りをしている。
そして、リチャードと闇ギルドは宰相のもとへスパイを潜り込ませているのもわかっていた。
つまり、あの時点では、ミ・ラーイの市長の件で宰相が動き出すより前にファブレス側がその動きを察知し、隠し帳簿などを始末する可能性があったのだ。それを阻止するために監視をつけていたってわけだ。
だが、実際にその監視の前で行われたのは――
すっかりぬるくなったコーヒーをすすり、サンドイッチをひとつつまむ。
「あんたもどうだい? ここのサンドイッチは、結構いけるぞ。俺のお気に入りだ」
「ああ、いただくよ。あたしも昼はまだだったからね。いい加減、お腹が空いて死にそうだよ」
そうして、二人して向かい合いながら、無言でサンドイッチをむしゃむしゃ食べる。
「いい食べっぷりだ。そのサンドイッチの中にあたしが毒を仕込んだって言ったらどうすんだい?」
「ん? あははは。大丈夫さ。あんたはそんなことしやしない」
「それはどうかね。遅効性の毒が今頃あんたの体を蝕んでいて、気が付いたころには手遅れになっているかもよ」
「もし、そうなっていたら、その時はその時さ。大人しく死んでやるさ」
「……」
「そして、あんたの枕もとへ化けてでてやる。『お前さんも早くこっちへ来い。結構ゆかいな場所だぞ』てな」
さらにもう一切れをむしゃむしゃ。ガムバにもサンドイッチを向けたが、気味悪そうに俺のことを見つめているばかりで、サンドイッチにそれ以上手をつけなかった。
やがて、
「あんた、もしかして不死の呪いもちかい? だとしたら、納得できるんだが」
「いや、死ぬときはちゃんと死ぬぞ。これでも」
「だったら……」
急にテーブルの下をのぞいたかと思ったら、トンと音を立てながら、力を込めて、足を下ろした。ちょうど、俺の影の場所に。
かすかな光のこもった目で俺を見つめてきている。だが、俺が何事もなく身じろぎし、場所を移動した途端、その目には失望があふれた。
「残念だが、俺は人間だ。魔族じゃないから、魔封じの影踏みの術は効かない」
「知っていたのかい……」
「まあな。まえに一度、やられたからな」
「そうかい」
どこか不貞腐れたような顔で、テーブルの下で足をくみ、腕にあごを乗せて、肘をつく。
「で、これからどうすんだい、これから? あたしを衛士に突き出すのかい?」
「いいや、そのつもりはない」
「ほお。あたしを助けて恩を売るつもりかい? そんなのは闇の世界ではなんの価値もないってことは憶えておきな」
「ああ、知っているさ。闇の連中が唯一信じるのはただ一つのものだけだってな」
そうして、俺は懐の中から何枚もの金貨の入った袋を取り出した。
そして、まっすぐにガムバを見つめた。
「頼みたい仕事がある」




