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「サヌから聞いたわよ。あんた、今モテモテらしいじゃない」
「ああ、みたいだな。あの水差しの秘密をなんとか俺から聞き出そうと、王国軍の部隊だけでなく、外国の諜報機関も含めて俺を狙っているらしい。まあ、こいつらだけなら、どうとでもなるから、いいんだが」
「あら、そう」
「問題は、俺たちの暗殺をミ・ラーイの闇ギルドに依頼した奴がいるってことだな」
「どうせ、あんたのことだし、正体はわかっているんでしょ?」
「まあな。依頼者はトム・ファブレスだ」
「ああ、あんたがハメた相手ね」
「俺が先にハメられたんだ」
「そう、どっちでもいいわ」
「……」
俺の前で魔王は優雅に紅茶のカップに口をつけた。
「失踪したときに、多少の資金を持ち出していたようだから、最後のあがきでそれを遣っているのだろう」
「あんたもお菓子たべる? おいしいわよ」
「ああ。いただく」
先日、スミス商会の社長に据えたFマリナスが襲われた。その前には神殿で礼拝を終えたばかりの聖女アイリが誘拐されそうになったこともある。
幸い、手厚い警戒態勢を敷いていたから、Fマリナス自身も聖女アイリも、まったくの無傷で無事だった。本人たちも危険な目にあいそうになっていたことにすら気が付いてはいないだろう。
それから、俺自身もここ数日何度も襲撃を受け、暗殺されそうになった。もっとも、襲撃してきた暗殺者たちはことごとく撃退し、返り討ちにするのに成功しているのだが。
――そろそろ相手の闇ギルド側も焦ってくるころだろうか。どういう手を使ってくるかな?
まだ生き残っている暗殺者たちに総動員をかけて、一斉に襲ってくるか?
それとも……
例によって例のごとく、おバカ魔王が立てるユリウス王子の擁立を狙ってのクーデター計画を叩き潰して、涙目になっている魔王のもとを辞し、王都のスミス商会本部の入っている建物へ移動してきた。
午前中のうちに溜まっていた書類仕事を片付けから本部を出る。
そのまま、いつもの習慣になっている向かい建物に出店している喫茶店に入っていった。
「いらっしゃいませ」
顔見知りになっているマスターに軽くうなづきかける。マスターは注文をとることなく、スミス商会が豆を地球から輸入しているコーヒーをドリップし始めた。
落ち着いたBGMが流れる店内に、香ばしい芳醇な香りが広がっていく。
やがて、人目につかない奥のいつもの席に陣取った俺のもとへマスター自らの手でコーヒーが運ばれてきた。
「うん、今日もいい匂いだ」
「ありがとうございます、会長」
そう、この喫茶店もスミス商会傘下なのだ。外食部門統括副本部長に任命したレッチェルという男が、指揮を取り、世界中でこういう落ち着いた雰囲気を楽しめる喫茶店をチェーン展開している。なかなか有能な男だ。
客の評判も上々で、世界中のどの店もそれなりに繁盛しているらしい。
俺も、開店初日にこの店を訪れ、すっかり気に入ってしまった。それ以来、昼食時などに入り浸っている。
「サンドイッチをくれないか?」
「かしこまりました」
マスターがテーブルを離れていく。
代わりに、水差しを手にした給仕の女が近くを通りかかり、俺のテーブルの上の空になっているコップに水を注いでいった。
俺はそれをぐいっと飲み干した。
そして、俺は死んだ。
テーブルに突っ伏している俺のそばへさっきの給仕の女がもどってきた。
水差しはすでに手にしていない。代わりに出来上がったサンドイッチの皿を抱えている。
「サンドイッチでございます」
突っ伏している俺の鼻先にサンドイッチの皿を置いた。そして、すばやく皿の下に隠していた小刀を取り出し、俺の髪をつかんで少し顔を持ち上げ、俺の鼻先に小刀の刃を当て……
……っ!?
給仕の女は驚いている。さすがに声こそ上げながったが、すこし慌てた様子で小刀を持った手を引こうとしている。だが、その手はびくともしない。なぜなら、俺ががっしりと手首をつかんでいるからだ。
「やあ、こんにちは」
「……」
「よければ、向かいに座らないかい? 闇ギルドのギルドマスターさん」
激しい動揺を見せたのは一瞬だけだった。すぐに観念したように俺の向かいに座り込んだ。
「お初にお目にかかる私は――まあ、いまさら説明するまでもないか、ロジャー・スミスだ」
「……」
「そちらはミ・ラーイの闇ギルドのギルマスであっているかね、ガムバさん?」
向かいの席の相手は大きく目を見張っていた。




