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こんなロクでもない稼業なのに、いままで無事に生き残って来れたのは、神経質なぐらい慎重の上にも慎重に行動してきたおかげだからだ。
俺よりも少しでも図太い性格の奴らは、みな、どこかで仕事をしくじったり、足がついて、死ぬかコーナン監獄の中に閉じ込められている。
俺たちはそうじゃない。毎回、依頼があればターゲットのことを可能な限り、いや、可能以上に調べ上げ、把握し、理解した。
おそらく、ターゲット自身ですら気が付いていないような性格や癖なんかも、俺は把握した上でないと仕事にとりかかったりはしなかった。
そして、今回のターゲットのこともいつも通りに俺は完璧に把握していた。本人以上に深いところまで完璧に分かっているつもりだ。
その上で、様々な角度から検討し、点検し、何度もシミュレーションを重ねた末で、これなら百パーセント確実に仕留められるという確信が持てたからこそ、こうして月のない今宵、俺はターゲットの屋敷の前の暗がりに潜んで、待ち伏せをしているのだ。
先ほど、偵察と追跡専門の仲間からは、念話でターゲットが勤務先を出、まっすぐに自宅の屋敷へ向かっていると連絡が来ている。
そして、かすかに遠くから馬車を引く馬の蹄が石畳の路面を踏みしめる音や車輪の回る音が近づいてくるのが聞こえてきている。
すぐに角をまがって、こちらへ近づいてくるのが見えるはずだ。
カッカッカッ――
黒っぽい毛並みの馬が角を曲がるのが見えて来た。
目を凝らす。この仕事の中止を判断するような異変は感じられない。このまま続行だ。
ターゲットを乗せた馬車が屋敷の門の前に停車し、出迎えた屋敷の下人たちが門を開こうとした瞬間が始まりの合図だ。
離れた場所にある木の枝の上にも弓をもったもう一人の仲間が隠れている。その仲間が眠り薬を塗った矢で下人たちと御者を眠らせ、馬車の中のターゲットを毒矢で動けなくさせる。
そこへ、俺が突っ込んでいき、ターゲットにトドメを差し、殺した証拠として闇ギルドに持って帰るターゲットの鼻をそぐのだ。
一連の手順を頭の中で反復し、その時をじっと待つ。
カッカッカッ――
側面に『F』の字がデザインされた紋章を掲げる馬車の中、ガラス窓を通して、ターゲットが座っていることを確認する。なにかの資料に目を通しているようで、視線をひざ元へ落としているが、だれかに襲撃されることを警戒している様子はない。
俺たちが狙っていることには気が付いていなさそうだ。
もちろん、例によって例のごとく、今まで俺たちは慎重すぎるぐらい慎重に行動してきた。むしろ、ターゲットが俺たちの存在に気が付いている方がおかしいのだろう。
半ば成功を確信し、それでも万が一の不測の事態が起きて失敗したときのために用意した逃走経路を頭の中でくりかえし確認しつつ、剣の柄を握る手に力を込めた。
カッカッ、カッ。
ほどなく馬車が屋敷の門の前で停車した。
待機していた下人たちが門を中から開き始める。
――いまだ!
今にも暗闇を切り裂いて、矢が下人たちや御者へ殺到していくのを思い描いていた。だが、
――なぜだ!? なぜ、撃たない?
門を開いた下人たちは、御者と挨拶を交わしてから、ターゲットを乗せた馬車を通し、道の左右を確認してから、門を閉め始めた。
仲間が隠れているはずの木の方を眺める。夜空に黒い木のシルエットが浮かんで見えるが、それだけだ。仲間の影も形もなにもない。
――どうした? なにがあった?
念話を送るが、返事はなかった。
明らかにヘンだ。ここは一旦退却して……
逃走経路をもう一度思い出し、メインに想定していた経路を消す。おそらく、襲撃に気が付いたものがいて、妨害工作を仕掛けてきたのだろう。当然、失敗したときのメインの逃走路には、なにかしらの工作があると考えた方がいい。サブ経路を念頭に引き上げをはかる。
だが…… さっと、身をひるがえそうとして、つまさきが動かないことに気が付いた。
足元をみる。
靴の先につる植物が絡まっている。ぐいっと足に力をいれても、びくともしない。
小刀を取り出し、つるを斬りつけながら、俺は思い出していた。
――下見のときには、ここにつる植物なんてなかったはずだ。
小刀の刃はつるに食い込むことはなかった。それどころか、鋼鉄ででもできているかのように跳ね返される。
ならば、靴ひもを狙って……
つるがうごめいているのが見える。靴に巻き付くようにして、上って来る。
なんとか、靴ひもを切り裂き、靴から足をぬこうと――
動かないっ! いつのまにか、足首にまでつるが巻き付いている。
――魔法か!? 近くにつる植物を操る魔法使いがひそんでいるのか?
全身で、魔力の流れをさぐり、魔法使いの居所をさぐる。そうしながら、小刀を捨て、鞘から剣を抜き放つ。そして、その抜身の剣で――
よく手入れされた剣は、切れ味するどく、切りつけた俺の脛を簡単に切断した。
つる植物の拘束をのがれ、この場所から離れられるようになった。
そんな俺を別のつるが執拗に追いかけて来る。
俺の手首をとらえようと、跳ねるようにつるが伸びて来る。それを上体をそらして間一髪で逃れ、片足で跳ねながら、その場を離れる。
気配を探っているが、ちかくにつる植物を操っている魔法使いはいないようだ。なのに、その魔法のつる植物は、執拗に俺を追いかけて来る。
ふと見ると、俺を捕まえようとしてきているつるの先に弓がひっかかっている。しかも、しっかり握りしめている手首がついている。手首だけだが。
仲間のだ。
くっ……
斬り払った脛からの出血がひどい。襲ってきたつるを避けるために大きく飛びのく。着地した瞬間にバランスをくずした。思わず片手を地面につく。気配を感じ、その手を支点にして、側転。今まで俺の足があったところをつるが薙ぎ払っていく。
立ち上がり、さらに先へ進もうとしたとき、俺はさっき地面についていた手に、つるがからまるのを感じていた。
――クソッ!
もう一方の手に握っている剣をふるって……
う、動かないっ!
いつの間にか、剣の先にも別のつるが絡んでいる。
なら、小刀で――ないっ! さっき捨てた!
俺の体はすごい力で引きずられ始めた。数メートル引きずられた先には、何列にも鋭い牙の生えた巨大な口が待ち構えている。その口の端に現場にターゲットが接近してきていると報告してきた仲間の生首が引っかかっていた。
思わず、悲鳴が漏れそうになる。だが、悲鳴は出なかった。すでに別のつるが俺のクビにも巻き付き、息ができないくらい首を絞めてきたからだ。
そして、俺は頭からその大きな口の中に飲み込まれた。
骨が折れる音、肉が引きちぎられる音がかすかにあたりに響いた。
ゲフ――
最後にげっぷのような音を残して、禍々しい気配は消えた。その場には初めから何事もなかったかのように。




