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それが始まったのは、ゴールデンタイムに放送されたテレビ番組の中の出来事がきっかけだった。
いまや大御所と呼ばれるようになった著名な落語家兼お笑い芸人、司会者、俳優の人物がゲストの一流芸能人とともにアポなしで地方を訪ね歩く人気番組がある。
そして、このスミス商会ビルのある町がたまたまそのロケ先に選ばれたのだ。
ゲストの女優さんが、ほとんど人通りのない通りを地元の人を探して歩く。
だが、なかなか地元の人と出会わない。それでもなんとか地元の高齢の女性が犬の散歩をしているのを見つけた。
さっそく、声をかけ、いろいろ話を聞こうとして、顔を見た瞬間、その女優さんは絶句してしまった。もちろん、その番組を見ていた視聴者たちも同様だった。
その犬の散歩をしていた女性は、姿形はたしかに高齢の女性だった。でも、その女優さんに受け答えする顔は――若々しかった。
女優さんは、収録中だということを思い出し、なんとか立て直し、話を聞きだした。その過程で、年齢をたずねると、どうみても顔の印象から受ける年齢とは三十歳ほどの開きがある。見た目よりもずっと年上だった。
女優さん、その後もずっと心ここにあらずって様子だった。なんども聞き間違いをし、トンチンカンな受け答えを連発する。それでも、芸能界で長年活躍し続けた間に身につけたスキルでなんとかのり切っていった。
だが、その若々しい見た目はその人だけのことかと思っていたら、次に紹介された知人の女性も同様に若々しい見た目の高齢者だった。さらに、次にあった高齢女性も、そして、その夫の男性も。みな、肌に張りがあり、みずみずしく、若々しい。肌にシミ一つない。
ついに我慢しきれなくなった女優さんは、その肌の秘密を聞きだすことにした。
教えられたのは、近くの神社の池の水を分けてもらってきて、毎日顔や手足を洗うってことだけだった。
もはや、番組の収録なんてやってる場合じゃなかった。
カメラが回っているのにも関わらず、収録そっちのけで教えられた神社へ向かう。
応対した巫女さんに、髪を振り乱し、怒鳴るようにして、池を見せてくれるように懇願する。
そして、案内された池、なんの変哲もない池だった。それでも、女優さんが手を浸すと、見る見るその手はうるおいを取り戻し、若返った。さらにその水でパシャパシャと顔を洗うと――
「はい、ご神水でございますね。千円を頂戴いたします」
受け取った千円札を所定の場所にしまい、今朝池の水を詰めたばかりのペットボトルを手渡す。
「はい、おみくじですね。十五番。百円です」
十五番の箱からおみくじを取り出し、渡す。
「美容のお守りですね。三百円です」
お守りを手渡す。
い、いそがしい~!
急遽、私の友人たちも駆り出して巫女のアルバイトを勤めてもらっているが、それでも目が回るようだ。
日本中のお茶の間に流れたテレビ番組の効果は絶大だった。
もちろん、ちゃんと、この池の水は、タダの水で、なんの美容成分も交じってはいないと番組内で私は説明はしたのだけど、あの女優さん、あれ以来、毎月毎月、神水を買って帰るようになったんだよね。そして、あの番組が放送された直後から日本中の女性たちも大挙して神社に押し寄せるようになった。
「ねぇ、聞きたいのだけど、ここのお水はあの番組みたいに本当に肌を潤してくれるのかしら?」
「さあ? どうなんでしょう? どこまでいっても、タダのお水なので……」
「でも、私のお友達もみんなここのお水は肌にいいって言ってますわよ?」
「どうなんでしょうね。私どもとしましては、なんとも……」
効果があるのは知ってはいるし、私自身、毎日その恩恵を被っているわけだから、そう言ってもいい気がしないでもない。でも、私たちの世界ではそれは言ってはいけないルールになってる。言質をとられないように話すしかない。
このお客さんも私の顔をすこし口をやすめてじっとみて観察している。
「信じるも信じないもみなさましだいでございます」
ニコリ。
結局、その参拝者さんも神水をお買い上げになられていった。




