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それからしばらくして、友人がほっぺたをつまむ指の力に耐えられなくなったころ、先に聖女の服に着替え終わって、神殿へ移動するまでの時間がまだかなりあったから、スミス商会ビルの窓からボーっと外を眺めていた。ふと見ると、窓の下の路地をターレさんが奥へ向かって歩いていく。
「ターレさん」
窓を開けて声をかけたら、顔を上げて、笑みを浮かべながら手を振ってきた。
「なにをしてらっしゃるんですか、そんなところで?」
「ビルの裏で用事がありまして。興味がおありでしたら、一緒に参りませんか?」
もちろん、私は二つ返事。
急いで、聖女服の上に羽織るものをかけて、あたふたとビルの外へ飛び出した。
すぐに、待っていてくれたターレさんと合流して、ビルの裏手に連れだって歩いて行く。
「この裏はもともと何があったか、ご存じですか?」
「前に地図アプリで見たことがあって、たしか神社かなにかあったと思います」
「ええ、そのとおりです」
あらためてスマホで確かめてみても、ネットの地図では、この場所には鳥居のマークがついている。神社があるはず。だけど、私たちの目の前にあるのは、鬱蒼とした森だけ。
「もともとは個人所有のお社があったみたいですけど、その所有者の方も何十年も前にお亡くなりになり、お社自体も台風で壊れてしまって、すっかり町の人たちにも忘れらさられた存在のようですね」
「そうなんですか……」
「まわりの鎮守の森も何年も手入れがされていないから、こんな有様で……」
足元には石畳が続いているけど、その先はまさに異界への入口。足を踏み入れるものは、次元の隙間に落ちてしまって、二度と戻っては来れなくなってしまいそうだ。
ビルの裏側がこうなっているのはわかったけど、で、それでって話だ。こんなのを私に見せたって、なんだっていうのだろう?
「スミス商会がビルを購入するにあたって、こちらの土地もセットでついてきたのですが、いままで、有効な使い道がなかったものですから、しばらく放置していたのです」
「はぁ?」
ま、まさか、私に、この森を整備し直して、お社を復活させろとか言わないよね?
無理無理無理! 絶対、無理!
こんな今にもお化けだとかモンスターだとか飛び出してきそうな場所、絶対に、無理!
思わず、一歩引いてしまった。
そんな私に、ターレさん、振り返り、ニコリと笑みを向けてきた。そして、片手を上げて、顔の横でパチリと指を鳴らす。
途端に――
ゴゴゴゴゴゴーーーーー!!!!
お腹に響く大きな音を立てて、目の前の森の木々が一本ずつ地面へ沈んでいく。いや、正確には、太い幹をもつ老木たちが縮み、成長過程を逆回転させて、若木へと変化していったのだ。そして、森の中に光が差し込むようになるにしたがって、石畳を覆っていた下草たちも、消えていった。
そして、最後に現れたのは……白く輝く玉砂利を敷き詰められた境内の中に伸びる一本の石畳の参道だった。
「魔法ですか?」
「いえ、魔法ではなく、勇者さまのお力をすこしお借りしました」
「勇者さま?」
「そうです」
ふと境内の中をみると、倒壊したままになっている神社の社の前で、巫女服に身を包んだ清楚な印象の美女が箒で参道の上を掃いている。
「ゼルビーさま、ありがとうございます。助かりました」
「ん? あ、ターレ殿か、なんのなんの。これぐらい。たやすい御用じゃ」
「こちらは、ゼルビーさまです。異世界マッチルダの勇者をなさっておられます。こちらはアイリさま。ヨックォ・ハルマの聖女様です」
「ゼルビーじゃ、よろしく」「愛梨です。よろしくおねがいします」
すごい力で握手されたので、思わず顔をしかめてしまった。
そんな私に気が付かなかったのか、それ以上、私に興味をしめすことなく、境内の方へ戻っていく。
「しかし、この入口にある一対のモンスターの置物は何であろうの? さきほど森の中へ足を踏み入れた時に、出くわしてしまって、思わず切りかかってしまいそうになったぞ」
「ああ、狛犬ですね。神社などの聖域を守るこの世界の神獣だそうです」
「ほう。なるほどの」
その巫女服の勇者さん、狛犬のまわりをぐるりと回って仔細に観察している。
「頭のやたらに大きい神獣じゃの。頭が大きい分、あごの力はありそうかの。それと、脚は太いが、速くはなさそうじゃ。持久力も大してなさそうじゃし、見るからに騎獣にはむいてなさそうじゃの」
やがて、ターレさんのそばへもどってきた。
「で、社はそこかの? 倒壊しておるのをまずは片付けないとの。で、完成したらどんな社になるんじゃ?」
「あ、それは、こちらに図面を用意しております」
「ほう、奇妙な建物じゃ。この周辺の四角い建物とは全然ちがうの」
勇者ゼルビーさん、裏から見る商店街の建物を眺めている。
「ですね。古代の建物の形をそのまま残すのがこの世界の伝統のようです」
「なるほどの、マッチルダでも、聖域の祠は古代の造りそのままじゃったしの」
「カッワ・サキーでもそうですよ」
「じゃな。そのあたりは、どこの世界でも同じか」
「ですね」
「社はいつぐらいまでにできそうかの?」
「ここまで整備していただいたので、ずいぶん時間短縮になりました。おそらく、明日までには、なんとか」
「そっか。では、そのころにまた」
「はい、おつかれさまでした。ビルの方で娘がお待ちしておりますので、宿所へご案内させます」
「そうか、頼む」
「はい、かしこまりました」
そうして、私に一瞥もくれることなく、さっさとビルの方へと戻っていくのだった。
まるで、私なんかその場に最初から存在していなかったみたいな扱い。
なんか、ヤな感じ。思わずムッとしてしまった。
ゼルビー:異世界マッチルダの勇者。ユリウス王子に対しての襲撃事件の犯人。




