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 私がその会場に到着したとき、今日の会合は一時間以上前にすでに始まっていたことを()げられた。


「みなさん、お久しぶりです。どうやら、私が集合時間を間違えたようで。遅れてもうしわけございません」


 ドアを開け、入っていった一室に集まっていのは、ファブレスの分家筋のメンバーと、そして、私を今日の会合へ呼び出したラウレ・ワッズだった。


「ああ、来たな。心配はいらないぞ。わしがわざとお主に集合時間を遅らせて伝えていただけじゃ」

「えっ? それはまた、なぜ? みなさん、お集まりで。今日のこの会合は一体どのような趣旨(しゅし)なのですか?」

「ああ、ひとまず、お主抜きで、みなさまと相談したいことがあったのじゃ。それは、ちょうど、さっき終わったところじゃがの。ご分家さま皆様方からも、快く了解を取り付けることができた」

「……」


 正直、なんのことだか、さっぱりなのだが。

 ワッズは、上座に近い自分の隣の席へ私を手招きし、座らせる。

 さっそく、手元の(さかずき)で乾杯し、唇を湿らせると、ワッズが私に話しかけてきた。


「マリナス、トムが失踪(しっそう)したことは当然知っておるな?」

「あ、はい……」

「あやつもバカなヤツじゃ。折角、『リバーシ』とやらで、商会を盛り返し始めたというのに、中央神殿にきちんと断りをいれておかなんだゆえ、横やりをいれられて、商売がポシャリおった」

「そのようですね」

「当初は、ファブレスのこれまでの貢献に免じて中央神殿側も黙認するつもりじゃったようじゃが、あのゲームが庶民の間で賭け事の道具にされてしまってはの。黙っているわけにもいかんかったようじゃの」

「はい。神殿側の了解をとっていれば、それでも、なんとか注意喚起をしつつ、販売を続けることができる道もあったかもしれませんですね」

「だな。結局、神殿側も黙認しきれなくなって、王国に働きかけをせざるを得なくなった。それで、あのざまじゃ」

「……」

「そのあとは、なんじゃったか? タ、タ……」

「タピオカミルクティーです」

「そうじゃ、そのタピオカ。あれは一体なんじゃったのじゃ?」

「さ、さあ? 私にも理解しかねます。なにやら『()え』とかいうキーワードを盛んに宣伝しておりましたが」

「じゃな。一体、なんのつもりじゃったのか? 今でもようわからんの」

「はい……」


 そんなこんなで私がファブレスを去ってからのことをポツリポツリとワッズと話し合っていた。というか、そんなことを話すために、私を呼んだのだろうか?


「お主には、感謝しておるぞ。最後まで残っていた連中の再就職先の斡旋(あっせん)までしてもらっての」

「いいえ。私もオリジナル10なので、それぐらいの恩返しは当然かと……」

「ふふふ、他のヤツに聞かせてやりたいの。その言葉。みな知らぬ顔しやがりおって」

「いいえ、彼らも、それぞれに生活があり、他のものにかまっているヒマがなかったのでしょう。怒ってはいけません」

「ほお、聖人じゃの」


 ふと視線を感じて、周囲を見回すと、会合に参加していた分家筋のメンバーが温かい目で私たちを眺めていた。

 なんだろうか? そんな目で見られるようなことを話合っていたわけではないと思うのだが。


「まあ、そんなわけで、ファブレス商会は二百七年の歴史に幕を引いたわけじゃ」

「ですね。私にもっと能力があれば、まだまだその歴史は続いていたのでしょうが。本当に力不足で申し訳ありませんでした」

「いや、なんのなんの。あのトムが当主では、誰が補佐をしておっても、同じ結果になっていたじゃろうて。たとえわしだったとしても、お主ほどには支えきれんかったじゃろうな。お主だったからこそ、これだけ続けることができたのじゃ。むしろ、感謝しておるぞ」

「そんな、滅相もない」


 恐縮する私に、お(しゃく)をしてくれる。


「まあ、飲め。そして、食え」

「あ、はい、いただきます」


 長年のワッズとの付き合いで、知っている。こうして、ワッズが上機嫌にお酒と料理を進めて来る時は、相手を叱るときか、なにか重大な決断を迫るときだ。


 どっちだ? 私はワッズに叱られるようなことをなにかしでかしたか?


「実はな」

「はい」


 そらきた!


「おぬしも知っている通り、ファブレスは貿易商を始める前には、ファブレス子爵という三百年ほど続いた貴族だったのじゃ」

「はい、よく存じ上げております」

「実に五百年の歴史をもつ一族じゃ。ファブレス家というのはな」

「ですね」

「じゃが、トムが失踪したことで、その五百年の歴史を持つファブレス家の名跡(みょうせき)が途絶えることになる」

「し、しかし、ここにおられるご分家様方もみなファブレス一族なのでは? どなたかがお家をお継ぎになられればよいのでは?」

「さよう。じゃが、すでにみなそれぞれに一家を構えておって、だれもファブレスの本家を継ぐ気はないと申される」

「そ、それはいけません! そんなことをすれば、ファブレス一族の歴史が……」

「そうじゃ、おぬしの申す通りじゃ」


 ワッズは、盃を干した。すぐに私が酌をして、盃を満たす。


「リチャードがああなる直前に、申しておったことを覚えておるか?」

「えっと? どのような?」

「トムを廃して、だれか親戚の者を跡継ぎに据えるとかいう話じゃ」

「は、はい、一応耳にしておりました」

「うむ。実は、あのとき、リチャードの口から誰を跡継ぎにするつもりなのかもわしは聞いておった」

「そうだったのですか。で、どなたを?」


 途端にまっすぐに私を射抜く目を向けてきた。


「お前じゃ」


 ワッズがなにを言っているのか理解できずに、かなりの間が開いてしまった。その間もワッズは黙って私を見つめている。

 しだいに理解が(およ)ぶようになり、


「し、しかし、私はマリナスですぞ。ファブレスの一族ではないですぞ」

「なんの。おぬしの母親は、リチャードの叔母であろう」

「はいそうですが」

「リチャードの子供のころに、母が病気で死んでしまい、そのあと、リチャードの面倒を親代わりになってみていたのが、おぬしの母親じゃ」

「し、しかし……」

「それに、五代前には、男の跡継ぎがおらず、当時のファブレス本家から婿養子を入れた家であろう。十分に一族を名乗る資格がある」

「そ、それはそうですが……」


 と、急にワッズは頭を下げてきた。


「な、この通りじゃ。おぬしがファブレスを継いでくれぬか? これはリチャードの遺志でもあり、ここにおられるご分家様方みなの願いじゃ」

「し、しかし、私はすでにファブレスを離れた身。それによその商家に仕えているのですぞ。いまさら戻るというわけには……」

「その件に関してはロジャー・スミス殿とは話がついておる。かのお方も賛成してくれておる」

「い、いつの間に……」

「外堀はすでに埋まっておる。あとは、おぬしが『ウン』というだけじゃ」


 このたぬき親父は……!


 気が付けば、まわりの分家の人々も一斉に頭を下げていた。


「「「ご当代さま」」」


 その瞬間、私は(さと)った。もう逃げられないことを。周到(しゅうとう)にかつ完全に根回しがすべて()んでしまっていることを。

 こうして、私はファブレスの名を継ぐことになった。

 以降、私はニーサン・マリナスの名を改め、第二十八代ファブレス本家当主、ニーサン・ファブレス=マリナスと名乗るようになった。もっとも、長すぎるので、ニーサン・Fマリナスと略されることがもっぱらだが。





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