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そんな好調な状況を根底からぶち壊しにする状況になったのは、それから間もなくのことだった。
『水分の肌への浸透力をたかめる画期的な魔法の水差し~~この水で毎晩顔を洗うだけで、しっとりモチモチの赤ちゃん肌へ』
ハンバーグのとき同様、あのクソ・スミス商会は『なかなか化粧水競争へ参加してこないな。やっぱり、このでっかい化粧水ムーブメントに乗る度胸もない弱虫野郎だったんだな』と思っていたのだが、なんの前触れもなくそんな画期的な商品を世に出してきたのだ。
『魔法の水差し』
外見は完全に水差しだが、取っ手の上部に何やら黒く四角いものがついている。その四角いもののふたを開けると、交換式のカートリッジを差し込むスペースがあり、別売の魔力カートリッジを買ってきて、差し込む構造になっている。
魔力カートリッジを差し込んだ水差しに水を汲み、スイッチを押すと、魔法が発動して、水差しの中の水が魔法で加工され、肌に浸透しやすく、そのまま肌の中で保持されやすい形態の水へと変化させるという。
「赤ちゃん肌って本当かよ? 本当にそんな効果のある水になってるのか?」
「どうやら、本当のことのようです。私の妻も早速手に入れて使ってみましたが、本当にしっとりモチモチの赤ちゃん肌ってやつになってました。もうこれは手放せないって言ってましたよ」
「ま、マジか……」
マジマジと手にした水差しを眺めてしまう。
「ってことは、これってあれか? 魔道具ってやつか? スミスは魔道具を製造して、販売し始めたのか?」
「で、ですかね……? そんなばかなって話ですが…… 信じられない……」
「魔道具なんて、古代の遺跡で発見されるもので、今の技術では作れないものじゃなかったのか?」
「私の認識でもそうです。私たちが作れるはずもないものです。まして、このように量産するなどと……」
「どうなってるんだ? ありえない! こんな……」
その魔法の水差しが発売された途端、化粧水の販売競争で争っていた各商会の間にパニックが広がっていった。
関係者はだれもが呆然自失だった。
この魔法の水差し、非常にすぐれていた。この水差しで顔を洗うと、その瞬間から誰もがしっとりモチモチの赤ちゃん肌になった。男である俺様でさえもだ。俺様の化粧水でも、そんなの不可能だ。
さらに、この水差しの値段は、一般的な労働者一月分の給料と同程度もするような決して安価なものだったわけではないのだが、水差しに魔力を供給する交換式の魔力カートリッジの方は、とても安価だった。小遣い程度で買えた。しかも、一度買えば一か月は交換いらず。水差しに入れる水もそこらのきれいな水ならなんでもよく、ほとんど費用も掛からない。トータルでみると、俺様の化粧水を一年間購入し続けるよりも、はるかに経済的な上に、圧倒的な保湿効果をもつものだった。
女たちは、争ってその魔法の水差しを買い求めた。
だれもが赤ちゃん肌を欲した。そして、それはもはや簡単に手に入るものだった。
魔法の水差しは、爆発的に売れた。売れに売れた。
そして、その余波を俺様の化粧水はもろにかぶることになった。
あれほどまでに好調だった売り上げはパタリと止まった。もはや、だれも俺様の化粧水に見向きもしなかった。
販売店はどこも閑古鳥が鳴いていた。それはライバルの店でもそうだった。
やがて、この王都からすべての化粧水が店頭から消えた。
「こちらも同じものを作れないのか?」
「不可能ですね」
「実物があるんだ。コピーぐらい簡単だろう?」
「水差しだけならばそうですが、問題は、その黒くて四角い部分です。うちの技術者たちが解体してみましたが、魔力を供給するカートリッジとスイッチ、不思議な縞模様がある石が魔晶線でつながっているだけのシンプルな構造です。その縞模様の石が魔法を発動させているのはわかっています。ところが、肝心のその縞模様の石の正体がわかりません」
「石なんだから世界のどこかで採掘できるものじゃないのか?」
「おそらくそうかもしれませんが、そうでないかもしれません。その石のまわりには、削ったあとも、磨いたあともみあたらないそうなので」
「似た石をどこかで見たことはないのか?」
「石の専門家にも確認してみましたが、彼らでさえも初めて見るものだそうです」
「石の分析は? 当然、石の組成ぐらいは分析したんだろ?」
「ええ、うちの分析班の調査では魔力を通す魔導石と通さない魔断石が交互に極端に薄く重なっているものだそうです」
「な、なら、同じように魔導石と魔断石を薄く削って貼り合わせて……」
「もちろん試みてみましたが、魔力を通しても魔法なんて発動しませんでした。というか、激しい振動を起こして、粉々に爆発しただけです」
「……」
「もちろん、それぞれの魔導石と魔断石の組成から産地を割り出そうとしましたが、うまくいかなかったようです」
諦め顔で報告を終えたマリナス、ため息をつきながら締めくくった。
「完全にお手上げです。やられました」




